第98話




一人椅子から立ち上がった秋は、一言はっきりと伝える。


「ついてきてください」


こうして一人でに勝手に歩き出す秋に続くのは、秋が行うことに何の疑問も持たずに付き従うリア。そしてその光景に不思議を覚えたノワールと、なし崩し的にガルビートもついてくることになった。


そして4人は外に出た。天気は晴れ、太陽がさんさんとこの山岳を照らしているのが見て取れた。最も今必要なのは太陽という光ではない。雲から地上へと降り注ぐ生きるための恵みだ。


そして秋はここに—————恵みを下ろそうとしていた。







秋は他四人を外に出すと、更にもう一言伝えた。後方に首を傾け、ガルビートの方を少し見つめてこう言い放った。


「あなた方の問題を一つ、解決いたしましょう」


もう秋はガルビートの方を見ない。ただ空に近いこの地域に、本の一つの恵みをもたらそうとしていたのだ。そう、神と同じく常識としての範囲を超えた。秋の超常によって。




「『天気俚諺てんきりげん雨天天満うてんてんまん』」




秋は一言唱えた。それは恵みを表す一言。そしてそれは、秋の意思に答えて礼賛する。


————雲が陰り始めた。


高速で犇めきだす雲。それらの影がいつもより早くに来ては過ぎ去る。何の変哲にもない、不思議にも思わない光景が恵みの始まり。


————影が膨れる。


四方から雲が流れてきて、影が早く過ぎていく。そしてそれはいつしか陰りとなって台地に住まう人々に覆いかぶさる。


—————その内雲が灰色に染まる。


まさに恵みを運び、そして恵みを貯めた雲は、その色すらも純白から陰りを灯す。


——————人々が上を見る。


恵みに気づく。匂いが変わり、視界が変わる。




————ポツッ




それが全ての始まりだった。


——————ザザザザザザザザザ………


「雨だ、雨だぁぁぁぁぁ!!!」

「雨だ‼」

「恵みの雨だ‼」

「水を貯めろ‼」

「いやったぁぁぁぁぁ!!!」


唐突の雨、龍人たちは歓喜の渦だ。雨を浴びて喜ぶ者、桶を掲げる者。様々な者が色々な行動をとる。だがそこには誰もが笑顔になっていた。


そして、それを見ていたガルビートは、驚愕で体が沈んでいた。


「いやはや………まさか……」


この恵みの雨の正体は『天気俚諺てんきりげん雨天天満うてんてんまん』。効果は雲を呼び、雨を広範囲に渡って発生させるというもの。雨を降らせるという自然現象を、極限まで効果を大きくした魔術、それがこの現象だ。


そしてそれらの一部始終を見ていたガルビートは、言葉が出せていなかった。


「………確認いたしました。しかとこの竜眼で———確かに貴方様は強い。自然をここまで操れるとは……そして何より、助けていただきありがとうございます」


その言葉に反応もしない秋。そして雨が降り注ぐ中。秋はもう一つあることをした。


———水を生み出す魔剣の創造。


手を挙げる。そこに光と共に生み出された一振りの魔剣。それは柄から剣先までが蒼く染まり切っていた。


名を『水碧剣:シュガルツヴァー』。その名の通り“水を生み出す”だけの魔剣だ。そしてこれらは秋の能力においては“魔力を使わずとも”作れる範囲。秋のスキルは元々簡単な能力だけなら魔力消費なしで生み出せる。秋にとってはおもちゃの魔剣。だが今最も欲している魔剣の一つなのだろう。竜人族にとっては。


その剣を一本創造し、秋は振り向いた。ゆっくりとガルビートの方に歩き、今創造した魔剣を渡す。


それを受け取るガルビート、困惑で頭がいっぱいだ。


「お受け取りください。今日からこれは貴方のものだ」


「お待ちください。これは……」


「それは“水を生み出す”魔剣。名を『水碧剣:シュガルツヴァー』」


「い、いえいえ。こんな高価なもの。頂くことなど」


「高価?いえいえ、まだまだありますよ。こんなもの高価ではありません。これは私が創造した魔剣。価値などありますまい。それにこれだけあるのです。一本ぐらい差し上げても何も変わらないでしょう。なんならもう一本いりますか?もう二本ぐらい貰ってもらっても構いませんよ?」


そして見せつけたのは、同じ柄の剣が秋の手元に再び出てきては、台地に突き刺さっていく。一本・二本……こうして10本を超えたあたりで驚愕がピーク直後になったのを確認して、秋はもう一度言い放った。


「さあ、もう一度だけテントに案内してはいただけませんか?話の続きを行いましょう」


こうして、秋は一定の理不尽さを見せつけ、もう一度話し合いを行おうとした。ガルビートは何が起こったのかわからず、最後には困惑するという謎の動作を終えてもう一度テントに戻った。







こうして、テント内の音だけが変わった。先ほどの太陽の光ではなく、雨粒がぶつかる音へと変わったテント内のテーブル。また四人が座って、今度は秋から話を切り出した。


「もちろん、我々も目的があってノワールに協力しました。我々が求める知識は、決して人の世では入手できない————それこそ、星を司る王の名を冠した龍でなくては」


秋はまず開口一番、強気な物言いでガルビートに迫る。今度はこちらの番だといわんばかりに。


「ああもちろん。先ほどの魔剣はお納めください。返せとは言いません。私にはその魔剣に価値などないが、あなた方には価値があるようだ。皆の幸福のために使ってください」


こうして秋は、テーブルの角に立てられた魔剣に目をやる。三本の同じ柄の魔剣。名を『水碧剣:シュガルツヴァー』、その効果は“水を生み出す”のみ。秋にとっては特に今、価値を感じない魔剣だ。


「………まずは先ほどの魔術。ありがとうございます。貴方の恵みで我々は、まだしばらく生きて行けそうです」


「それはよかった、私も貴方達に少しでも価値ある物を提供できて嬉しいです」


少し流れる空白。ガルビートは秋の実力を少しでも確認できた。だからこそ底が見えないのだ。一方秋も賭けだった。強引な態度、謎めいた姿勢。カードはまだあるぞと言わんばかりのこの雰囲気は、決して秋が意図せずに行っているものではない。


「……一つだけ質問しても、よろしいですか…」


「ええ。どうぞ」


「先ほどの魔剣。私共に差し上げると申した、あの魔剣。貴方はどれだけ持っているのですか…?」


魔剣は、迷宮からの産物だ。現在のこの異世界では、魔剣は人工的に作成できていない。魔剣が作成できるということは、一般兵が魔剣を持ち世界を蹂躙しているということなので、そんなことが起こってないということは世界はまだ魔剣を作成できていないといえる。


だからこそ、同じ柄の魔剣が何個もあることは説明がつかないのだ。魔剣で同じものが2個も3個も出てくることがあり得ないのだ。少なくとも、この世界では。


「持っている……というのは少し違いますね……ですがあえて持っているという言い方をするのであれば、無限に持っていますよ。今ここに何十・何百・何千という剣が用意できる事でしょう」


「…………おおっ、なるほど……」


そしてそれらを実演するように、右手を平に添えて、誰にもいないことを確認してそこに先と全く同じ魔剣を生み出した。


手のひらに流れる微光、光は形を成して剣の形を執り、そして顕現した。


「おおっ……!!!!!!」


「ああ、これも差し上げましょう。井戸の代わりにでもしてください」


こうしてガルビートもまた、魔剣の創造を目の当たりにしたのだ。こうして秋が差し上げた“水を生み出す魔剣”を、ガルビートは4本手に入れた。これで水問題が解決できることを思えば、少しばかり顔が綻ぶと共に、それらを簡単に渡し、魔剣を創造する秋の異常性に再び顔をしかめた。


「そうですね…少し話が脱線してしまい申し訳ありません。もう一度簡潔に伝えたいことをお伝えいたします———我々は邪龍討伐を諦めるつもりはありません。星王龍に会うためには必ず邪龍を倒すというのがノワールとの約束なので、それらを違えるつもりもありません。ですが私たちの力に疑問がおありだと言うことで、私はその力の一端を見せると共に、あなた方の生活の、問題点の解決を行いました————また話し合いましょう。私たちには少し時間が必要だ。明日また、貴方の意見を聞きたいと思います」


秋は最後に話をそうまとめると、席を立った。リアも同じように席を立ち、テントを後にした。


「ちょ、ちょっと待ってよ秋!!!」


ノワールもそれを追うようにガタッと席を立ち秋達を追いかけた。







秋とリアが外に出ると、生憎まだ雨が続いていた。そこには雨の匂いと、地面を打ち詰める水音の音が確かに存在感を表していた。


そしてそれらに交じるように、ノワールの声が聞こえてきた。


「秋!!!ちょ、ちょっと待ってくれない?」


秋の肩に手を置き、少しだけ息を整えるノワールを、秋は確かに目で追った。


「————君のお父様の説得も、君の仕事という事でいいのか?…私たちの契約には、彼らは含まれていない。最悪強引に邪龍の元に行って戦いを始めても俺は問題ないと考えている。だがこのカザールが完全に邪龍から手を引き、討伐を諦めたのであれば、私たちは勝手に邪龍を殺す。その時君は、契約に従ってきちんと契約を履行しなければならない————改めて聞こう、君のお父様の説得は、君の仕事という事でいいのか?」


はっきり言って秋はどうでもいいと考えていた。竜人族の集落なんぞに構っている暇があれば、さっさと邪龍に対して偵察なりなんなりを始めたいとさえ思っていた。邪龍さえ倒してしまえば契約の履行義務はノワールに移る。強引にノワールを連れ去り、契約を盾に星王龍までの道を開いてしまえばいいとさえ思えた。だがそれではいけないのだ。

“強すぎる力は、物事の道理を捻じ曲げる。捻じ曲げられる。人を超えた道理を踏み越えて何かを成せるその力に酔い、物事を荒立てて進む道は暴君の道だ。その先には決して目的は達成できない。”そうゼウスから教わったし、秋もそれを感じていた。だからこそ待つのだ。今は、


そんな覚悟を持ち、またノワールの覚悟を問う暗い目をした秋に、龍人でありながら狐につままれたような顔をしたノワール。だがその言葉の意味を噛みしめ、同時に飲み込んでゆく。そして一言。力強く頷いた。


「ええ————私の仕事よ」


「……そうか、わかった…明日、今日と同じ時刻にまたここに来る。その時までに結果を出しておいてくれ、もちろん先ほどノワールに言った事は同じように伝えてもらって構わない。俺の能力も君の今の状況も、好きに伝えてくれて構わない。だが一つだけ、スキルや能力に関しては決して他言無用でお願いすると伝えておいてくれ。もし不特定多数に伝えていることが俺の耳に届いた場合は、一切容赦しないとも、よろしく頼む」


「ええ……分かったわ」


「ではまた明日ここに来る。食料もテントもこちらで都合をつけよう、さすがにお世話になるわけにはいかないからな…、じゃあノワール、頼んだぞ」


「ええ、待っていてくれて、本当にありがとう…」


こうして秋とリアは、集落から少し離れるべく歩き出した、そしてノワールは後ろを振り返り、仕事を果たすべくテントへと戻った。



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