第87話




早朝。太陽が見えない宵闇と瓜二つなこの状況の中で、秋はアルタにモーニングコールを受け起床した。秋が目を開けると、そこにはもう目を開けて顔を眺めているリアがいた。


「………リア、早いな」


「早く起きれた。いこ?」


「……ああ、少し待っててくれ。支度する」


そうして秋は先に用意まで済ませていたリアを待たせる形で準備を進め、いつも通りの恰好である『黒翼のコート』を羽織り、持っていた非常食を食べて宿を出た。


もちろん宿でも部屋の中から支度をしている音は聞こえるが、せいぜいが一部屋か二部屋。親父さんは朝食の準備のために厨房にこもりっきりで秋やリアが出ていったことなど気づかない。


トリスの日が出ない朝は本当に誰もいない、太陽が出てから一気に人が溢れる事をこの数日で知った秋とリアは、まさにこれが“嵐の前の静けさ”であることを知っているのだが。


もちろん誰もいないことは今の秋達にとって好都合、足早にトリスの街の出入り口である街門へと向かった。







街門へと向かったリアだが、そこには夜勤の兵士が街門を守っており、勝手に出ていくのは問題になると危ぶんだ秋は、強引にスキルによる突破を目論むが、肝心のノワールがいない。恐らくここで地団駄を踏んでいると考えた秋は、まずはノワールと合流後にスキルによる突破を計画した。


「リア、ノワールを探してみてくれ」


「…分かった————『グラスプ・アーリア』」

「———『隠遁』———」


リアの探知魔術『グラスプ・アーリア』に、秋の創造魔術である『隠遁』を重ねて行使する。


『隠遁』——その効果は、対象者の魔力を相手に感じさせないようにするという効果だ。広範囲に魔力を広げて探知するリアの魔術特性上、どうしても魔力を広げていることがばれてしまう恐れが存在する。そのために秋の魔術で弱点を補強し完全にするべく生み出されたのがこの魔術だ。


「———いた。丁度街門の壁沿い。西に30mもないぐらいで立ち止まってる」

「了解。まずはそこまで向かうか」


こうして秋はリアと共にノワールのいる場所まで合流した。







ノワールもノワールで街門に夜勤の兵士がいるとは考えておらず、まずは秋達と合流するべきという判断から、街門まで現れたら見える範囲で待っていたのだ。


だがノワールの思っていたところから全く違う逆の方向へと、求めていた声が上がってきた。


「ようやく合流できたな、ノワール」


「はっ!?……ああ、はい。わ、私も合流できてよかったです…後ろから来たという事は、貴方たちも状況は把握しているということですか?」


「ああ、それで俺の魔術の一つに透明化できるものがあるから、それを使って強引に突破しようと思っている。大丈夫か?」


「ああ、ええ……大丈夫。です、というか凄いですね。まさかそんな魔術まで覚えているとは…」


「まあな、時間も惜しい。少しだけ手を繋いでもらうが大丈夫か?」


「ああはい。どうぞ」


こうして秋の右手にノワール。左手にリアの手が繋がれた形で、秋は魔術を唱える。


「『雲散霧消』」


———『雲散霧消』。雲が散り霧が消えるがごとく、消えてなくなる様を描いた四字熟語の様に、体が透明へと変化する。対象者と物理接触を行っている生命体の肌と接触しているものまでを対象に透明化する。透明化してるお互いには自身を半透明にして見せる機能も備わっているため、不便な事も極力減らしているオリジナル魔術だ。


「さあ、行くぞ———もちろん見えないだけで人やモノには当たるし、声なんかも聞こえる。足音なんかも注意してくれ」


「ん。」


「はい」


こうして三人は手を繋ぎながら歩き始める。街門の前へと着くと、秋が周りを確認し、通れそうな場所を確認した後にゆっくりと歩いて街門へと向かう。


「ああ、そろそろ夜勤終わりかぁ…」

「やっと眠れる…」

「ああ、そうだなぁ…」

「早く来てくれねえかなぁ…」


気だるげな門番の、眠気覚ましにもならないような会話がいい感じにわずかな足音を消し、無事に秋達は街門を出ることに成功。その後草原を抜け森林までたどり着くことに成功した。







先ほどの街とは打って変わって、家の代わりに木が生え、朝の太陽の代わりに木漏れ日が差し込む森林の真ん中に、リアとノワールと秋が最後の確認をしていた。


「皆さん準備はよろしいですか?」


「ん。大丈夫」


「俺もだ」


「では、いよいよ竜化したいのですが…街門の一件で少し時間を取られてしまったようです。もう冒険者たちは街を出ている者も少ないですがいるかもしれません。先ほどのカモフラージュの魔術を、もう一度私にかけていただくことはできますか?」


「———ああ、大丈夫だ。竜化した後にかけたらいいのか?」


「ええ、それでお願いいたします」


「了解した。任せろ」


その秋の言葉を最後にノワールは秋とリアから数歩大きく距離を取ると、それに合わせてリアと秋も数歩距離を取ったのを確認して、ノワールが一言呟いた。


「『竜化』」


そう呟いたのを最後に、ノワールの体から微光と共に体の形状が変化していくのが見えた。腕が鋭利になり、爪が生え、そこから翼の形状へと広がり、体はどんどんと長く太くなっていく。最後の足が尻尾に変わった所で、変身が完了した。亜麻色の髪を持つノワールは、そのまま亜麻色の皮膚を持つドラゴンへと変化を遂げたのだ。


『お待たせいたしました。———竜化状態での私は念話の力を持ちます。今後はこれで話すので慣れてもらえばと———さあ、乗ってください』


頭の中にノワールの声が聞こえると、秋とリアが跨って乗り込む。秋は同時にリア・秋・竜化したノワールを対象に先ほどオーダーされていた魔術を創造し発動させる。名を『宵闇無常』。姿を薄い宵闇へと浸すことで認知も感知もされないスキルだ。そして同時に先ほどの『雲散霧消』も発動させておく。これで準備は万全だ。


「魔術は施した、いつでも行けるぞ!」


そう秋が言い放つと、ノワールは翼をバタバタと振りながら確かに地面から浮き始め、そして完全に地面からの独立を果たすと、そこには秋が異世界で見た最初の光景が広がっていた。


『では、参ります————』


干渉に浸っていられるのもほんの数秒だけだった。竜の推進力は恐るべきもので、先ほどの草原をたった5分もかからずに突破していた————。



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