第61話

「さあ、着いたぞ、ここが王国が管理している迷宮の一つを囲む町。『ワルツリア』だ。今回はここに宿泊し、少しづつではあるが迷宮での訓練を積んでもらう!いいな!」


「「「「「はい!!!!!!!」」」」」




こうして、勇者たちクラスメイトは無事に『ワルツリア』に入ることに成功した。その道凡そ2~3時間半ほどだろうか。ずっと歩きっぱなしだったが、誰も音を上げる者はいなかった。一重に勇者の恩恵といっても差し支えないだろう。




こうして迷宮街に入った勇者たち、日はもう落ちかけている。出発したのが午後1時だとしたら、到着したのは午後4時半~5時と言った所だろう。勇者たちには疲れが見えないとはいえこのまま迷宮に潜るのは危険が伴う。それに迷宮の魔物は地上の魔物と同じで、夜になると活性化するのだ。




「では、今日はここで宿を用意してある!今日はその宿に一泊し、その後迷宮攻略を開始する!わかったか!」


「「「「「はいっ!!!!」」」」」




こうして、迷宮攻略は明日へと持ち越された。勇者たちは騎士たちに連れられて、迷宮街の街並みを眺めながら宿へと向かった。















迷宮街の街並みは一言で言うなら雑多。これが正しいだろう。迷宮に挑むための武具。道具。そういった物が所狭しと並べられており、同時に腕っぷしの強そうな人がゴロゴロといる。その大半が『冒険者』としてここに来ている。勿論冒険者でもないゴロツキなんかもいるわけだが。そういうやつらを全て内包できる街。それが迷宮街なのだ。そしてその様相がこの雑多な街という言葉の中にも感じることができるだろう。




そして勇者もまたこの雑多な街の雰囲気をしっかりと肌で感じていた。腕に自信のあるやつは大体顔つきもそれ相応の風貌をしており、少し委縮している様子のクラスメイトも存在していたのだが。




そして勇者だけではなく、この迷宮街の冒険者など全てが、勇者の話を最近のトレンドとして喋っていた。曰く全員が黒目黒髪だとか。などといった他愛のない話から、勇者を殺せば勇者から伝説の武器を奪うことができるといった根も葉もない噂話まで、そういった会話が町中を飛び交うぐらい勇者という言葉には重みと強さが存在している事を、クラスメイトの中でも分かっている者は少ないだろう。




「さあ、着いたぞ。ここが王国御用達の宿だ。今回はここに泊まってもらう」




そうして歩くこと10分。好奇の目線に晒されたクラスメイト達が付いたのは王国御用達の宿。それもそうだろう。勇者を一般の宿に泊めるなど言語道断。そもそもが論外。それにここは王国の管理する迷宮街。つまり王国御用達の宿の一つや二つあってもおかしくないのだ。今回はその一つ。主に騎士などが宿舎として使うよりかは少しグレードが上だろうか、それぐらいの宿を用意していた。




「部屋は各一つづつ用意してある。今日はしっかりと英気を養ってくれ!明日はきつくなる!肉体的、精神的にだ!しっかりと休んで、各自明日に備えてくれよ!」


「「「「「はい!!!」」」」」


「それじゃあ、夕食の時間と————」




こうして、騎士団長の号令の元、宿の前で解散となった。クラスメイト達はお喋りをしながら各々宿へと入っていく。こうして今日の騎士団との行軍は解散となった。















「うーん……宿の方が豪華とは…」




陽は少しやりきれない気持ちになりながらその言葉を呟いた。まさか王城よりも清潔感や広さなどでこちらの方が優勢だった。




(ま、優雅なんかはここは質素に見えるんだろうがな)




そう心の中で悪態を吐きながら、綺麗にメイキングされているベッドにしっかりと腰を掛けて力を抜いた。




(ふぅ~…とりあえずは着いたな、一人一部屋なのは良かった。落ち着かないからなぁ……)




陽は体の力を抜くと思考の方に力を入れ始めた。日はもう橙色に染まりきっていた。




(とりあえずこの街には着いたが、案の定視線が痛かったな…これはあれか?俺たちが勇者って事に気付いているって事か?…まあ、十中八九そうだろうな、黒目黒髪の集団があんだけ騎士に守られて歩いてるんだ。それは気づくだろ。ないとは思うは違う線としては、貴族の何かに間違われた。単に黒目黒髪の集団が珍しかった。などなどあるが、まあ十中八九勇者ってバレてるな、こりゃあ…)


(って、事はやっぱりそうなのか?勿論勇者の事を王国が大々的に宣伝しているから気づいたのかもしれないが、民衆の中でも勇者を知っている…何故?…例えば。例えばだが、おとぎ話。物語のそれなんかで過去に勇者が召喚されている。これなら俺の仮説とも辻褄が合う。他の可能性としては…王国の大々的な宣伝。王国兵の誰かが漏らしてそれが爆発的に広まった。とかだが…まあ、ほとんど可能性としては低い。王国の宣伝という線はなくはないが、それだと黒目黒髪の集団全てが勇者だと勘違いされかねない。王国が“黒目黒髪の集団が勇者である”なんて阿保みたいなことを公表するか?悪用する輩がいる事は俺でも想像がつくぞ……。)




そう、陽は王国の大々的な宣伝を予想していたのだが、そんなことをすれば黒目黒髪=勇者という事で悪事を働こうとする輩がいる事は簡単に想像できる。黒目黒髪なのを利用した恫喝。といった具合の犯罪が増えるに決まっているのだ。




(そして、俺がここでやろうとしている最大の事。秋の事をどうやってあの二人に、しかも誰にも感づかれずにあの二人に仲岡秋の生存を伝える方法……ここに来て一番残念な事。それは俺の口以外にモノを伝える手段がないという事だ…)




そう、ここには紙もペンも存在しない。異世界では紙は貴重品として扱われ、陽がペンと紙を用意できる散弾を整えられる可能性は極めて低い。騎士団長ガルを頼るという手段も存在するが、誰にも勘づかれることなくという当初の目的を達成できなくなる。論外だ。




(そう、つまりは全てを口頭で伝える可能性があるという事。そしてそのためには会って話をしなければならないという事だ。会うという事は明らかな証拠だ。誰にも見つからない場所に連れ込みでもしたら二人から疑われる。それこそもってのほかだ。クソ。少しづつではあるが八方が塞がりつつあるかもしれねえなぁ…)




そう、陽が想像している以上にそれを伝える事が難しいのだ。“誰にも勘づかれずに”。ここが一番のミソになる。この50名弱の人。100以上の眼をかいくぐり二人に真実を伝えなければならないのだ。これがどれだけ難しいかは陽には手に取るように分かっているし、身震いするほどの成功確率だろう。




(でも、やるしかねぇ…やるしかねぇんだ…)




そう、やるしかない。チャンスは二度あるとは限らない。この失敗できない状況において、一度の失敗。一度の損。一度の悪手すら認められない。たった一度の失敗。それが身の破滅を招くことが容易にあり得るのだ。自分の力でこの危機的状況を切り抜けていくためには、身の上以上の奇跡を何度も起こし続けなければならないのだ。それを陽は分かっていて挑戦しようとしているのだ。




陽は何度目か分からない覚悟を決めた。太陽は半分沈みかけていた。















夜。皆が皆夜食を食べ終わり、英気を養うために部屋に戻り早く就寝している。その中で、宵闇と月の光が交わるこの夜に、たった一人で出歩いている人物がいた。そう、陽だ。




陽は偵察を行っている。と言えば聞こえはいい。かもしれない。まあ正確には女子の側の宿に入り部屋割り等の確認を行っているのだ。傍から見れば完全に犯罪の準備に見えなくもない。というか見えるのは少しあれだが、それでも真剣に陽はやっているのだ。第三者からこの状況を見られたら、まず間違いなく不審者扱いなのは間違いないが。




確認の方法は簡単だ。この宿では部屋割りを色で識別している。例えば陽の部屋は水色といった感じで、そして夕食の時間に茉奈・夕美両名の部屋の色を盗み聞きしている。みっともないかもしれないが必要なことだ。と陽は割り切っている。最も心の中から湧く羞恥心にはさすがに完璧に抗えないようだが。




そしてその盗み聞きの結果。茉奈の部屋の色は橙。夕美の部屋の色は黄緑だということが分かっている。そのため部屋の扉にある色を確認しているという作業を行っているのだ。




幸い見張りとも言える騎士たちはいない。これが引率の先生なら女子と男子の部屋の間に見張りをしているのだろうがここは異世界だ。騎士たちも明日の迷宮にお荷物を抱えて挑むのだ。一番休息が必要なのは騎士だろう。眠っていると推測できた。最も可能性の一端というだけで見張りはいるかもしれないので、十分な警戒は行っている。怠ってなどいない。




宿は大きな館のように広く。部屋が40~50あることからその宿が大きいことが想像に難くない。そして宿の形はコの字型、その両端に男子と女子といった形で部屋割りが成されてる。今回勇者たちは皆2階の部屋を自室に割り当てられているため、男子部屋から女子部屋までの移動距離はそう遠くはない。これは救いとも言えることだろう。




(これがバレるとクラスの信頼。騎士からのイメージダウン…考えたくねぇぐらいに良くない事が立て続けに起こる。こりゃあ不味い…不味いぞ…)




と、陽はこんなことを考えながらゆっくりと色を確認していく。幸いな事に月光が色を照らしてくれていたおかげで夜の中でもかろうじて見る事が出来たようだ。




(あった!ここと……ここか!割と近いな…)




二人の部屋の位置を確認する事に成功した。あとは帰るだけだ。そう思った瞬間。








———ドンッ。








音が聞こえた。聞こえるはずのない足音。床は木製の為この音が足を鳴らしている音だと容易に想像できる。だが想像できないのはその先。ドアが開く音はしなかった。つまり誰かが歩いていく音がどこからともなく聞こえてきたという事。




(不味いっ!!)




回廊の上はガラスになっており、今日の月光の様子だと身元を特定されかねない。とっさに木の壁の部分になっている下の部分にかがむようにして様子を伺う。




ガラスから目線のみを出す。誰もいない。横。近辺。全てを確認する。だが誰もいない。




(まさか……下?)




しばらく大人しくしていると、下の階層でだが足音が移動する音が聞こえた。




(なんだよ……畜生。脅かしやがって)




こうして陽はなんとかして自室に戻ることに成功した。




(何はともあれ……とりあえず第一段階はクリアだ。あとはどうやって情報を伝達して誘い出すかが問題だ…)




こうして陽は思考に耽る。もう陽の心は戦闘態勢を保ち続け、ここが迷宮だと言わんばかりに頭を働かせ思考を繰り返す。まさに迷宮を攻略する攻略者の様に。




こうして夜は更けていった。月光もまた、深い宵闇に飲まれて消えていった。


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