第96話




『止まれ!ここから先は現在我々が封鎖している!』


『そこの竜人!止まって話を————』


翼を羽ばたかせこの先には行かせまいとする二匹の竜の言葉が秋やリアにも聞こえてきた。その言葉はノワールの様な念話からは見えなかった竜としての凄みを感じさせていた。


そしてノワールがその言葉を無視してどんどんと近づいていく。鳴りやまない怒号。だがそれらは次第に驚愕と歓喜の声に変わっていくことになった。


『お、おい…あれ、あの鱗は————!!!』


『おい!見ろ!あれは確かに……ノワール様の鱗の色————』


こうしてノワールの登場に驚愕を表している間に、ノワールは二匹の竜の目の前まで飛び、そしてゆっくりと翼をはためかせて静止した。


『——————ただいま。二人とも』


『よくぞご無事で、ノワール様っ……』


『まさか、帰ってきてくれたとは…』


こうしてノワールは、久方ぶりの“帰郷”を果たすことができたのだ。







『ノワールちゃん……いやぁ良かった!本当に良かった!』


『———様をつけろ、アルーガ、ノワール様、先導致します。どうぞこちらへ。』


こうしてノワールは、二匹の竜——“ハーレン・アルーガ”と、“クラーク・エストール”に先導され、ゆっくりと移動を開始した。と言っても目的地は一分で確認できた。


そこには数々のテント———恐らく襲撃から逃げてきて、即席で仮宿として作ったのだろう———が一定間隔にまばらに置いてあり、中央には広場のようなものがあった。そこを中心に拠点を築いてきたのだろう。更に竜人の発着場でもあるようだ。


そして三匹の竜が案内されて着陸すると、ノワールによって降りてくれとアナウンスがあったので降りる。固い岩盤の様な地面に足をつけると、周りには竜人と思われる人たちがごった返していた。


そしてノワールを除く二匹は二人になり、そのうちの一人———クラークが、ここ一番の大声ト共にノワールの帰りを知らせた。


『—————ノワール様がっ、帰ってきたぞぉぉぉぉ!!!』


「「「「おおおお!!!!!!」」」」


熱が一気に膨れ上がると同時に、ノワールが竜人に戻る。元気そうなノワールを見た竜人族の皆は大変な熱気のままにノワールの帰りを祝った。多少秋とリアが置いてけぼりにはなるが、それもそうだろう。むしろノワールの帰還がこれだけの熱気を生んでいることからも、ノワールの人望が想像できるというものだ。


そしてノワールが竜人の人込みの中に紛れていく、正確には飲み込まれていくだろうか。


「ノワールちゃん大丈夫だった?」

「ノワールちゃんだぁ!!」

「元気で良かったっ……」

「ノワールちゃんが帰ってきたぞぉぉ!!」


そんな声が人を呼び、人だかりがどんどんと大きくなる中で、ついにその人が現れた。


「—————ノワール……」


「……お父様?」


ノワールが言い終わる前に、言葉として吐き出されるはずだった空気がどこにも行けなくなるほどに、生存を確かめる抱擁だった。


「ああっ……よかった。よかった……」


ノワールもまた父の肩に手を寄せる。こうして家族の生存を確認できた父と、帰ってきた娘の中で、誰も言葉を発せなくなっていた。


そしてしばらくすると抱擁が解け、父としての顔と集落の長としての凛々しい顔つきに戻った。


顔は凛々しいが、何事も経験し乗り越えてきた歴戦の風格を思わせる。顔にはいくらか皺もあるが、それがまた経験の度合いを思わせる。髪は白髪だが、老いを感じさせない確かな生気が体中に宿っていた。


「さて、ノワール。帰ってきて色々あるだろう。今の状況の事もあるから、とりあえず一度仮の我が家に来なさい。ノワールのお友達の二人も、とりあえずは一度うちで預かろう。どうだ?」


「ええ、それで構いません。私もお父様とはお話したい事が色々とあるので、そこで話をしましょう」


こうして秋とリアは、ノワールの父に連れられて現在の仮家に案内されることになった。


「ああそう、言い忘れてたけど———ようこそ。竜人族の集落、『カザール』へ、貴方たちを歓迎するわ」


こうして秋とリアは、ノワールたちの集落『カザール』へとたどり着いた。






集落の長が仮宿とする家は、テントの中に支柱が建てられており、少しだけ豪華な仕様になっているのが見えた。この物資が少ない状況でも集落の長としての住まいを用意されているのは、やはり人望の成せる技なのだろう。


そしてその中に入ると、もう二人———母と思われる竜人と、ノワールよりも小さめの少年が輝いた瞳で我々。正確にはノワールを見つめていた。


「ノワールっ!!」

「姉様!!」


二人からの抱擁をしっかりと受け止め、自身も確かにそこにいると伝えるように二人を力強く抱きしめる。


「本当に…心配したわ……」


「ええ、帰ってこれました…お母様…」


こうして家族皆の無事が確認できたことを把握したノワールが、すっと秋とリアの方を向く。


「秋、リア。これが私の家族。父はガルビート。こっちは母親のカナン。そして弟のファーガよ———こっちの男の人が秋、そしてこっちがリアよ」


「いや申し訳ない。我々の事で手一杯で客人におもてなしどころか挨拶すらもないとは…私はこの集落の族長をさせてもらっている、ガルビート=アル=ラークだ。よろしく頼む」


「ノワールの母のカナン=アル=ラークです。ノワールがお世話になりました———ファーガも、挨拶はしなさい。」


「……ファーガ=アル=ラーク…です」


「こちらこそ、仲岡秋と申します。よろしくお願いいたします」


「———リアと申します、性はありません。よろしくお願いします」


秋はともかくとして、リアがしっかりと挨拶しているのは少し意外だった。そこには前とは変わらない王女の様な威厳が備わっていた。


こうして家族全員と秋・リアの自己紹介が終わると、ノワールが待ちきれなかったように口を開いた。


「———でお父様、話したい事が色々あるの。お父様と私、秋とリアで話をさせて頂戴!」


「あ、ああ…分かった。じゃあ少し待ってなさい、客人にお茶も出さずに話を始めるわけにはいかない、少し準備を整えてから、話を始めようじゃないか…お客人方も構いませんか?」


「はい。自分は秋と呼び捨てにもらって構いません」


「私も、大丈夫です」


「ええ、ありがとうございます。では秋殿、リア殿と呼ばせていただきます」


こうして、少し話の体制ができる頃にはノワールの母がお茶を入れるべく準備を進めていたため、待ち時間は少しで済んだ。


そしてテーブルに案内され、ノワールの母によって茶が出されたところでようやく話が始まろうとしていた————。



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