第59話



勇者の国内遠征。それはある程度王国の中でも一大イベントとして取り上げられる。そう、初めて国民に勇者という聖人を間近に見る事の出来るイベントという意味での一大イベントだ。これは王国しか知らないことだが、過去に召喚された勇者もまた迷宮へと赴き力をつけるよう王国の外に出され、そして英雄としての凱旋を行って国民たちに勇者の存在を広く知らしめたのだ。




そう、王国は過去にも同じことを繰り返し行っている。全ては勇者育成のためのプログラム通りに事を進めているだけなのだ。過去それで勇者たちが魔王を討伐したという実績ある育成方法として、王国では勇者の生態をまとめた書物にそれを保管してあるのだ。




ただ、今回の勇者召喚の代では一つ違う事がある。それは現国王が勇者を戦争の道具として用いようとしている事。それは過去いくらでもあったが、それを叶える手段が存在しなかった。だが、天才である娘が、ついに勇者を隷属させ得るだけの方法を会得してしまうかもしれない。それが今回の勇者召喚の代の最も残酷で過酷な所。




今回の勇者は、魔王を倒して終わり。という訳にはいかない事は、想像に難くない。




そしてその企みに気付き、行動する者がいるとするならば、それはこう呼ばれることになるだろう。




即ち————英雄。と















————迷宮攻略開始。




その知らせは昨日王女から届いて、そして勇者の皆々はそれぞれの思いを巡らせながら、それでも明日を迎えるべく就寝した。ただ一人、寝付けない者もいたようだが。




吉鷹陽は一人その棒きれを振う。信頼できるのは己自身。そして己の力。無条件に信じられるものはそれだけ。そう言い聞かせながらゆっくりと上に下にと棒の端が揺れる。




そうして、彼はまたしても強くなっていくのだ。いつだって何かを成す者は、何かを続けたものなのだから。















————朝がやってきた。




それぞれ起き始める勇者たち、それぞれが今日の迷宮攻略の不安を拭わんとするかのようにラウンジに集まっては今回の不安を呟いては根拠のない憶測を交わす。勿論陽もその場にはいた。この今でも些細な情報の収集は忘れていない。例えば“俺が槍で何とかしてやる”と女子生徒にかっこいいところを見せようとしている知らない男子生徒がいた場合。その男子は槍という長物を使うのだという事。名前は憶えなくとも、顔と槍使いという情報を結び付けておくだけで割とどうにかなる物だ。




そうして陽はゆっくりと情報を集めていくが、それでも聞こえてくるのは迷宮への不安と嗚咽だけ。陽はゆっくりとそのラウンジを去った。















(さて……せっかくだ。少しぐらいなら許してもらえるだろう)




陽は少しばかり思い切った行動に出た。それはラウンジと自室以外の場所へと続く通路へと初めて足を踏み入ったのだ。




陽は今まで極限まで目立つ行動を避けてきた。異端だと思われないように行動してきた。それが初めて、こうした異端とも呼べる行為に出たのには理由がある。そう、皆が浮かれているというこの不安定な状況で、王国も迷宮攻略という勇者の初めてのイベントを無事にこなすというある種の不安定状態だ。陽から見たこの不安定状態というのは陽から見たら初めての揺らぎで、そして隙だ。それが例え収穫が無かったとしてもここで動くという事は陽にとって大きな意味を持つことになると陽自身が思っているのだ。




(さて、んじゃあ行きますかね…)




そうして陽は勇者たちの生活スペースの部屋を繋ぐ回廊をゆっくりと歩き始め、そしてそこから忽然と姿を消した。















ヴァルガザール王国。それは世界最大の版図を誇る国。その王城というのはその国に相応しくなくてはならない。つまりある種この王城は異世界最大の王城とも言えるのだ。




そして王城には生活スペースと貴族たちがパーティーや回覧を行う飾り付けられたスペース。官僚の仕事場、騎士団の訓練所など、あらゆる必要な物が詰まっているのだ。




そして残念な事に、勇者たちの生活スペースは全て端によっている。これはなぜか?王国が勇者の事を兵器として捉えているのであれば、その意味が分かることだろう。これは騎士団の訓練所が勇者たちの生活スペースと近いことや、すぐに駆け付けられるようになっていることからも想像がつくことだろう。




そして今、何故陽がそんなことを考えているかというと…






「ああ、ここがそうだな、騎士団の訓練所だ。君たちと共に戦う騎士たちの訓練を行う場所だ」


「へぇ……」






そう、あの騎士団長様と陽は王城探検ツアーをしていたのだから……。















「おお!君は確かヨウ・ヨシタカだったな。どうした?こんなところで」




————不味い。




陽は不意にそう思ってしまった。仮にも勇者。兵器としての役割を王国が求められている事ぐらい知っているだろう。それが勝手に行動しているのだ。それに陽は騎士団長に少し見られすぎている節があるのを知っている。だからこそ余計に異端に見える。陽はそれを最も恐れていた。




「え?いやぁ…迷宮ってのがどんなところだか分からなくて不安だったので、気晴らしに歩いていたんっすけど……不味かったですかね?」




あくまでも偶然を装い、感情に身を任せて迷宮という単語を絡ませる。答えとしては最高。声色も本気でそれを語れている様だった。




「ふむ…いや、悪くない。ここは今君たちが暮らしている場所なのだ。多少歩いたところで私は止めんよ。それに王城は広い。少し探検したくなるのも分からんでもない」


「そっすか、有難うございます。んじゃあ俺はこの辺で失礼したいと思います」


「ああいや、歩いてくれるのなら俺は別に構わない。というか、俺も気晴らしに歩いていたところだ。もしいいのであれば案内してやろうか?」




騎士団長ガルのその言葉に、陽はビクッと反応した。公式的に王城を見回ることの出来るチャンス。これを逃して次があるか…そして陽の腹は決まった。




「――――いいんですか?」


「ああ、構わんとも。一人より少しばかり話し相手が出来た方が、気晴らしにもなるという訳だ」


「……では、お邪魔します」


「ああ、まずは騎士団の所から……」








こうして、騎士団長ガルと吉鷹陽は、なんと王城見学へと洒落込むのであった。















「ここが騎士団の訓練場。ここは基本的に我々騎士団の主な活動場所となる。何か有事の際にはここから騎士たちが飛び出し、身辺警護や町の安全を守るべく働きに出る」


「なるほど…今騎士たちはどれぐらいいるんです?」


「ああ、そうだな…今いる騎士だけでざっと3000、今訓練しているのは300。そして王国全体では3万程になるだろうな」


「なるほどなぁ…」




こうして陽は様々な所をある程度ではあるが見て回った。そしてその様々な所をみて回る中、ガルが聞きたかったことを陽に問いかけた。このために陽を誘ったといっても過言ではないだろう。




「ヨウ。私は君に聞きたかったことがいくつかあるんだ」


「はい?なんです?」


「君は最初から、訓練に真面目に、それこそ生きるために取り組んでいた。それは他の勇者たちを見ても明らかだった」


「はぁ……」




“不味い。どうやら目立ちすぎたみたいだ。”




陽はここで少し自分の行動を反省した。思えばこれが陽の初めての失敗かもしれない。騎士団長には最初から分かっていたのだ。そして少しばかりであるが陽のその思いを掴んだ。決してつかまれてはならない思いを、柊木秋の片鱗を。




「最近、勇者の職業を得たユウガを担当していて、明らかに君と違うところがあると分かった。君と彼の違いはなんだ?思い当たる節なんかがあれば、教えてほしい。頼む」


「………何故、そんなことを?」




ああ、完全に動揺している。陽はそう思った。普通質問に質問を返すなど、答えたくないと言っているようなもの。だが動揺の中陽に返せたのはその言葉で、無意識的に出た拒否の言葉は陽の脳髄を揺らした。




「…ああ、私達は君たちを指導し訓練する立場。だが、いくら訓練したところで、本人に意志の力が無ければ話にならない。…ヨウ。君は最初から意志があった。だがはっきり言ってユウガにはない。我々はユウガの職業を強いと認識しているにも関わらず、ユウガ本人が真面目に強くなろうとしていない。それでは、私達も手の施しようがない。だから君の意見が聞きたかったんだ。意志を持ち、強くなろうという獣の様な意志を持つ。君の意見が」




(こりゃあ。相当な過大評価されてる気がするぞ…俺。ああ不味い。どうする?)




陽はどうしようもないと確信したが、考える事はやめない。考えて、考えて、そしてゆっくりと答えを紡ぎ出す。




「そうですねぇ…俺が真面目に訓練を受けているってのは俺には分からないですけど。強いて言うなら、怖いから。ですかねぇ…」


「怖い?」


「はい。怖い。生きていけるのか怖い。それに俺たちは魔王っていうのを相手に戦わなくちゃいけないんでしょう?怖いですよ。だから技を磨く。死にたくないから強くなりたい。…って、事なんだと思います」


「……じゃあ、何故ユウガにはその心がないと思う?」


「――――この世界にも、絵本とか、創作の物語ってあります?」


「ああ、勿論あるとも、精霊と心を通わせた少年の物語や、竜に戦いを挑もうとした騎士の話などだな」


「俺たちの世界ではね。“勇者が魔王を倒す”っていう創作の物語があったんですよ。それは広く知られていて、そして、その物語の嫌な所。それはね—————」




———勇者が、必ず魔王を倒してしまう。ってところなんですよ。




「分かります?創作で我々はそういう話ばかりを読んでいて、こういう世界にたどり着いてしまった。団長も思ったでしょう?こんな主人公になりたいって、子供の時」


「……ああ」


「そしてまるで物語の様な世界に来てしまった。そして主人公になりたいと思ってしまって、それが今少しづつ叶いつつある。そして団長。思い出してください。絵本やその物語を読んでいる時、その勇者がどんな気持ちで戦っているかなんて、考えたことがありますか?」


「――――いや、ない」


「そう、応援しているだけ。主人公の気持ちは考えたことなんてないでしょう?例えばその、竜と戦う騎士の話。騎士が怖いって思っていても、絵本の中では伝わらない。伝わらないから“こんな騎士様になりたい”って笑顔で子供は言えるんです。怖さを知らないから」


「――――それが、今のユウガだと?」


「いえいえ、そんなことは言ってませんよ。彼にも恐怖はあって、それを打ち消すために今も頑張っているのかもしれない。だけど、そういう異世界で、俺たちはそういうところで暮らしていたというだけですよ」


「……ああ、助かった。本当に助かった。今の意見で少しわかった気がする」


「ええ、またなんかあったら頼ってください。騎士団長様に頼られるのは俺も嬉しいですから」








こうして、王城の見学ツアーは終わった。だが陽の中には一つの失敗とも言えるそれが残ってしまった。それがいずれ大きくなるのか、はたまた失敗にもならずに消えていくのか。それは陽には分からなかった。






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