第86話
こうしてレストランを出て商業都市の大通りを歩き始める秋。時刻はそろそろ夕刻を迎えようかという所だったが、秋はノワールの助けに応じる事となった。やるべき事が決まった以上、決めておかないといけない事がたくさんあったからだ。
そして大通りの中央には広場がつながっており、またそこから様々な通りを通れるような作りになっているのだろう。さすがはトリスだと、初めて来た異世界の街を考察するのも最早日常となりつつある今日この頃。秋はノワールと今後の展開に話を進めるべく口を開いた。
「ノワール。さっそくで申し訳ないが、やると決まった以上は色々と決めないと進まないだろう。どこか落ち着けるような場所を探していたんだが…立ち話で申し訳ないが、ここでも大丈夫か?」
「はい。私はどこでも大丈夫です」
「リアは?大丈夫か?」
「ん…どこでもいい…」
「了解。———俺らは一応邪龍討伐に向かう事が決まったが、問題は“どうやって竜の集落に向かうか”だ。もちろん案内人はノワールがやってくれるって事でいいのか?」
「はい。問題ないです。というかそれについては私から一つ提案が————私の『竜化』で、二人をお連れする。というのを考えていたのですが…」
竜化。それは竜人が扱う事のできる能力の一つ。己の体を竜と同じ形態に変化させる竜の血が成せる技の一つだ。
「——なるほど……それでもあえて聞かせてもらうが、ここから竜人族の集落っていうのは、一体どこにあるんだ?」
「…方角に関しては真っすぐ北です。私自身が竜化して、ひたすら南の方角へと降りてここにたどり着いたので間違いありません」
「…なるほど。情報としては少し大雑把だな。たどり着けるのか?」
「はい。私の集落は大きな山岳地帯の上にあるので、山岳地帯が目印になりますし、山岳地帯にはほかの集落も存在します。その集落の一つでも見つけられたら、おのずと私の集落の位置関係も把握する事ができるので到着はできるかと」
「ほう……なるほど。確かにそれなら大丈夫そうだが、一つだけ聞いておきたい。ノワールは竜化してここまで来たとさっき聞いた。竜化してどれぐらい移動したんだ?それで大体の距離が分かると思うが」
「………はい。大体三日でしたが、あの時は必至で、無理をした飛行を繰り返していました…なので今向かおうと思えば、全速力で4・5日。もう少しだけ余裕をいただけるのであれば6日で向かう事は可能かと思います」
移動距離・方角などから大体の位置は想定出来たが、それでも今の情報は新しい推察を得られるかと、秋は自身の腹心たるアルタに問いかける。
(アルタ。今の話を聞いてどう思う?)
(はい。彼女自身の竜化だけではなく、マスターのスキルで飛行を補助することが出来ればもう一日~二日は短縮できるかと。それに現状彼女の『竜化』による飛行が最大効率になるかと思われます。マスターのスキルで強引に突破する事は可能ですが、私の計算だと彼女の案よりも少しばかり効率が落ちますので、彼女の提案を飲むべきというのが私からの提案です。マスター)
(竜化状態での4・5日の飛行は、実際にはどれぐらいの距離か計算できるか?)
(イエス。私自身竜化状態の飛行のデータが存在しないので、全てが推察の域を出ませんが。竜化状態で4・5日飛んでいる状況・ノワール様の状況や大体の竜人族の集落の場所も推察すると、大陸を縦に切るようにして飛行を続け、そのままここに来た可能性が高いです。明確な数字は提示できませんが、私の予想が正しければ7日あれば大陸を縦に横断できるのではないでしょうか?)
(なるほど…了解した。ありがとうアルタ)
(いえ。明確な情報を提示できず申し訳ありません。マスター)
こうして心の世界での対話と推察は終わり、話は秋とノワールに戻り始める。リアは黙って話を聞いている様子が伺えたが、決して聞いているだけじゃない。何か話に穴があったら埋められるように誘導する。秋を王とするなら正しく王佐。彼女もまた強かな人の一人なのだ。だが今の所話に穴はないように思える。秋がきちんと話を整理し、その上で質問を問いかけていることがリアも分かっているのだろう
「そうか…なるほど。了解した。ノワールの案を採用して、君の『竜化』で集落まで向かおう。大丈夫か?」
「————はい。大丈夫です」
「了解。じゃあいつから行けそうだ?ノワールの状態が良ければ早いうちに出発した方がいいだろう」
「私は明日からでも大丈夫です。ですが竜化には人目のつかない場所で行うのが第一条件なので、早朝・もしくは深夜という条件は付きますが」
「了解した。ならば明日の早朝に出発しよう。お互い準備もあるだろうから、今日はここでお別れとしよう。明日の早朝。太陽が出る前には出発したい。合流場所がどこがいい?竜化できる———恐らく広い場所の心辺りがないんだが…」
「ええ、それならトリスを出た先の草原。その更に先に森林があります。そこでなら竜化も可能でしょう。そこでどうでしょうか?」
「わかった。なら合流場所はトリスを出る前の門という事でいいか?」
「了解いたしました。ではまた明日————ありがとうございます。私のお願いを聞いていただいて、本当に…本当にうれしいです」
「ああ、俺にも目的があるからってだけだ。そんなに気にしないでくれ。全部の自分のため。人に感謝されるような事はしてないし、君も自分の都合で見捨てようとした。そんな人にかける言葉じゃないさ」
こうしてノワールと秋・リアは広場の前で分かれ、各々が違う大通りから姿を消していった。
◇
秋の言った最後の言葉。あれは全て秋の心の中から出てきた純粋な言葉。『自分のために』。今は感謝の言葉を伝えて去っていったノワールを、秋は見捨てようとしていた。それを考えると、自分は何と残酷な事をしているんだと自己嫌悪に陥りそうな。
———だがそれでも進まなければならない。
あの時天秤から手を放す最後の覚悟。進まなければならないのだ。友を救うために、秋はノワールの言葉を噛みしめ、もう一度覚悟を決めなければならないのか、覚悟を決めろと世界に問われている気がしたのだ。
こうして各々が準備を進め、宿を引き払い旅の支度をした。秋は『帝王の宝異箱』に必要な食料や衣服を。リアも自分に必要な物を買い集め、明日は早いと宿の飯を食べて就寝した。
———こうして太陽がまだ明けないまま今日が始まった。邪龍討伐の初日が、見えない朝日と共に始まろうとしていた。
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