第67話
————場所は異世界。時に勇者が迷宮攻略を開始するべく遠征へと向かっていったその矢先。或一人の王国兵士が、勇者の行軍に目もくれず、そしてただただ王城目指して走っていた。
その王国兵士の飛び出す一言は、王国を、ひいては王城にいる国王を揺るがす大事態へと発展する。
そして、世界が初めて、仲岡秋を認めたあの事件が起こり始める。
◇
「た、た、たいへ、大変ですっっっ!!!」
ここは王国兵士の詰所とも言うべき場所であり、王城内部に存在する王国兵士の最高機関と思言える場所。その入り口にたった一人の、何の権力も持たない一般の兵士が、大声でただ一言。「大変です」という言葉を伝えにやってきた。
そして王国兵士は知っている。そんなことを酔狂で言うやつはいない。そして何より動悸息切れ、体力の限界まで走り切っていた痕。全ての状況から、王国兵士は例年通りに危機を察知する。
「スタンピードですっっ!!!数は——————3千!!!過去最大級だと推測されていますっ!!!」
その瞬間。ざわめきが詰所を、まるで津波の様に一瞬で襲いつくした。
◇
「ふむ…スタンピード。か………畜生めっ!!!」
そういい放つと、国王は持っていた最高級品のグラスを投げつけた。割れるグラス。中身がこぼれようともお構いなしだ。
「クソッ。クソぉぉぉぉぉ…この大事な時に…帝国・宗教国や諸国が大人しく様子見を喰っている最中。この国力をあげる大事な時に、スタンピードだと!!ふざけるな!!」
国王は怒り狂う。それもそうだろう。国王の野望を叶えるためには、まずは盤石な国力が必要なのだから。だが同時に、スタンピードという存在は災害に等しい。それも“生きる”災害だ。誰かが、殺さなくてはならない。自然災害であるならただ消えるのを待ち、祈ればいい。だが魔物の災害は違う。誰かが殺すまで止まらない。止められない。一生動き続けることの出来る災害なのだ。
「ええ…お父様の言っている事。よくわかりますわ。ですが今は、前向きに検討する事をされたらいかがでしょう?」
「我が娘よ…何か、策でもあるのか?」
国王でもある父が、王女である娘の献策を怒りで歪んだ顔をしながら聞こうと顔を向けた。
「はい。このスタンピードを大々的に諸国に宣伝。その後勇者に討伐を要請し討伐して頂きます。そして実績を積んでいただくというのは、迷宮攻略という箔よりも、魔物の暴走を沈めたという方が民には伝わりやすいでしょう」
「おお、さすがは、我が娘だ」
「いえいえ。それに過去最大級のスタンピードともなれば…勇者の中でも、ある程度力の持つ者でないと荷が重いかと。荷が持ち切れなかった者は————」
「———命も落とす。と?」
「はい。その際には、我々も勇者の中でも役立たずをはじき落とせるかと」
「—————なるほど。よく考えられておるなぁ。娘よ」
その点で言うならば、王は娘の策のある程度の有用性を認めていた。それ以上に、この危機的状況を顧みず、好転へと持っていこうとするその意志に王は惜しみのない拍手を与えた。最もまだまだ策としては荒削りであり、王としてもその策をより確実に昇華させる案を聞いた瞬間に思案し始めるのだが。
「いえいえ。使える物を最大限使ったまでですわ。お父様」
「——そう言えば。あのあたりには新しい迷宮もできたはずだ。あれの調査だと言って送り込み、偶然を装わせて争わせる。なども面白いかもしれんの」
「非効率的にも思えますが…いえ、スタンピードの事を秘密にし、全てを勇者が倒した後。事後報告としてしまえばいいと?さすがです。お父様」
「スタンピードの王都周辺国土地域まで、あとどのぐらいで到着するとの見立てが出ておる?」
「ええ、あと5日ほどだと」
「では、間に合うな」
「ええ、その間は、王国騎士団・王国兵団を総動員し、第一種警戒態勢としておきましょう。ある程度の対策もこちらで」
「ああ、頼む。娘よ」
(そして、もしも仮に失敗してしまったとしても、その時は別のシナリオで、首輪を嵌めさせればいいわ。せっかくの予想外の事態。全て余すところなく使ってあげないと…)
こうして、過去最大級のスタンピードの扱いは、勇者たちに委ねられようとしている。その運命のレールは、ほかならぬ最高権力者の手によって引かれた。
だが、未来は違う。別世界から来た化け物が、そのレールも何もかも木っ端みじんに吹き飛ばすのを、まだ王国は知らない————。
◇
次の日の朝。またしても王国兵士が走る。馬はもうない、疲れ果ててしまったために置いてきたのだ。全てはこの報告を王国に、王城に。
———バァァァァァン!!!
それは早朝の事。第一種警戒態勢の中での王国騎士団・王国兵団は、夜まで起きて警備にあたっていたものも多い。その中で大きく、まるで破裂音の様にドアが開いた。
ゼェゼェと聞こえる息遣いの中で、飛んでもない言葉が大声で放たれた。
「報告しますっ!!!前日発見した3千級のスタンピード————全滅ですっ!!!全滅しました!!!繰り返します!!全滅しましたぁぁぁ!!!」
そしてまた、反響の津波が王城内の詰所を襲った。
◇
———過去最大級のスタンビート。全滅。
その知らせを受け、騎士団・兵団や対策専門チームが組織され、一気に事態の究明へと駒を進め始めた。
その中でも、騎士団・兵団のグループでは危機感の中での会議とされていた。
専門家チームの推測では、スタンビートが存在していた場所には森が生えていたという奇天烈極まりない現象が起こっており、魔力の濃度が明らかに高くなっているとの報告を受けていた。
———以上の事から、我々調査班としての結論として、“魔族が引き起こした事象”という結論が、最も妥当だと判断した“
その通達が、王城のどのメンバーにも通達されたのだ。
そして今、その知らせを受けて集まっているのは、騎士団長・兵団長と呼ばれる長達の会議だった。
王国騎士団団長・ガル
王国騎士団副団長・アラン
王国兵士団団長・アドル
王国兵士団副団長・ガバルド
王国魔術師団団長・ミカエル
王国魔術師団副団長・カエラ
国王直下師団団長・アドゥル・クリス
国王直下師団副団長・シンフォニア・バレンツイン
総勢8名によって構成されたすべての兵力の長達が集まる会合。それがこの『師団会議』なのである。
そして同時に、国王の間でも、会合が行われた。
国王とその娘は勿論。宰相ヴァルド・バル・アズール。更には調査班のリーダーなどを交えた国王会議がもう始まっていた。
「———事情は理解した。だが不可解すぎる。」
「ですが国王。時期としては理解できます。勇者が召喚されてあちら側も焦っているのでしょう。ですが、スタンビートを滅した理由が分かりません。魔族の仕業であるなら、わざわざ我々の害ともなるであろう障害を自らの手で倒しますか?…」
「…ああ、それは儂も思っていた」
「で、ですが!調査の観点から言わせてもらうと間違いなく向こうには魔力が使われた攻撃の痕跡が残っております!魔力濃度が明らかに高い!ですが人間の種の中にはあのような、3千の敵を滅ぼし森を生やす魔術を使える人物も、魔術もありません。魔術師団長殿にも確認いたしましたが、そのような事象を一撃の魔術で再現するのは不可能。複数回の魔術であったとしても、最低でも10回以上の超級の魔術を使わないと再現は不可能だとまでおっしゃられました。つまり、時期や可能性として一番考えられるのは———」
「——魔族。ですか…」
「…うむ。情報が少なすぎる。間違いなく今からでは後手だ。これ以上の後手だけはっ視せねばなるまい。我が国もまた、調査をする必要がある」
「お父様。先日おっしゃっていた迷宮の件。使えるかと」
「迷宮の件。とは?」
「ええ、迷宮攻略を終えた勇者様たちに、次の鍛錬の場を与えるべく、現在新しくできたとされる迷宮———あそこが丁度、今回の事象の現場と近いのよ。だからこそ、現状魔族にも対抗できる可能性の持つ勇者たちを派遣し、警戒・調査・鍛錬を同時にこなしてもらう事は出来ないかしら?という事ね」
「———悪くない。いや、むしろ良いですな。その案は」
「ええ、でも遠いわ。王国領から丁度真下。泊まる場所も道も舗装してはいないわ。でも…確か近隣には村があったわね…」
「——了解しました。王女様の案で調査を進めてまいります。勇者たちを矢面に、王女様の案を採用という事でよろしいですか?勿論現状はです。更に進展や情報がありましたらここで共有の後に判断。現状は1分1秒が惜しい。今すぐにも指針を決め行動をせねばならない時です。よろしいですか?国王様」
「———構わん」
「了解いたしました。では王女様のご意見を参考に行動を進めさせていただきます。王女様。最良の案は有難うございます」
「王女として当然の務めを果たしたまで、あなたたちも務めを果たしなさい」
「「はっ!!」」
「とりあえず、今回はこれでおしまいね。宰相。後は頼みます」
「はっ」
こうして、国王会議は閉幕を迎えた。そして、王国が未知に向けて行動を開始する。それはまさに、ヴァルガザール王国が“未知のレール”を踏んだ証だった。
◇
そこは仲岡秋によってスタンビートを贄とし生えてきた森。その森の中で、魔力が溜まっていくスポットが存在した。
それは何を隠そう秋が置いてきた棒型の武具の近くだ。この森は恐ろしい成長速度で成長しているため棒状の武具にももうツタが巻き付き自然と同化している。ちなみに『蛮勇の剣』にはある程度の魔力しか溜まっていない。解放した魔力は『蛮勇の剣』の効果で一回しかチャージが出来ない仕様になっている。なんせ一回ぽっきりの魔剣として生まれてきたものなのだ。当然ともいえるだろう。だが魔力が溜まらないわけではないのでまだ剣としては十分に使える。というかここにある魔力濃度が強力すぎて蛮勇の剣にも魔力が溜まっている。魔力の溜まっている量だけ見るとすでに伝説の魔道具レベルだ。この世界のレベルで。という一言が付くが。
そして、それを等の昔に超えてなお魔力をこの広大で強大な森から吸い上げ、昇華させているこの武具に、ある変化が訪れようとしているのだ。
それは、過ぎた魔力がもたらす生命の誕生。まるで生命がどこからか、いや世界から産み落とされるようなその現象は、人々の間は名の通った生命。生き物の一つとしてこう呼ばれることがあるのだ。
——————。
魔力が弾ける。連弾の様に、連鎖の様に魔力が弾けては消え、そしてその弾けはやがて一つになって産み落とす。その高次元生命体を。
———————パァァァァン!!!
遂に生まれた。そう、『精霊』が。
『精霊』
この世界で主に魔力によって構成された生命体をそう呼ぶ。生まれ方などは一切不明だったが、生まれ方としては濃い魔力だまりなどで自然的に発生するのだ。
人々には見えない。精霊には自我があり、姿を見せる人間と見せない人間を選んでいるという学者もいる。
———『ああ、暇だなぁ…』
そういうと、その精霊は武具の精霊として、その生をこの異世界に産み落としたのだ。
こうして、秋の気まぐれによって生み出された棒状武具のそれは、数奇な運命を以て精霊の住まう武具————『精霊武具』へと姿を変えた。
この精霊と武器が、一体どんな運命をまき散らすのか、それは外ならぬ、陽がつかみ取る運命なのかもしれない—————。
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