第66話

「おっ。やっぱり二人で来てくれたか。それは良かった、二人にも関係ある話だと思ったからな」


「まあ…やっぱり、あなたがあんな悪趣味な手紙送ってきたのね。———陽君?」


「それは仕方がなかったんだ。自分の血を使ってまで君たち二人に伝えたいことがあったんだ。この世界では紙もインクも貴重なもんでね」


「へぇ…で?悪趣味な手紙を寄越して、早朝にたたき起こして何を言いたいのか知らないけど、早く終わらせてくれない?」


「まあまあ。少し話を聞いてもらうだけさ。何、絶対に損はさせない。なんせ今までの君たちとの会話全て、このために用意したんだから」








こうして陽は、裏手の広場で二人と対峙する。その顔には、少しばかりの笑みが浮かべていた。















ここは裏手の広場、従業員すら来ない場所だが、そこには勇者としてこの地に召喚された内の3名が、顔を合わせて一同に介していた。




「まずはこんなところに呼び寄せたことを謝ろう。でもそれぐらいに重要な事だと思ったんだ。特に今もういない人とされている仲岡秋が主軸となっている話だ。それはクラスメイトの中でも堂々と出来る話じゃあなかった。だからこそ、“今最も仲岡秋に関心を寄せているかもしれない”相手である貴方たち二人にしか教えられなかった」


「———前置きはいいわ。早く本題を話しなさい」


「いやいやもうちょっと待ってくれ。そしてもう一つ約束してくれ。ここでの話は他言無用だ。まあ、基本的に仲岡秋絡みの事を他言無用にしてくれというのは少しあれかもしれないが、それでもこれも大事な事だ。よろしく頼む」


「…分かったわ。夕美もいける?」


「うん……それで?何を教えたいの?私達に」


「ああ、では本題に行こう……」






そしてついに、吉鷹陽が二人に本題を突き付けるときが来た。






「これを、見てくれ」








そして見せたのは、あの時秋が、陽に渡した紙。その全てを、今夕美と茉奈に公開した。








夕美と茉奈はその紙を受け取り、内容を熟読して驚愕する。何故ならそこには、自分たちが習得した能力。していない能力の詳細すらも事細かに書いているからだ。




「何故。あなたが私達の能力の、しかも私達の知らない所まで知っているの?しかもこれ、優雅に雄介の職業のじゃない……」


「だが残念。これを書いたのは俺じゃない。これを俺にくれた奴がいる。その人物の名前は———————仲岡秋。」




陽はゆっくりと、今回の核心たるその男の名前を呼んだ。そして茉奈は陽の次の言葉を聞くべく、辺りを静寂へと包もうとするが、その静寂は横にいる親友によって破られた—————すすり泣くその夕美の声によって。








「うっ………うっ…」








そして茉奈がハッと隣を見てみると、そこには涙を浮かべている夕美の姿があった。






「こ、これ……間違いなく…秋君の字だもん……うっぐ…」






夕美がそう言いながら涙を浮かべている。そして茉奈もまた、その事実が友人の口から証明されたことで、次の陽の言葉を待っている。




そして陽は言い放つ。ここまでの全ての行動を成功へと導く一言を。












「それは間違いなく俺が秋から受け取ったものだ。そしてその手紙の最後には、秋から俺へのメッセージが添えられていた。そこには、秋が死んだのではないと裏付けるようなことまで書かれていた」














「仲岡秋は、間違いなく今だ生きている」
























その言葉。吉鷹陽の口から出てきた。金塊よりも価値のある言葉の羅列。その言葉は、確かに夕美と茉奈の心を震わした。








「えっ———」


「———!!!!」








「ああ、間違いない。仲岡秋は、生きている。死んじゃいない。少なくとも、あの金髪の神様モドキには殺されていない」








「————!!!!それは本当なの!!!」








「ああ、だが間違いない。その手紙が、全てを証明している。一度読んでみるといい。その手紙には、秋は生きてそこから脱出したような言い草をしていやがる。そして、“助けに来る”だとよ。これはまるで、自分だけあの世界から“抜け出せた”様な言い方をしてやがる。いやー本当に、あいつは何を引き起こすか分からないと心から思ったぜ。」








そして茉奈と夕美は、お互いの顔を見やりながら手紙の続きを覗く。そこには確かに全てを終えたのちに、必ず助けるという秋の親友への思いやりが綴ってあった。








「———この手紙。本当?」


「…ああ、疑う気持ちはわかるが、本当だ。少なくとも俺は本当だと信じている」


「…この世界に来てから私はあなたが何かを信じる所を見てはいないわ。それに、私達を騙している可能性だってあるのでしょう?」




そう、茉奈は学習する人間だ。この手紙すらも疑う。まるでこの世界に来てからの吉鷹陽をそのまま模倣したかのような頭の使い方に、さすがの陽も笑ってしまったようだ。




「………ほお。やっぱさすがだわ茉奈ちゃん。ただこの場合は、“信じないといけない”というのが正しいな」


「………どういう事…?」


「いいのか?この先を聞くという事は、間違いなく戻れない。今ならまだ間に合うぞ?何も聞かず秋の生存を喜んでいられる。ただし、秋が生きているというは内緒だ。そして、これを聞かずに異世界で暮らしていると。“間違いなく”だ。“間違いなく”二人は秋に会う前に命を落とすか、それ以上の不幸のどん底に叩き落される」




そう、これは最後通知にして、最後の試練。今得体の知れなくなった同級生に頼り、訳の分からない言葉に踊らされてその手を掴むことをこの世界で生き残るための最善手だと信じて行動できるのか。そして、それを選択することこそが、吉鷹陽が求める仲間———共犯者のあるべき姿。




「……はぁ…。あなたって本当に嫌らしいわ。この言葉を聞いて、情報の少ないこの世界で、“必ず”なんて確定要素を送られると、手を取るしか選択としてはないじゃない」


「ああ、そうかもしれない。実際に俺はそうなるように行動を積み込んできた。だが、この選択だけは別だ。俺はこの選択の根幹に介入することができない。完全に本人の意思だ。だからこそ、自分で決めてくれ。茉奈ちゃんも、夕美さんも。そしてもしこちら側に来るなら覚悟してくれ。それだけだ」








「———俺は、覚悟を決めている。この手紙を受け取ったその時から」








陽の言葉が、二人にまるで重低音の様に響いた。それに呼応にするように、共鳴する様に、二人の口から言葉が漏れ出た。














「………もし…もしだよ?秋君が生きていて、また会えるなら…私は————陽君の言葉を聞きたい———」


「夕美がそういうなら、私も覚悟を決めるわ———」


















「そうか…そうか———ありがとう。じゃあ…伝えよう。これは約束。誓約。この先異世界で生き抜くにあたって誓ってもらおう。この話は他言無用だ。この話が漏れ出たならば、俺たち3人は生きては帰れない。絶対だ。約束してもらう。いいな」








「うん」


「ええ」












「ああ、じゃあ言おうか。俺が隠していた秘密の二つ目だ。」
















————王国は、勇者を奴隷に堕とし、大陸全てを統べるための戦争。その道具にするつもりだ。

























「え……」


「嘘…」




「まあ、これは少し考えればわかる。だが奴隷の対象は間違いなく俺たちだ。俺たちの全員が、王国の奴隷の対象だよ。まあ、権力者の考える事はどの世界でも同じって事だ。俺たちを”勇者”ではなく、戦力として考えているんだろうな」




「それも…本当?」


「ああ、事実だよ。それにこれが嘘だとして、これが嘘だと思って行動する方が愚策だと思う。」


「え、ええ…そうね…」


「そして現状。俺はその王国の野望について何一つ対策を持ってはいない。だから仲間が必要だったんだ。この事を誰にも言わない強固な絆。約束などで縛られた仲間。何か集団意識を持ち、この現状を打破するために積極的に強力してくれる人間。それらすべてに当てはまっているのが」


「———私達。ってことだよね?陽君」


「ああ、正解だ夕美さん。仲岡秋が生きているという秘密を共有する事で生まれる仲間意識。そして誓約に繋がる。更に夕美さんには仲岡秋に対して思うところがあるのは知っていたし、茉奈さんの方にも問題を解決するべく取り組む必要があった。だから少し俺の方に意識を向けるために色々な事をしたけどな」


「……ええ。じゃあやっぱり、“二人を救う事の出来るあるもの”って」


「ああ、この事だ」


「そうなのね……でも、確かに陽君の言った通り、これは“私達を救うもの”だわ。ね、夕美?」


「————うん?え?何?なんか言った?」


「ね?いつも話を聞いてくれてる夕美がこういう事を返すときは、秋君の事を考えている時だから」


「ええっ!!酷いよそんなこと言うなんて!」


「でも合ってるでしょ?」


「ぐぐ……」


「いやー全く。秋はいい人に好かれたもんだ。良かった良かった」


「陽君まで!からかわないでよー!!!」




「ハハハ…別にからかったつもりはないんだがな。だが、笑っていられるのなら良かった。これからもよろしく頼む。二人とも」


「ええ、まあ、乗りかかった船だもの。最後まで乗り切るわ」


「私も頑張る!!秋君の為に!」


「……ああ、分かってきた。確かに秋の事になると夕美さんは馬鹿っぽくなるな」


「ええ、それは認めるわね」


「えぇ!!今のどこにその要素を感じたの!!」


「今も感じてるわよ…」


「ああ…秋は恵まれているなぁ…」






そう、こうして、陽の話したすべての秘密と、今までの行動の成功を対価に、強力な仲間を二人獲得する事に成功したのだ。吉鷹陽のこの世界での努力が実を結んだ何よりと証と言えるだろう。








こうして、ようやく一人と二人は仲間となり、三人へと至った。そして、暗い闇夜に、一筋の暁の光が差し込んだ。陽の心はその名の通り、一筋の光によってその闇に光を見出すことに成功したのだ。








一つの終わりがやってきた。仲岡秋とは違う。もう一人の主人公の物語の第一幕。吉鷹陽の物語の第一幕の物語が、今幕を下ろすことになる。










————太陽が昇ってきた。










開けない夜はない。誰かがそういったが、この光景だけを見たその時だけは、陽はその言葉を嘘偽りない本当の言葉として心に刻み込んだ。




そう、開けない夜はない。一人でもがき苦しむ夜があれば、こうして陽の光によって開ける世界というのもまた、存在する事があるのだ。








(とりあえず第一目標。“仲間を見つける”——————成功だ)








吉鷹陽の物語の、第一幕が今。その幕を下ろされた。

























そして、陽もまた知らない事だが—————


今日、この仲間がこの時の太陽に、この朝に。吉鷹陽とは違う、もう一人の主人公。友を探し、平穏を求めて最強へと至るもう一人の主人公が、今、この異なる世界で同じ太陽を見ているという事を。




時空神によって飛ばされた仲岡秋が異世界にやってきた時間と、吉鷹陽が初めて仲間を見つけられたこの歴史的な朝。この異世界で太陽の昇る朝と、全く同じ時間だという事を———。








「いやー、太陽がきれいだな…」


「ええ…」


「うん…」








―――綺麗だ。








期せずして、四人の運命に導かれた異世界人の声と、二人の主人公の声が、同じく重なったこの太陽の昇る朝。異世界は、二人の主人公と、四人の運命に抗うものを抱えて、動き出す―――。








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