第88話




ノワールの背に乗ってから大体一時間が経った頃だろうか、今では太陽も朝焼けから白い光を照らしており、ノワールの背という条件も相まってかいつもよりも太陽光を感じられるのだが、それでも暑くはならない。ノワールの飛行能力は恐るべきものでその速度は正確に測ることはできないがそれでもアルタの予測の範疇を超えてはいないとアルタが言っていた事から、やはり驚愕の性能をしていることが証明された。


そんなノワールが全力で飛行しているわけなので、当然その風力は凄まじいものになっている事だろう、だがそれでも秋やリアが快適な風だと感じているのは、ノワールの飛び方にもあるとのこと。どうやら人や物を載せるような飛び方をしているとのことで、おかげでリアと秋は少し快適な空の旅というわけだ。


そしてどんどんと景色も変わっていく。山を越え谷を越えとはよくいった物で、実際には草原を挟んだり針葉樹林らしきものを挟んだりしながら景色が変わっていく様は、竜の背に実際に乗る物にしかわからない事だろう。最も自然の景色などは数日見れば飽き飽きするのは実世界でも異世界でも変わらないだろうな。と秋は苦笑いしている。


だが一ついいことがあるとしたら、ノワールとの語らいの時間が増えたことだろうか。何分秋もリアも暇な事が多いのだが、秋とリアは色々な事を語らいすぎてもう話題らしい話題なんて残ってないので、必然的にノワールを絡めた話になることが多くなるのも分からなくはないだろう。それが結果として最悪だった出会いを埋めるようにお互いを理解できたのは結果として良いことだっただろう。




そこから得た情報は役に立たないまでも興味深いものが多かった。


まずは邪龍関連。一つは邪龍の封印方法だ。邪龍の封印には『星王龍』から授かった封印の楔を八本等間隔で囲む様に打ち込んでおり、またそれらの効力が弱くなると代々の「巫女」が願い奉り変わりの楔と、楔を抜く間に邪龍を封じ込める竜玉を頂くのだとか。


そしてそれらの楔が二本同時期に効力が弱まり、今台の巫女であるノワールが願いの儀式を行う予定だったらしい。


更にはノワールの武器だ。竜界での戦闘で秋に向けた『竜装ガイアドライブ』は、その抜けた楔から作られた武器の一つであり、初めて変えた楔と竜玉を元に作り上げた逸品とのこと。

それらは代々竜族の長が持ち歩くと言われている。他にも抜けた楔は貿易で友好の証として贈られることもあったという。

最も竜玉と楔を両方使い武器として作り上げたのは『竜装ガイアドライブ』が最初で最後だとノワールは言っていた。集落同士でも諍いに自分たちが挙げた強力な武器を使われてはたまらないという事だろう。世知辛いものだと秋は初めてそんな言葉を思い起こした。


そして極めつけとしては、“邪龍の楔を意図的に抜き放った存在がいる可能性”をノワールは示唆していた。


『———基本的に楔は、邪龍の内側から開けられることはありません。またいくら封印が二本同時に弱っていると言っても、それでもそんなことあり得るはずないのに……』

「誰かが抜いた…か。そんなことをするメリットがないから、あり得ないんじゃないのか?」

『いえ、メリット……ではないのですが、ある時を境にこんな噂が集落を巡りました———「邪龍を従えられる竜は最強の竜だ」という噂。それを機に“力を簡単に求めるには邪龍の封印を解き自らの物にしてしまえばいい”などという者が現れ…』

「なるほど。そんな事が」


危険であっても力は力。追い求める者にとっては魅力的な力だろうと秋は考えたが、まあ実際そうなのだろう。どこの世界にもいるものなのだ。自分の力には限りがあるという事を知らない人が。




次に手に入ったのはノワール関連だ。最もこっちはリアがよく掘り進めて話を聞いていた。


家族構成とか、知り合いとか、友人とか。ありきたりなごく普通の女子の会話から、好きな人の会話まで、そういった会話の中でリアがノワールに心を開こうとしているのを、話の時の笑みで秋は知れたので、旅の心配事は少しばかり減った。


秋が話に口をはさむ余裕も、そのスキルも残念ながら秋にはないので大人しく話を聞きつつ周囲の風景と共に黄昏ていた。話を聞いている範囲だと、ノワールの人柄が見えてくるようだった。


集落のノワールは誰にでも優しく頼れる存在感のある人だった事が、集落の竜人たちの頼まれごとを率先してやっていたり、族長代理として諍いを収めたりしていたというエピソードからも分かる。またリアが楽しそうに聞いていたエピソードの中でも特に恋愛関係だ。ノワールは気づいていないのか定かではないが、相当集落の男にモテていたようだ。中でもしつこくまとわりついてくる厄介な奴もいたと苦笑いしながら語っていたし、強引な手段で迫られる事も記憶にあるそうだ。


竜人族は力を重んじる。この竜人族の自然の原理的主義は今だに強く残っている。獣人族なんかも例外ではない。だからこそ竜人の中には力が強い者が偉いという思想に染まってしまう者も少なくはない。それは女子供にも適応され、やはり女は弱いからという理由だけで下に見てしまう男もいるようだ。とエピソードを聞いていた秋は心に感じた。


そしてそういった奴らを、ノワールは叩き潰せるだけの強さも持ち合わせている。現に婚約をかけて不平等なままの決闘を、ノワールは何食わぬ顔で受け、相手の闘志をへし折った。ノワールのはただ可憐なだけではない。力強い存在感。頼られるカリスマ性。そして純粋な戦闘力が備わっていると言えるだろう。だからこそそんなノワールを置く事で、己の虚栄心を満たしたいと願う若人が多くなるのかもしれないが。


そしてノワールの事だけではなく、リアや秋もまたノワールに己の目的を伝えた。秋が『召喚者』であることや、リアの生い立ち。秋とリアの馴れ初めや今までの旅路など。誰にも語ったことのない旅路を語り、お互いの理解を深めた。


こうして話を進めていく内に、太陽は朝焼けから白光へ、そして夕焼けへと移ろい、いつしか夜と星の世界が広がっていった。


『夜になりましたし、これ以上の走行は危険です。丁度……あの辺りに止まれる場所があります。今日はそこで野宿としましょう。いかがですか?』


「ああ、分かった」

「ん。了解」


『ではおります。少しつかまっててくださいね』


そういうと一気に降下が始まっていき、重力が仕事をしなくなってから感覚がおかしくなり始めた辺りで竜の足と地面が再び接触を果たして無事に着陸した。


リアと秋が降りると、またわずかな光と共にシルエットが変わり、人型の亜麻色の髪を持つ少女が姿を表した。


「さあそれでは準備を始めますが…一応荷物なんかも持ってきているのですよね?」


「ん。」

「ああ、俺のマジックバッグに入れてるんだ」


「ああ、では私と同じですね。失礼しました」


こうして三人は二つのテントを立て、火を起こして夕食の準備を始めた。







「にしても秋様のマジックバッグ、凄い容量なんですね…」


「こっちとしても、持ってきた食材が活きて助かった。感謝だな」


「いえいえ、むしろ旅がこんなに快適になるとは思ってもみませんでした」


秋が商業都市トリスで行った準備の一環として、旅に必要なものを買いあさる為に魔石をいつもの2倍~3倍程度の量を売り払い資金を得たのちに、リアは前に訪れた呉服屋で服を買い、秋はその間に屋台が並ぶ市場に赴き食材や調理器具などのアウトドア用品のようなものを買い集めていたのだ。そしてそれを全て『帝王の宝異箱』に放り込みここまで来たというわけだ。


そして秋が買ったそれらの即材を調理しきちんとした料理に変えてくれたのが何を隠そうノワールだ。ノワールも族長権限と言ったらあれだが、村で唯一のマジックアイテムとされるマジックバッグに調理器具や旅の道具などを一通り入れて持ち歩いているとの事。アーティファクトやマジックアイテムと呼ばれるこれらの特殊な能力のついたアイテム——もちろん秋の魔剣もこれに含まれる——の中でも、複数存在する物や製造できる物などは存在しており、このマジックバッグと呼ばれる鞄もその一つになる。


マジックバッグや魔法鞄なんて呼び名があるそのアイテムは製造されているが、材料や製法を知る職人は限られておりごくわずかしか出回らない。しかも性能は製造品よりも迷宮などの宝箱に入っている物の方が高いことが一般的だ。なので人造品でも数十~数百万はくだらない。天然産となればその価値は数千万まで膨らむとされているのだ。なので商人はもちろん貴族などでも重宝されている。


ノワールの持っている物は数十万で購入した人工物とのことだが、それでも旅の支度を一つにまとめて入れてもまだ少し余るぐらいには容量があるらしく重宝しているとのことだ。


———最も秋はスキルに無制限とはいかないまでも詰め込めるので、もし秋のスキルに価値をつけるとしても、つけられないだろう。


そしてノワールの料理を堪能した秋とリアは、揺れる焚火の炎を眺めながらボーっとしていると、おのずとリアが話し始めた。


「…ノワール。もう依頼者だからって気を使わなくていい。これからは邪龍討伐までの仲間。だから敬語は大丈夫……秋も、それでいい?」


「ああ、俺からもよろしく頼む」


「………ええ、分かったわ。やっぱり敬語は慣れないわね。少し杜撰だったかしら?それなら謝らせてもらうわ————けど、貴方の申し出は本当にありがたいわ。これからは敬語は取らせてもらうわね」


「ん…それに、“貴方”もいい。リアで構わない……。秋は?」


「俺は“秋様”なんて呼ばれ方去れてもむず痒いだけだし、秋で構わない。俺は元々ノワールだったからな。これからもそう呼ばせてもらうが、構わないか?」


「私もこれから良ければ、ノワールと呼ばせてもらう」


「ええ、大丈夫。ノワールでこれからもお願いするわ。秋、リア」


「ああ」

「ん。」


こうして対等な関係を表すべく呼び名を改め、眠る準備を施す———秋の魔術創造による闇魔術『闇の帳』と、光魔術『タレットライト』を展開した。


『闇の帳』は文字通り、闇属性の魔力で一定の強さを持つ魔物を威嚇する魔術で、一定の範囲内を守る帳を張る魔術だ。


『ライトタレット』も文字通りなのだが、一定範囲内の敵を光属性の魔術で自動迎撃する魔術だ。一定範囲内は闇の帳の効果範囲内全般をカバーしており、敵を通さない二重の魔術で魔物蔓延る夜を安全に過ごす秋の魔術だ。


こうして夜の野宿は無事安全に終えることが出来た。夜の見張りに関しても、一日中働かせたノワールを動かすわけにはいかないと秋とリアで交代しながら行い、無事に夜を明かした。




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