第89話



こうして夜が明けて二日目。秋とリアが交代で行っていた見張りも、最後にはリアがほとんどを担ってくれた。吸血鬼となったリアは夜に強く、また睡眠もあまり必要としないとのこと。眠ろうと思えば人と同じ様に眠れるが、眠らずに活動しようと思えば人の3倍は眠れずに活動できる———とは、秋とリアが語らいを繰り広げていた時に知った吸血鬼の真実だ。


そして二つのテントが開き、お互いに最小限の準備だけを済ました二人が出てきた。秋はリアが支度する前にテントを出て、外で準備を済ませていた。


「おはようノワール」


「おはよう。秋、リアもおはよう」


「ん。おはようノワール」


「それにしても、本当に凄いのね秋の魔術っていうのは…夜は少しうるさくなると思って、私も『竜装ガイアドライブ』を準備していたのに」


「ああ、安眠とはいかなくとも、ノワールの仕事は俺らを運ぶことだからな。露払いぐらいはさせてもらうさ」


「ええ、感謝してるわ———さて、ご飯にしましょうか。秋、私が言った食材を出してくれる?」


「ああ————」


こうして朝の支度を済ませ、秋達は再び旅立った。







「『竜化』」


残光がノワールを纏い、昨日と同じ亜麻色の竜へと変身すると、再びリアと秋を載せて空高く飛び立った。


二日目と一日目の景色は変わりはしないが、対等な関係として認め合ったノワールと秋達の距離はぐっと縮まったように思える。ノワールが起こした誘拐モドキと、それを引き起こしたノワールにはいい感情を向けていないのが分かったが、今はそんな気は感じられない。最も感じさせないようにしているのかもしれないと思うと少し肌寒くなるが。


今日も昨日と同じ様に晴天。気温も快適といったところだ。肌をなでる穏やかな風を二日も感じられるのは贅沢というべきなのか。あるいはこれが後数日続く事に対して少しばかりの憂鬱を見せればいいのか判断に困るが、とにかく現時点では平和を享受し続けていた。


二日目にして暇になっていた秋だが、今日は一つやるべきことを決めていたのだ。それをかなえるべく、秋は少しばかりリアにお願いした。


「リア、今から少し邪龍討伐に向けてスキルを弄りたいと思っているから、体の方支えておいてくれないか?」


「ん。わかった」


こうしてリアにお願いした秋は迷う事なく後ろに座っているリアの体にもたれるようにしてから念じた。あのスキルの世界———夜天の世界や海の世界を思い浮かべながら———


『…今、秋の意識が消えたような気が—————』


心配そうなノワールの声を最後に、意識を沈めていった。







スキルの世界。その時折々に姿を変える世界。それは全て秋のイメージだった。夜天の世界。青い海と空の世界。それぞれがスキルという形を、構成要素という存在から形作るための作業場である。


これが秋の出した結論。故に秋は、この作業場自体を変えた。







「ん。うう……」


秋が再び起きる。これまで秋が出会った世界は二つ。『構成要素』を溶かした海。『自分が作成可能なスキルの可能性』を見せてくれた夜天。この二つの世界だった。


だが秋は成長した。夜天の世界は、夜天の世界が指し示す強いスキルを生み出せた。だがそれでは秋の意志が入り込む余地がなくなってしまう。それが嫌だった秋がとった次の行動が青い海と空の世界だった。


青い海にはすべての構成要素が溶け合い混ざっていた。その中で最も合う構成要素を軸に自分のオリジナルを継ぎ足して最強のスキルを目指した。だがあまりにもマニュアルな操作を行った結果、未熟な秋では無駄が多いスキルを生み出してしまった。結果としてスキルを一度全て分解し作り直した。


だからこそ。秋は“両方が必要だ”と思った。光り輝く星は夜天の空を彩り導いてくれる。青い海はどこまでも続く、そこには無限の可能性が存在している。だからこそ。今なら作れる。自分に合う作業場。世界をつなげて最強をスキルを生み出すための作業場が————。




「おめでとうございます。マスター。貴方の臨んだ世界は実現しましたよ」


「ん………ああ、そうか……成功…した、のか……」


秋は恐る恐る目を開ける。そこは砂浜。白い砂浜。そして目の前には青い海。後ろを振り返ると白い砂浜を挟んで青い海と緑の牧草のような草が生い茂る草原。そして上を見つめるとそこには、色とりどり、まるでクリスマスに光るイルミネーションの様な光が夜天を照らし尽くしていた。一つ一つが大小も色も違う。だがそれらが混じり合い夜天を黒ではないものに染めていた。確かに明るい世界だった。


そして隣を見つめると、スラッとしたコートをきちんと着こなし、黒髪と青髪の交る美女がそこに立っていた。


「お、お前は————」


「はい。マスター、この姿で会うのは久しぶりですね。或多です」


「ああ、やっぱりか…」


「私は魂世界の住人。そこを統べる王であり熾天使。貴方が肉体を空にし、ここに来たという事は、本当の意味で私も会えるという事。待っていましたよ、マスター。久しぶりに貴方に会いたかったのです」


そうして微笑む或多は、確かに人の形をした。というか人そのものだった。







「まず報告です。現在私がスキル『スキルランダム創造』とマスターの魔力を用いてスキルを生産し続け、前の報告では700となっておりましたが、現在の構成要素の数はおよそ1500となっております。また私の能力の一つ【魂世界の総統者】で、マスターの命により創造したスキルにつきましても構成要素の重複を確認しております。よって私が作成したスキルでマスターが創造の幅を狭められる心配もございません」


アルタのスキルは全て秋の為の物。その中でも能力の一つと存在する【魂世界の総統者】は、アルタが1から100までのスキルを秋の構成要素を使い創造することが出来るが、アルタが使う事はできても、秋の意志で使う事はできない。という事だ。


秋が創造するスキルを、アルタが全て作ることはできない。スキルの限界なのだ。スキルをスキルが創造する事はできない。これはどれだけ強くなろうと越えられない限界。原理であり概念。そういったものなのだ。


だからこそ二つ目のスキル。『創造クリエイトされる主の玉座プリズスキャルヴ』が存在している。これは“秋のスキル創造を補助する為”のスキルなのだ。例えば構成要素の確認や管理などが行えるのは、このスキルのおかげと言える。


アルタの行動はスキルの範囲を逸脱している様に思えるが、実はそうではない。秋の質問に答えられるのも能力【真極演算】と【人道案内ナビゲーション・システム】があるからだ。これがないと秋の問いに答えることも考えることもできない。そして人の様に喋れるのは人格を創造したからだ。これもスキルの能力。【人格創造『アルタ』】があるから、アルタはまるで人格を持ち、質問に答え、並外れた計算を行い、秋の魂世界でスキルの行使や管理を行える。アルタもまたスキルの範囲でしか動けないスキルなのだ。


だからこそ、アルタは自分の意志で秋の可能性の幅を潰すような真似はしない。構成要素の中でも特別な物は保管・管理を徹底しているし、逆に被る構成要素も存在していることを把握している。そういった物の中から秋が必要な時に手助けできる様なスキルをくみ上げているのだ。例としてはギルドのステータス確認の際に使用した『簡易偽装』などがそれにあたる。『簡易偽装』は能力【魂世界の総統者】によってギルドの監察を逸らすために秋がアルタに求め、それに答えるためのスキルだった。


そして今、アルタが把握している構成要素の種類は800種を超える。それだけの数を管理できるのは、やはり『アルタ・セラフィム』としての真化の証と言える。


「そうか……ありがとうアルタ」


「お褒めに預かり光栄です。マスター……して、今回はどのようなスキルを作成しようとしているのですか?」


「ああ……実は、まだ決まってないんだ。正直、邪龍という存在が未知の塊だ。対策のしようがないと言ってもいい。だからこそ、この世界で考えたいというのもあったかもしれないな…」


「なるほど…では、アルタから一つ情報の補足を、現在マスター持っているスキル。リストにすると以下の通りです」


そうしてアルタが、秋のステータスの表示画面を変更して見せてくれた。秋は自身の目の前に出た板を眺める。




スキルランダム創造

運命と次元からの飛翔

アルタ・セラフィム

魔剣創造・皇

魔防具創造・帝

極武皇闘術

創皇魔導法

メーベル=ブルームの皇盾

皇帝の隻眼

最終王化

帝王の宝異箱




「マスターは現在、“攻撃系スキル:創皇魔導法/極武皇闘術”。“創造系スキル:魔剣創造・皇/魔防具創造・帝”。“防御系スキル:メーベル=ブルームの皇盾”。そして“危機的スキル:最終王化“に、”戦闘補助スキル:皇帝の隻眼“。といったバランスの良いスキルの構成をされています。おそらくは神ゼウス様からの教えを守っていらっしゃると思います。ですが——もう一つ足りないかと」


「……それは、なんだ?」


「———召喚系スキルです」


そう、秋のスキルは一人で万能の敵を相手にするべく構築されたスキルだ。あらゆるシーンで、あらゆる環境で、秋のスキルの効力が0%には決してならないようにデザインされている。必ずどこかで1%以上の効力を発揮し、ほとんどの場所で100%に近しい効果を出せる。そんなスキルが秋には備わっている。


だからこそアルタが試算したのは、一対複数の戦闘。秋は戦う事ができるだろう。一対複数であろうと勝つことも容易い。だが別に一である必要はない。であれば、複数対複数に持って行けるスキルを開発するのがいいのではないか?


「————と、考えたわけです」


「……なるほど…一理ある」


「ですが、大変申し訳ありませんマスター、私が提案いたしましたが、この案には大きな欠点が一つございます」


「なんだ?」


「恐らく、マスターが望むスキルを創造されるには構成要素が足りません。それも中核となりえる召喚を持つ構成要素が」


「……ほう。だがアルタが不確定でできない事を言うとは珍しい———対応策は?」


「対応策。はありません、ですが応急策ならあります。秋様の作りたいスキルのイメージを先にこちらで固め、その設計図を保管します。その後、私が設計図通りに構成要素を埋め込む事でスキルを完成させます。これではどうでしょうか?」


「ああ、だが、そんなことをするぐらいなら、構成要素を待ってから完全な状態で創造しても構わないと思うんだが」


「いえ、この製法のメリットは私が応対できるという事です。構成要素さえそろえばマスターは例え戦闘中であったとしてもこのスキルを即座に発動できます。マスターは今から邪龍討伐。いわば戦闘寸前の状態に立っているので、こちらの方が確実かと」


「……了解。じゃあ俺はどうすればいい?」


「いつも通りスキルを作ってください。足りない構成要素はそのままにしていただいて構いません。スキルの形をイメージしていただければ」


「ああ、了解した」




こうして秋のスキル創造が始まった。

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