第99話




秋は、秋の起こした雨の中で少しだけ歩くと、リアの腰から手を回し、秋がガッとリアの事を掴むと、ある魔術を行使した。


「『戒界の軛』」


秋が呟くと、今までかかっていた力が一気にフッと抜けたような感覚と共に空を歩いた。


『戒界の軛』の効果は、戒めの如く世界から受ける重力からの解放。その他一切の受けたくない力を受けないという魔術。


この魔術の発動と同時に重力がめちゃくちゃになり雨を一切寄せ付けないままに、秋とリアは空を歩いた。どこまで歩いたのかわからない。


リアは少し秋の顔を見る。そして秋の顔を見て、何かを納得したように見つめるのをやめた。


そしてしばらくしてまた降りた。そこは固い岩の上だったのだが、ここでも先ほどと同じ魔術を使う。


「『戒界の軛』」


そう地面に祝詞を放つと、呼応した地面がゴゴゴゴ…とせり上がり、一番上が平坦な一つの大きな岩が空中に浮きそして静止した。


またしても無言でリアを抱き『戒界の軛』を使用してその岩の上に上がる秋。そして十分な大きさの岩の前でまた一言放つ。


「『揺り籠』」


そう言い放つと、光と共に家が建った。木造の一軒家だ。地面の岩とは色も何もが違う、暖かな木のぬくもりが感じられる家が、雨に打たれてそこに建った。


そして秋が中に入ると、そこには木のテーブルやソファー、暖炉などがしっかりと並んでおり、生活な必要なものは全て揃っていた。


『揺り籠』は、文字通り揺り籠を出現される魔術。だが今回秋が選んだ揺り籠は家だった。この魔術は発動者の魔力を常時吸い取り発動し、発動者が魔力を止めると解除される。


リアから手をほどき、トボトボとソファーに行く秋。そしてソファーでだらっと横になる秋。まさに現実世界の光景と遜色ないこの光景を目にしたリアは、秋に問うたのだ。


「秋……どうしたの?」


「ああ、リア………はっきり言って、少し疲れた。なんというか…なぁ…」


そう、秋は疲れていた。戦いというわけではなく、生きていくことにでもなく。ただ疲れていたのだ。


「……慣れない事をしすぎた。背伸びして、……本当に、少しバカみたいだ…」


「ん…違う。秋は立派……」


「………ありがとう、リア」



慣れないことをしすぎた。ノワールとの交渉や、ガルビートへの交渉。あれを交渉と呼んでいいのかさえ分からない。ノワールに関しては、最初こそひどいものだった。あれから何とか折り合いをつけるべく色々やった。その全てが初めてのことだったといっても差し支えないだろう。


「……リア…」


「ん…なに?」


「俺は………不安だ……友達、助けられるか………」


根拠のない不安。友人を助けるために降り立った秋が、それらを達成できないとなったとき。秋はどうなるのか。間違いなく異常ともいえる力を持つ少年の旅は、異常に塗れた旅なのだろう。それを超えた先の目標に、手が届いていない感覚。一歩も進んでいない感覚。それらに襲われた秋の心は、万の敵を相手にしても動かない秋の心を動かす最大の敵でもあった。


「ん。秋は、大丈夫」


そう力強く言うと、リアはソファーの秋の頭の方へと体を寄せ、頭をグイッと上げると開いたソファーに自分が座り、秋の頭を自分の膝に置いた。いわゆる膝枕だ。


「秋は強い。大丈夫。一歩づつ、近づいてる……秋のやってること、間違ってないよ」


「ああ………そうか……」


その言葉で少し目尻が下がった秋。ソファーに横かけた時点でもう目は開いてない。


「リア…少し、眠いんだ………その膝…どけて…くれないか?」


「ううん。どけない……おやすみ、秋。今はゆっくり」


「あ、ああ……—————」


秋はこうして少し眠りについた。リアの膝を枕に、しばしの休息を送れた。いかに強靭な戦士にも休息は必要なのだと。誰でもが、そして秋までもがそう感じると共に、誰も起きていない部屋でただ一人リアだけが、笑顔で膝の上にいる秋を眺めていた。







「なあなあ、秋。お前はラノベはあんまり読まないだろうけどさ、ゲームはめちゃめちゃしてんだろ?」


「ああ?ああ。そうだよ。そういうお前こそ、ゲーム付き合ってくれねえじゃん」


「お前のゲームにハマる深度がおかしいんだよ!俺じゃついていけねえよ全く……それでだ。お前さ、好きな武器とかある?」


「ああ?……やっぱオーソドックスに剣とか?結局どのゲームでも剣って強いし、安定してるし」


「やっぱゲーム脳なのな…」


「で?なんでそんなこと聞いたんだよ」


「え?ああ、今読んでるラノベが武器を無限に付け替えて戦う主人公だったから、それで武器に少し興味沸いたんだよ」


「はぁ~~……。なんか笑える」


「なんか笑えるってなんだよお前!それはあれだろお前、完全に呆れ笑いじゃねえか!」


「はっはっは…」


「呆れてんじゃねえか!」


「はぁ…。いや何、お前ってそんな簡単に影響とか受ける人だったっけ?と思ってな」


「ああ、なるほどね…いやーそれこそラノベもゲームも、主人公って何かしら武器持って戦うだろ?剣・銃とか…あとは槍?斧とかもか…?」


「ああ、そりゃ当たり前だろ」


「だからだよ!少し気になっちまったというか…なんか、最強の武器ってなんだろな?とか思ったりしてな」


「ああ、確かにな…最強の武器。そんなのあったらゲームでも楽できそうだな」


「はぁ…この脳内ゲーム色に染まっちゃった子は———そんな子に育てた覚えはありませんよ!?」


「いや、育ててもらってないし」


「そんな軽く流さなくても……いやほらやっぱ、強いだけじゃない!武器はかっこよくないと!ロマンだよロマン!お前わからないの?」


「まあ、わかる。武器降っててもやっぱかっこいい方がいいもんな。ダサいのとか使う気なくなる…」


「ああ、そういう事よ!その点俺が今読んでるラノベは武器がかっこ————」


「読まねえよ」


「ええぇ………お前こそ、ゲーム付き合ってやってんだから少しぐらい俺の趣味の一つに付き合えよ…」


「ええ……そこでそれを言われるとは…じゃあ分かった。『最強の武器』な、それは真剣に考えてやるからそれでチャラな」


「いや、それならラノベ読んでく———」


「やっぱ、現代では銃。だけどその前の時代では基本的に剣。銃は剣に勝てないなんて言われてはいたが、人間が武器としての進化させた軌跡を考えていけば少しは紐解けるかもしれないな——」


「聞いちゃいねえのかよ……」


「剣・斧・槍……やっぱ全部武器は全部棒状…そして槍は投擲され距離が長くなり、武器の距離を人は求めるようになった。そして武器は射出されるものになり、いつしかそれは銃になった…………最強とは言えないかもしれないが、全ての武器の祖先が『棒』なのだとしたら、最強ではなくても、素質があるのは『棒』じゃないか?」


「ええ……でも、棒だぜ?ほら、お前の好きなゲームとかでも最初に買って、大きい街に行くまでの代わりだぜ?」


「お前のために考えてやってんのに……でもそうだなぁ…「全ての武器の祖」とか、「全ての武器の母」とか、なんかそれっぽくないか?」


「—————おお。確かに、それっぽい」


「だろ?」


「俺、棒の事ちょっと見直したわ」


「おうおう、そうだろう?」


「いや、武器の中で棒が一番好きになったかもしれねえ」


「おい、お前ちょっとからかってるだろ?」


「いや?全然?」


「おいおい…」


「でも、棒ねえ…そうだなあ…俺がもし異世界に行くなら、俺は棒で天下を取る!……なんちゃって」


「なんちゃってじゃねえよ。言っちまったからな?責任取れよ?」


「ぐっ……お前のその顔は嫌なんだよ。なんというか心臓がきゅっとする…けど!残念だったな秋!異世界なんてない!だから棒如きで天下なんかとれるわけないけど約束してやるよ!」


「おい!今棒如きって、やっぱからかってたんじゃねえか!?」


「あ、ばれた?」


「ばれたも何も……はぁ。もういい…」




こうして、秋と陽は帰り道の中で、夕焼けの赤い光を浴びながら笑顔を絶やすことなく登下校の道を歩いていく。


突如、景色が回りから白く染まっていく。あの夕焼けも、コンクリートの灰色も、全てが白く染まって遠くなっていく。学校の制服に包まれた自分たちが白くなり始め、そして—————







「はっ————」


リアの顔と目が、そこに浮かんできた。


(俺は……夢を……懐かしい夢を…)


中学二年生の夢。陽がライトノベルにハマり始めた時期の頃の夢。平穏というのがどれだけ幸せかを理解せずに享受していたあの頃の夢。


(そう————誓った。あの時異世界に着いて落とした棒も……絶対に連れて帰る。平穏を取り戻すという誓い。あの時みたいにバカみたいに話しながら、夕日を見ながら帰る。あの平穏を取り戻す。そのためには———)


こうして秋は目覚めた。あの頃の夢で見た平穏を全て取り戻すと。現実世界にも異世界にも同じように誓った。あとは成すだけだ。



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