第65話
日が暮れた。勇者たちはそれぞれがディナーを取るべく食堂へと集まり、それぞれが今日の感想を綴りながら食事をとる。それだけ今日行った事が心に刺さっているという事だろう。記憶になくともしっかりと体にしみ込んだ肉を絶つ感覚は、そう忘れられるものでもない。それを忘れるため、もしくは薄れさせるために、クラスメイト達はお互いの傷をなめ合っているといってもいいのかもしれない。少しきつい言い方になってしまうかもしれないが、それが“当たり前”とも言える。最初から戦える、殺せる人間なんてそうそういないのだから。
「あ、悪い。俺少し出るわ。」
「おう、了解」
そんな中、陽は一人で食堂を出た。皆が皆食事を楽しんでいる中、陽は一人行動に出る。陽は人の眼が自分から離れたことを確認してから早足かつ音をたてないように自室へと戻っていった。
◇
「おっ……乾いているな」
陽は自室の窓において乾かしてあった書き止めを手に取り、この部屋にもう用はなくなったので足早に部屋を去る。
———ギギィ……。
部屋のドアを音を立てずにゆっくりと閉める。完全に締め切ったことを確認したのち、また足早に、足音も立てずに廊下を疾走する。異世界のこの時間帯では夜が世界を閉めきり、月が放つ月光のみが閉め切った夜を照らしている。その僅かな光を頼りに、陽は一人疾走した。
◇
「よし…着いた…っと」
そうして目的地の目の前までやってきた。もちろん目的地は前回下見をしに来た茉奈の部屋そのものだ。
陽はそっとドアノブに手をかける。ギギ…という音とともに、部屋の扉が開いた。
(はぁぁぁぁぁ……)
一つの賭けだったのだ。部屋が空いているならそのまま部屋の机にこれを置いて撤収。もし部屋の扉が開いていないのなら、そのまま床の下とドアの隙間を滑り込ませようとしていた。これは部屋の中に完全に入れる事によって、より情報の伝達を確実な物にしようという魂胆だ。
(よし……じゃあ、入るぞ…)
こうして、陽は茉奈の部屋に無断で侵入を成功させ、そのまま紙媒体モドキを机の上にポンと置く事に成功したのだ。
(ああ、あとはもう運任せだ。俺がどうこうしようはずもない。後は、本当に運任せだ…)
陽はこの世界に来て初めて神と呼ばれる人間の干渉できない大いなる力の存在に祈りをささげた。これは陽が異世界に来て初めての事だった。
◇
無事に食事が終了し、皆が皆部屋に帰る。陽もまた冷静かついつも通りを装いつつ、そのまま部屋へと帰還した。そして茉奈もまた、本当に何も知らないまま自室へと帰還したのだ。
茉奈はいつも早めに眠る方だ。だからなのか、あまり夜に話もせずにすぐに自室に戻る。そして自室の扉を閉め、宿についているろうそくで灯りを取る。そして茉奈はついに目に入れた。陽の書き残したその紙モドキに、目を通したのだ。
(何?これは……)
感触は完全に紙とは言えない。だが若干紙っぽくも見えない様な手触り、そして裏を見返してみると、何か色が分かれているように見えた。そしてそれが赤色なのに気づき、そしてそれが文字のような形をしている事を認識する。
(…何…これ。何かのいたずら…)
茉奈はそこまでを認識し理解すると、ついに文字の読解に頭を回した。その時間2秒。そして硬直に1秒。3秒後。茉奈はようやく事態を飲み込むことに成功する。
———仲岡秋の事で、話しておきたいことがある。
その名前。死んだと思われていたその名前。もうクラスメイトの中でもその話題を出す人間はいない。完全にいない者として扱われているのだ。タブー扱いと言えば聞こえがいい方なのかもしれない。完全に存在を消し去られ、神を名乗る少年に消されたと認識されている少年。その少年の名前が出されている事に、衝撃を覚えたのだ。
(いえ…これは……とにかく、夕美に連絡しないとっ…)
茉奈は久しぶりに走り出す。全ては夕美の為に、仲岡秋という名前が出た時点で、それはもう茉奈ひとりの問題ではなくなっているのだ。
◇
「うん…うん。なんとなく状況は理解できたよ」
「そうね……まさか、こんなものまで用意されているとは思ってなかったけど」
「そうだね…」
茉奈と夕美は、少しばかりこの文章について考察を重ねていたのだ。これを送ってきた犯人の目星なども当然着いた。高確率で彼だろうという予測もまた立てている。そして肝心なのは、内容だ。
「うん…何を伝えたいんだろうね…」
「そうね…もし、これを送り付けてきたのが私達の目星の付けている彼だとして、彼が私達に、秋君の事で何か伝えたいことがある…?」
「秋君が何か私達に伝えたいことがあった…とか?」
「それが一番だと思うけど…だからって、こんな大層な事する?」
(まさかとは思うけど…ね。)
そう、茉奈の思うまさか。茉奈が心に秘めているまさか。それは仲岡秋が生きている。という一言。
(私の予測…いえ、願望にも近い話だけど。だからこそ、そんな軽い私の思いを、簡単に夕美なんかに言っちゃいけないわよね…)
そう、願望。だが、何か得体のしれない物を隠し持つ陽なら、あり得るのではないかという願望・希望。そう、茉奈は陽に期待してしまっているのだ。何かとんでもない事を打ち明けてくれるのかもしれないと。
(それに、この夕美の空元気も、いつまで続くか…心が摩耗し擦り減っていく。夕美からはそんな尖った。何か危ない物を持っている…そう、いつ割れてもおかしくない薄氷の様な。そんな感じの危うさ…)
茉奈もまた、願望を抱えるだけの理由があった。夕美の空元気。夕美がこの異世界で、大切な人をなくしてまだ立ち居直れていないのは理解している、だが同時に、それで止まってくれないのがこの異世界なのだという事も理解している。夕美も理解しているからなのか、みんなの前では元気な姿を見せているが、いつも隣に寄り添っている茉奈には分かるのだ。空元気。ない物を振り絞って出している夕美からは、何かいつ壊れてもおかしくないような、そんな尖った危うさが滲み出ているのが分かるのだ。
「…でも、聞くしかないわね。夕美も、一応秋君の事だし…無理にとは言わない。でも、来るなら早朝。一緒に行きましょう」
「…うん。私も行くよ。絶対。だって、秋君の事だもん、知らないままで終わるのは、嫌だしね」
「———ええ、じゃあ今日は寝ましょう。早朝起きて、集合場所へと行くわよ」
「———うん。」
こうして、夕美と茉奈は眠りについた。太陽が昇る早朝。何かとんでもないことが起こるのを期待しながら、この暗く儚い夜の眠りについた。
◇
ここは陽の部屋。まだ太陽も出ていない早朝。陽は一人早く起きると、人と会うためある程度身だしなみをセットして、そして覚悟を決めて最終チェックを心の中で行った。
(すべて手は打った。後は運に任せる。俺の読み通りになった時点で勝ちは確定。何故なら———俺が勝たせるからだ)
こうして、覚悟を決めて集合場所へと集まる一人。
3名の内一名が、決戦の場所へと着いた。
◇
ここは茉奈の部屋。そこにはある程度身だしなみを整え終わっている夕美もセットでいた。
「準備はいい?行くわよ」
「うん。大丈夫だよ。行こう。秋君の事を聞きに」
こうして、二人そろって、太陽の出てない朝を出歩く。到着場所は裏手にある人通りの少ない広場までだ。
こうして、役者は揃いに揃った。最後の舞台が、幕を開ける—————。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます