第97話




「———ノワールの状況は大体わかった。今まで何をしてきたのかも———だが、秋殿とリア殿が邪龍を討伐できる実力者……なるほど。ううむ…これは難しい問題だ」


「なぜ?今この状況になっているのも全てあの邪龍のせいでしょう!?秋もリアも実力に足る人間よ!今すぐにでも討伐の方に———」


「まあ待て待て、落ち着いてくれ。とりあえず我々の側に何が起こったのかと、今この仮集落を巡る問題についても教えておこう———時に秋殿、リア殿。ノワールからどこまで聞いておるのですかな?」


剣呑な雰囲気が少し漏れ出た。これが『竜眼』か…と、そう思わずにはいられなかった。もちろん秋もリアも動じてはいない。少なくとも動揺を見せてはいない。


「ええ、邪龍が復活している。少なくともこれぐらいしか知りません」


「貴方からはいい気を感じる。竜眼にもあなたの反応は濃く見える———だからこそ、ノワールに“邪龍討伐を依頼”された際に、報酬を要求しないという事はあり得ないでしょう。どうして邪龍に興味を?」


どんどんと黒くなっていく雰囲気。間違いなくそこには疑いの目があったが、秋はそれをものともせずに質問に答えていく。


「ええ、確かに報酬は発生しています。報酬の内容は『星王龍』との会話です。正確には星王龍の知識を借りたいのです」


「……ほう。」


「リアは違いますが、私は“異世界人”。この世界に召喚されやってきました。私には目的があります。それはこの世界でヴァルガザール王国によって召喚された友人と共に元の世界に帰りたいのです。だからこそその術を知るためには、星と知識を司る龍の助言が得られたらと思い、ここまで邪龍討伐を果たしに参りました」


「………なんと……。なるほど、一応は理解いたしました。でもよくわかりましたね。我々が星王龍の祭壇を守護する一族だと」


「…ん。それは私。私は150年前からこの世界を生きてる。『四皇龍』の事は知ってる。そして星王龍が竜人によって守護されていることは知っていた。ノワールに会ったのは完全な偶然」


リアは先ほどの丁寧な態度をやめ、普通に戻って会話に参加していた。遠路はるばるここまで来て疑いの目をあからさまに向けてくるガルビートに少し嫌気がさしたのだろう。秋よりもリアの方が怒りっぽいのかもしれないが、それでもリアは王女の経験から波が経たない場所を計算している様にも思えた。


「…ほう。150年前とは…失礼かも致しませんが、種族は———」


「人族。今は吸血鬼。———『魔導姫』と言えば、分かる?」


「————!!!……なるほど、理解いたしました」


少し電流の様な物が走った。秋の目的もリアの種族も知っていたノワールが、『魔導姫』という単語だけには反応できずに困惑しているのを尻目に、さすがガルビートは知っているのだろう。“『魔導姫』が戦争を蹂躙した“という事実を。


「……なるほど。あなた方の素性は大体わかりました。申し訳ない。疑いの目をあからさまに向けてしまい、こっちの方が手っ取り早いと思いまして」


「いえいえ、少しでも疑いが晴れたのでしたら、それで十分です」


「———して、今のこの仮集落を伴う状況は非常に悪い物です。邪龍から集落の人間を避難させるのに大勢の男手や歴戦の槍使い達が時間を稼ぎ、命からがら逃げ出せたのは全体の7割。つまり3割はここにたどり着いてないことになります」


そう言い放つとガルビートはノワールの方をちらっと見た。何よりもノワールに聞かせたいのだろう。ノワールも被害の惨状を重く受け止め項垂れていた。


「残ったのは女・子供。後は警護隊の若い衆や一握りの槍術使い。邪龍から逃げる中で死んだ家族などもおります故。今ここは非常にピリピリしています。その上物資は常に底が見えている状況です。現在は男手たちが狩りを行ったり、他の集落から物資の融通を図っておりますが、それでもその日暮らしといったところでしょうか」


こうして聞いた現状はやはり悲惨なものだった。邪龍に生活基盤を全て崩されたというのはやはり何もかもを再び再構築しなければならないという事だ。集落の長としての負担も存在するだろう。


「更に悪い知らせとして、この邪龍復活事件の背景には犯人がきちんといたことが確認された。故意に封印を抜き、その上で邪龍復活を結果として手助けした者が————」


「———ヴァン。ね……」


「ああ……」


ノワールが放った、恐らく竜人の名前。ヴァンと呼ばれる者が故意に封印を抜いた。


————“邪龍の楔を意図的に抜き放った存在がいる可能性”


ノワールの心配事が見事に的中したわけだ。更にその人物名まで当てているという事は、何かしらの確信があったのだろう。


「———ヴァン=ガルクには弟がいる。今この仮集落で暮らしているが、父を失い母の弟の二人だけだ。そこに害意や迫害・差別なんかが起これば、一気に今の生活も崩れるし、何よりも今皆が親しい者を失っているが、なんとか生活を続けていられる。そこに邪龍討伐の話題を持っていきたくない。というのもある」


皆邪龍に何かを奪われた。このその日暮らしの生活はきつく、同時に邪龍の事を忘れられているとガルビートは語る。それに犯人の家族にヘイトが向くのも分かる話だ。更にここは集落という小さいコミュニティで、逃げ場はないのだから


「現に今も老人がうるさいんだ。あーしろこーしろだの。自分たちは動かない癖に、それらの調整や食料の配分なども、何より水だ。ここは山岳地帯だから、水は雨水に頼ればならないのだが、最近は日照りが続いている……失礼。客人殿に聞かせる話題ではなかったな。許してくれ」


こうしてガルビートが客人の前で愚痴をこぼしてしまうぐらいには心労が溜まって溢れているのだろう。


「すまない。話を戻そう。そういった状況の中で現在、我々の中で邪龍の存在はタブーとなっている節があるのは事実」


「それでも!倒さないと今までの暮らしも何もかも変わらないんでしょう!?」


ノワールが少し向きになって父であるガルビートに食って掛かる。


「だがっ!………邪龍は強力だ。幾らノワールが彼らの強さを知っていようが、私たちは邪龍の強さを知っている…あれには勝てない」


ノワールは秋の強さを知っており、ここにいる竜人族の皆々は邪龍の強さを知っている。話は平行線。道理とも呼べるかもしれないその現象に、秋は深く納得した。


「でもっ……でもっ!!!」


「それにだ……普通の災害とは違う。奴は生き物だ。奴の態度や心意気一つで、ここまで進行してくる可能性も考慮しないといけない。だからこそ今、奴を半端に怒らせるような真似をしたら、その時こそ私たちは皆殺しなんだよ。ノワール」


「………」


「客人様方、すまない。我々はあなた方の強さを完全に知っているわけではない。だからこそ今、リスクを冒した行動はとれない。どうか分かってほしい。今のこの状況、私たちにとっては薄氷を歩くかの如き所業なのです。今ここで少しでも氷にヒビを入れるような事になれば、それだけで私たちは皆滅びるのです。どうか…どうかご理解いただきたく…」


こうして、ゆっくりと机に向かって頭を下げるガルビート。それを見ているのは秋とリアだ。


(マスター、考えていたパターンの中でも悪めですね)


(ああ、間違いない)


秋はこのパターンを予測していた。正確にはアルタに今後の状況の予測のシミュレーションを立ててもらっていた。その中にこのパターンは存在していたのだ。


(だからこそ都合が悪い。最悪ノワールが集落のはぐれになる。強引に事を荒立てながら進めても構いはしないが、こうして正式に龍人族の長がお願いして邪龍討伐を阻んでくるとは。サポートも今後の利益も得られない可能性が出てきたということか……)


今の一連の行動からは、秋が勝手に邪龍討伐を推し進めてもサポートは受けられず、また報酬となる「星王龍」との邂逅もままならなくなるということだ。正直討伐の際のサポートはどうでもいいが、成功報酬として約束してある「星王龍」の邂逅は守ってもらわないと困る。リアが言うにはただ力を借りるのは不可能だとのこと。必ず巫女という通信装置が必要になると秋は考えていたのだ。


(まあ最も、ノワールが乗り気なのは案外なんとかなりそうだがな)


秋にとっての救いは、ノワールがこれ以上ないほどに乗り気だということだ。勝つことを信じて疑ってない感じは少し重荷であり思うところはあるが、それでも概ね好意的は秋は捉えていた。


(さあて————やることだけはやりますかね…)


こうして秋は決心をして、ガッと椅子から立ち上がった。




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