第82話
竜界————竜のみが発生させることのできるその力は、その周りに秋と、そして竜界を発動させた張本人。亜麻色の美女ノワールのみがその場にいた。
そして、二つの存在が鎮座するその場では、たった一つの存在によって、竜界の中のすべてが支配されようとしていたのだ。
「決闘…ですか。」
「————ああ。」
静寂が訪れる。全てを分かった者同士が、その静寂を破るまでには約十数秒かかった。
「そう…ですか。私には会話という方法しか、切れなかったことを。悔みます」
「そうか。だが、無理な要求という物がある。命は自分のものだ。見ず知らずの他人のためにかける物じゃない。ましては俺には目的がある。そのための時間・命をすべて捨てるかもしれない“無駄”を、俺は切れない」
「——————っ………!!!。だとすれば私は、運命に見放されてしまったようですね。」
「ああ、お前の命を懸けるだけの命題を達成できなかったことに関してだけは、同情してやる」
「…ええ………。では、まいりましょうか」
「——————ああ。」
こうして、秋とノワールは向かい合う。全ては、ある者は命題を打ち破るために、ある者は命題を超えるために。
◇
静寂がもう一度竜界の中を襲う。下がっていく気温は二人の意思によって冷めていく。それが体感かどうかなど二人にはわかるはずもない。そして全てが始まる零度へと向かった瞬間。秋は虚空から両手に剣と銃を顕現させた。名を『創刀:百忌』と『創銃:グラハムザード』の二対。秋の手になじむこの二対の武器は、神界にいたあの時から数多の電脳魔物を射殺し切り殺してきた秋の愛刀と愛銃だ。それが秋の手にスッとなじむと、秋は眼をノワールに向ける。
「……お前は武器を出さないのか?」
「ええ。私も、準備を済ませましょう…。来なさい。竜装ガイアドライブ」
そうして一言、ノワールが唱えた瞬間に眩い光が放たれ、そして気が付くとフルプレートに槍を持つ、まさに歴戦の戦乙女を思わせるノワールが現れた。
「竜人は一つの弱点として、竜界を発生させている間は竜人のもう一つの能力である“竜化”が出来ません。これは竜化に必要なエネルギーを使い結界を張っているため、竜化を使いたくても使えないのです。ですのでこの試合は、私は竜化という必殺技を使えないというわけです」
「…いいのか。そんなことまで話して」
「ええ。構わないですよ。これは試合。殺すわけではない以上ある程度公平に、それに無理なお願いをしているのはこちらですので、だまし討ちの形で辛くも勝利を収めることになったとしても納得されないかもしれません。ですのでこれは必要な事です」
「……そうか。ご忠告感謝する」
そして二人は口を閉じ、ゆっくりと構えを取る。ノワールは槍を腰元に刺し、先端を秋に向け構えを完了させる。秋もまたグラハムザードの銃口を相手に向け、百忌の切っ先をノワールに向ける。
ここまで部隊が出そろう。もはや二人にこれ以上の言葉は不要。相手と自分の呼吸があったその瞬間————槍先が初撃を振るわんと高速で揺らめき、バァアン!!!という銃声と共に二つの影が消えた。
銃声の音と槍先の空気音で、零度の竜界が温度を取り戻した。
◇
初撃の槍を振るうノワールと、開戦を告げる一発の弾丸を打ち込んだ秋。最初の驚愕は秋によって放たれた。
(なっ!!銃弾が潰されたっ!!)
銃弾を初撃をつり出す瞬間の槍先に向けて発射した秋は、その槍先に当たると同時に初撃の勢いを崩し攻勢に出ようとしたが、槍先の勢いは収まることなく進んでいく。
そして初撃はノワールに分配が上がると同時に、ノワールの槍と秋の刀が会敵を果たす。当たりに鳴り響く金属音は、キリキリと鳴り響く。
「————っ!!」
「————はぁぁぁぁぁあ!!」
お互いの声が金属音と共に響く、秋は刀を強く握りしめ、ノワールの槍を受け流す。
互いの武器が離れていくと、今度はノワールから神速の突きが容赦なく襲う。それはコンマの中で振るわれる神速。それを刀で受け流す秋。
———キィン!!
—————キンッ!!
常人には見えない速度の中で何度も二人の武器が互いの主の意思によって振るわれる。秋も負けてはいない。その連続した突きを刀で受け流しながら、銃による音速の弾丸をノワールに向かって這わせている。
ノワールはその弾丸をその槍で受け止める。攻防一体。それがノワールの振るう槍の姿であると同時に、攻防の切り替えが神速によって行われるその姿は、かの戦乙女を連想させるようなたたずまいである。
「………」
「…………」
再び迎える静寂。神速のノワールと秋の攻防は第一フェーズを終了し、第二フェーズが始まるその間。互いの意識が切り替わるための準備期間。
「……強いな。あんたも」
「………まさか…ここまでとは…」
「———その力があっても、邪龍とやらには勝てないのか。」
「…竜族でなければ、勝てたかもしれません」
「———そうか」
他愛のない話だ。心にも思っていないことだ。秋は心の中で自嘲した。だが戦闘の意識を新たに再起動し、無駄のない脳にすることはできただろう。
自分で話を終わらせ、そして刀を向けて眼を見る。ノワールもまた、次の戦いに向けての準備を終わらせたようだ。
こうして、第二フェーズが始まった。
◇
————互いの刀と槍が交わる。
————互いの武器が、高く唸る。
時々雷鳴のように鳴り響く銃声を一発の弾丸に込める秋と。風神の様に風を切り裂き秋を射殺さんとするノワールの槍。そしてそれに相対するようにそれを全て受け止め、そして相手の喉元を噛み千切らんとする獣のように唸り振るわれる秋の刀が、それぞれ拮抗を迎えていた。
「……はぁ…はぁ…!!」
ノワールはそろそろ限界を迎えていた。格上相手に一度も手を間違えてはいけない重圧を受け、それでもなお狂いなく手を打ち続けるその姿は正しく戦士と言って差し支えないだろう。
だが一方の秋は肩で息どころは息を荒くすらしていない。すでに地力が違う事は自明の理と言えるだろう。だが、それでも戦いは続く。そう、誰かが終わらせようとしなければ。
そうして、肩で息をするノワールを見て、秋もその心を固めたのだ。竜界での幕引きを。
(終わらせよう。)
今ノワールは格上の二つの武器を相手に善戦し、辛くも五分を保てている状態だ。だが、秋には三つ目の刃が、存在するのだ。
「はぁぁぁぁぁぁ!!!!」
再び槍を構え向かってくるノワール、その速さは戦う前から変わらない神速。だが秋の心での宣言は、神速すらも闇に飲み込んだ。
そしてたった一言。勝利までの祝詞を口にする。
「『幻影武闘』」
それは闇に属する秋の魔術。秋が『極・魔創導法』により創造した術式。その効果は相手の感覚を一定の間。術者の好きな時間だけ遮断できるという物。
秋はその魔術をノワールではない。竜界全てに向けて発動させた。これは対象を識別して放つ魔術ではなく、範囲攻撃なのだから。
「…………っ!!!」
感覚が途切れる。ノワールの感覚がシャットダウンされていく。そしてその間にも、もう一つの魔術が、秋の祝詞によって解放されていく。
「『真麻結界』」
光・雷の混合術式。『真麻結界』その効果は光の様に早く微弱な雷の結界が貼られていき、術者以外の範囲全てにいる生物を麻痺に追い込む範囲型の魔術だ。
そして、ノワールの感覚のシャットダウンが終わると共に、ノワールの体に雷が走り、ノワールの体の機能がまた再び停止する。
経っていたノワールの足に力が入らなくなり、ガクンと膝から地面へと、重力に沿って落ちたその瞬間。目の前には秋と、首元には先ほどまでノワールの槍と打ちあっていた刀が、今度は自分の首にかかっていた。
「…俺の勝ちだ。」
「————私の……負け。です…」
こうして、竜人ノワールVS秋の戦いは、幕を閉じたのだった。
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