第60話


そして、太陽が天上へと昇った昼。




勇者たちは王城の門の広場へと集められ、騎士たちと囲まれるようにして門の広場での出席確認やメンバー確認等の最終チェックを行っていた。




今回の迷宮攻略では、勇者たちのクラスである4クラスを交互に行かせることになっている。そして陽たちのクラスは一番最初だ。これは王国側の理由で、職業の中でも一番の輝きを持つ優雅達の実力を確認しておきたいという上層部の思惑も絡んだ一番となっている。




そんなこともつゆ知らない陽たち、いや知らなくても早さが変わるだけで何の影響もないのだが。むしろ陽は早く迷宮に行きたいとまで考えていた。いや、先ほどの言葉には少し語弊がある。この王城から出たかった。が正しくなるだろう。




そう、今回の遠征。陽は最大の切り札を使い、最強の職業四人組の内の二人を味方につけようと考えていた。




そして、それを実行するためには、臨機応変な判断力と実行力。そして状況と行動を判断する力が求められるだろう。だがそれを行うだけの力は、吉鷹陽には十分備わっている。




だって陽には、覚悟或る者の眼を以てして、何かを成す人物なのだから——————。















「城門。開けぇぇぇぇぇ!!!」




その言葉で、門の広場の最大の大きさを誇る門が、開門を始めた。王国の城が開けられるのだ。それは厳重な注意の元開けられ、そして滅多に開くこともないその門が、勇者を世に送り出すためだけに開けられた。




そして勇者は、初めて、王国の城という小さな場所から、異世界へと足を延ばした。それはさながら何も知らない赤子の様に、その一歩をゆっくりと、騎士たちに囲まれながら踏み出した。















王国の王城のというものは広く大きい。だからこそその土地も王城の何倍もの大きさを持ち、王国から王都に降りるまでもまた王城の土地としての側面を持ち、そして何か有事の際の都民避難場所。また敵が王城にたどり着くまでの時間稼ぎといった使われ方をしているただただ広い土地を、勇者たちはこれでもかと歩かされていた。




だがクラスメイトたちは疲れを感じる様子はない。それは一重に訓練での体力増強とも言えるが、たかが何週間か行った程度でここまで変われるものでもない。勇者としての恩恵。それが何よりも正しいこの理由を説明できる言葉だった。




そして歩くこと凡そ20分~30分。第二の門が幕を開ける。




「開門!!!」




そしてついに、王城という、陽からしてみれば忌々しい土地からの解放を、成し遂げたのだ。















二門をくぐった先には、少しばかりに見える人工物の姿。そう、王都だ。




少し歩いた先には壮健な人工物がこれでもかと立ち並び、それこそ5分と立たない内に王都の建物がずらりと見えるようになっていった。勇者たちは大通りとも言える一本路を壮観ながらに歩いていた。




王都に住む人々の声も、まばらながらに聞こえてくる。そしてそのヒソヒソ声はゆっくりとだが確かに大きくなって、そして最後には勇者様の掛け声と共に大きく広くその王都に木霊していく。




壮健で優美。まさに王都に相応しい建物の中に、王都に住まう人々の声が木霊していく。その姿にクラスメイト達は、少しばかりの笑みを浮かべて、まさしく浮かれている奴というのもいただろう。それだけ王都からの声には期待と羨望が載っていた。




そして期待と羨望を載せた王都民からのエールとともに、ついにおさらば。こうして第三の門をくぐると、そこには草原と大地が広がっていた。




勇者は、異世界で初めての大地を見る事となった。















——————勇者が、必ず魔王を倒してしまう。って事なんですよ。








それは、誰でもない。今現在騎士団長が一目を置く勇者の一人。ヨウ・ヨシタカによって放たれた言葉だった。




その言葉の意味を、騎士団長は行軍中に考えていた。今もなお歩き続け、騎士たちは勇者を守るために神経をとがらせている中、騎士団長程にもなると行軍中などに別で何かをするなど簡単なことだ。最もそれがいいか悪いかどうかという点においては、また別の話になるのだが。




だが現状確かにヨウ・ヨシタカの言う事は、当たっているような気がしていた。




騎士団長・ガルは頭は悪くない方だ。いやむしろ良い方だ。最初は国の兵士として徴収されたただの一般市民だった。だが容量が良く、位が上の騎士のお付きになることができたその時から、運命は変わった。




最初は酷かったものだ。他の騎士からの虐め。それはたかが市民風情がという軽蔑。だがそれを乗り越え、自身を強くするとともに要領よく立ち回った。他の騎士たちを取りまとめる騎士と仲良くするべく下手に出たり、取り入ったりといった立ち回りを覚え、ついには王から騎士を取りまとめる団長の座をいただいた。それがこのガルという性がない男の物語。




頭は回る方だ。それは頭が回らないと団長として生きていくことなどできない。それが出来ない奴は無能として取り扱われる事必死。だがガルは騎士団長に相応しい才能と要領を示しており、頭は回る。腕も立つ。そして気が利き要領もいい。こうしてこの騎士団長は完成したのだ。




そしてその騎士団長が今、ヨウ・ヨシタカの言葉の意味を深く思考し始めた。




(ヨウ・ヨシタカ……彼の言っている事…勇者は必ず、魔王を倒す?そんなこと、ある訳あるのか?…)




そう、この異世界に生きる者にとって、魔王というのは混然一体の脅威。純粋な世界の脅威そのものだ。それを必ず倒せるなんてことあってはならない。あったことなどない。その未確定・不確定・不確実な中、魔王という強大で最凶な脅威と戦う者。勇気を持つ者として勇者は生まれる。勇みある者。それが勇者のはずなのだ。




(物語……まるで物語の様だと彼は言っていた。この世界そのものが、異世界人にとっては物語だ。ともとれる…のか?)




ガルの残したこの思念には、確かに少しばかりの根拠がガル自身にも存在した。過去に召喚された勇者の生態をまとめた勇者の目録。その中には確かにこの世界を物語の様に扱う勇者の存在が、超少数ながらに確認できていたのだ。




(物語……物語……竜を倒す、騎士の物語…)




ガルは陽の言葉を取り出しながら、ゆっくりとその意味を再び噛みしめてみる。






———主人公の気持ちなんて、考えたことないでしょう?






(彼は確かにそう言った……)




ガルは思い出していく。自分が母親に読ませてもらったその本。子供の時目を輝かせながら聞かせてもらった竜と騎士の物語。紙芝居の様な物を見ては目を輝かせていたあの時を少しづつ思い出していた。




(あの時は、目を輝かせながら読んだものだ……)






騎士が怖いって思っていても—————






その瞬間。脳が弾けた。




ガルの脳内に電流がひた走る。そう、気づいた。陽が何を言いたいのかを、感覚までに気づいたのだ。




(————分かったような気がする。確かにそうだ。それなら、それが真実なのだとするのなら、確かに頷ける。彼が言っていたことが、今ならわかる)




そう、ガルは気づいた。陽の言っていたことを。




そう、陽は気づいていたのだ。物語を見ている視点の問題。三人称と一人称の違い。物語と現実の違い。それを奴らは気づいていないのだと。勇者として、まるで物語の様な立場になり、本当に物語の様な世界にやってきて、物語の主人公に自分が成れる環境があったとして、




人は。その時、なりたいと思っていた“主人公”の立場に、酔わずにはいられるだろうか?




答えは否だと思われる。一定数そういう人間はいて、誰でも英雄願望とも言うべきその思いを隠している。




そして今、その時が、異世界で勇者と崇められ、英雄願望としてのそれが芽生えつつある。そう、酔っているのだ。今の環境に。




そんな人間が、危機感なんか覚えられるわけなどないのだ。




陽は酔う事なんてなかった。ただただ淡々と、この世界の脅威について知り、危機感を抱き、そして自分の手で、自分を生かすために行動しているのだと気づいたのだ。




(彼は、もしかしたらとんでもない何かを秘めているのではないだろうか?)




ガルに生まれた疑問は消え、変わりに彼———吉鷹陽への興味へと変換された。それが果たして陽本人の望む通りかと言われれば、それは否だろう。彼は目立つことを、何よりも拒む人物なのだから。少なくとも、今は。















陽もまた、歩くだけのこの時間を、思考の海へと潜り研鑽を積む時間として使っていた。議題は勿論ガルの事だ。




(不味いかもしれねぇな……少しばかり、目立ちすぎた。騎士団長に少しばかり目をかけられていることは知っていたが、まさかここまで聞いてくるとは…というかなんで聞いてきたんだ?まあ王城の中身を見る事が出来たのは良かった。あそこは多少の犠牲を支払ってでも見ておきたかったからなぁ…)




王城を見ておきたかったのには明確な理由等存在しない。だがただ自分たちが暮らしている所に、未確定要素が存在しているのを嫌っただけだ。




(更に、重大な事も分かった。生活圏と貴族圏が、王城ではクッキリと分けられているという事だ。俺たちが住んでいるのは生活圏。あの優雅でさえも生活圏の最上階だ。貴族圏には入れていない。つまり貴族と俺たちが出会うという事は、俺たちが出向くかしない限りはあり得ないという事だ)


(そして、王様なんかもあそこにいる。前回勇者の披露宴としてのパーティーを行った場所は、明らかに貴族圏の中だった。そこまでの通路は覚えているから、対外的にどこまでが生活圏でどこまでが貴族圏かの線引きを行う事が可能になった)




ガルにはある程度探りの様な物を入れてある。それは例えばあの扉の先は?などといった細かだが確かな情報源になる質問をちらほらと散りばめてあったのだ。あのガルの事だから気づいている事は十分に考えられるが、それでも知っている人間と王城を回るという機会にはなかなか恵まれない。正解とも言える行動だろう。




(そしてガルのおかげで生活圏の大体の場所は把握した。俺たちが住んでいるあそこも王城右側の一番端っこだって事が分かったしな)




そういう王城の地理を学べたという事は一番の収穫とも言えるだろう。だが同時にガルの問題もまた、浮上してくることになる。




(そうだな、いっそのこと—————)




こうして行軍は進んでいく。そしてゆっくりとではあるが、それは終わりを告げていく。








「見えたぞ。あれが、王国の迷宮街。『ワルツリア』だ」








こうして、行軍は終わりをつげ、未知の迷宮街へと勇者は赴くことになった。






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