第55話

――――な、なんなんだ。その力は……。




誰かが、音もなくそう呼んだ。それはゼウスの事を指すのだろう。今、この会議室の中ではゼウスの気しか存在していない。そう、存在してはいけないのだ。




「儂を、怒らせたな」




そう呼ぶゼウスの声には、厳かで、怒りのこもったその声は。確かにここに向けられていた。




「あーあー。怒らせちまったね。まーた封印が外れた」


「ああ、本当じゃて。申し訳ないことをしたが…大体、これが外れるときは儂の禁忌が犯されたときと相場が決まっておる。のう?戦神」




戦神はもう喋ることができない。星神・恋愛神・自然王神もまた同様に喋ることができない。今喋ることのできる力ある者はただ二柱。時空神メリッサと父王神オーディン。次点に抵抗することに成功しているのは八百万神のみ。




「はぁ…はぁ…だからお前のそれは嫌なんだ。儂も、身震いが止まらなくなるのでな…」


「え、ええ…わ、私も正直。て、抵抗するので精いっぱいです…」


「ああ、まあそらそうじゃろうな…儂もやはり封印であれこれ溜まっておったようじゃのう…思考がクリアになった気がするわい。じゃがのぉ……」








―――お主の言葉。取り消させてもらうぞ








そう厳かに言ってのけたのはゼウス。それも何も喋ることができない戦神に向けて、激怒の一言が飛ばされる。




「あーあーやめてやりな。こんなちっぽけな戦を司る神であろうと八神の内の一柱なのには違いない。それにこやつは若い。あの時自らやめていった戦神の後釜じゃろう?それなら奴の事じゃ、どうせ肝心な部分は隠して伝えておったんじゃろう。それで伝わると思っているところもまたあ奴の愚かなところじゃが…やはり遺伝しておるな。こりゃ」


「お主の考えは良いのじゃよメリッサ。じゃがな、調子に乗った輩には罰が必要じゃ。神様とは勝手なものでな。特に儂は滅茶苦茶に勝手な神。それに楯突いたというがどういう事か。お主らは分かっておらん。だから罰じゃよ」




――――儂は今から。『唯我独尊』を0.1秒間使う。耐えて見せよ。




その瞬間。オーディン、天照、そしてあのメリッサさえも少し顔を蒼白にさせた。




「それじゃ行くぞ。3、2、1――――」




こうして3秒のカウントダウンの間に、オーディンは己の権能と神の気を全て廻して自身を防御。天照はその陽光の力をフルに使い、八百万の神々のネットワークから力を吸い上げ強制防御。メリッサに至っては別次元・別時間軸に逃走するという防御術式を展開していた。




そして約束の3秒後。全てが終わり全てが始まった。








『唯我独尊』








その瞬間。たった0.1秒のその瞬間に、虚ろなどではない無の終着点がこの空間全てを襲った。















ゼウスが『唯我独尊』を使ってから5秒後。メリッサが別次元から帰ってきた。




「はぁ…お主のその力は強すぎるのじゃ。儂も別次元を50は超えたの。それぐらいしないかと死ぬかと思うたわ」




ゼウスの持つ能力『唯我独尊』。その能力は強力などという言葉では済まされない程の力を、無条件で振う事のできる最強の能力。【最強】【全能】。そういった言葉では済まされない全てを統べる王の権能。その能力は八神が恐れる程のスペック。全能神に一対一で勝てる者はいない。これは神々の間でも話題だ。




「儂も次元を破壊しようとは思っとらんよ」


「お前のその権能とも言える能力は次元を簡単に、それも10や20は軽く一息で破壊しよるじゃろ!だから嫌なんだ。全く……」




こうしてメリッサがゼウスとの話し相手を務めている間に、神々は八百万神、父王神を除く全員が気絶。その二人でさえも疲れで肩で息をして喋ることもままならないという状態だった。




「はぁ……これじゃ会議にもならん。お前が原因なのだから少しは後処理に付き合え、ま、原因がここに鎮座しているという状況もまた、面白そうではあるけど…明らかに面倒な形になりそうだね」




こうしてメリッサとゼウスは二人で、この誰も息をしていない虚ろなる会議室で、残り六柱の復活を待つこととなった。















「————なんなんだ……あれが、俺たちと同じ神だとでも言うのか…」


「……完全同意」


「……………」


三者三様。だが明らかに三者には共通している点が存在していた。「”全能神”を舐めていた」。これもまた神の傲慢。自身が一つの概念を背負う事から訪れる全能感は、時として判断を鈍らせる。だが今回のは違った。”間違えてはいけない相手”だった。最も間違いを犯した自然神は、言葉を発するのに少し時間がかかった。戦や戦いを司る神であったとしても、その震えは止まらなかった。星という大きな物を司る星神でも、星以上に巨大なあのエネルギーの本流は、自身の手に負えるものではないと理解させられた。




3名がそれに同意し、恋愛神ですら首を縦に振り続けている。混沌とした会議。それを今すぐにでも収めるべく父王神オーディンがまたしても会話の指揮を執り始める。




「そうか……それでは、自己紹介といこうか。ゼウス」


「儂はもう喋らんよ。八神の底も見えたしな。勝手にしてくれ。儂も勝手にすることにしよう」


「そんなことを言わないではくれないか。ゼウスよ。私達は古参だからお前の理不尽を承知しておるつもりだが、こ奴らは若い。お前の異名が風化され忘れ去られてもおかしくないという事」


「はぁ…神の格の力すら図れんとは…終わっておるな」


「まあいい……お前らもお前らだ。儂が何故このサボり魔を八神にとどめているのかわかっているのか?いや、分かってないだろうな—————」




こうして始まった。オーディンから行われたゼウスの自己紹介が———。




「――――儂、ゼウス、メリッサ、尊。このメンバーは初代から『八審神議会』のメンバーだった。だが他の四人は違う。代替わりを繰り返してお前らが今何代目だったかもう忘れた。だから知らぬ者も多かった。だが儂らは知っておる。ゼウスに楯突く輩。メリッサに妬み嫉み、ここから追放しようとする輩もおった。じゃが儂らは知っておる。そ奴らがどのような運命を迎え果てたのかを。だから儂らはこの二人をこのメンバーから追い出すという事をしない。したら危険だからだ。八神という鎖を取ったゼウスが何をするか危険という意味が込められているのだ。分かったか。お前たち」


「「「「…………」」」」


「ま、分からんだろうな。儂はこの話を何回もお前らみたいな若いのにしてきた。それがもう役目みたいなものだからだ。そして大体がこんな分かったような分からない様な顔をするのだ。だからいつも次の話をお前たちみたいなのにするのだ。よく聞いておけ」




オーディンが少し饒舌になりながら話す。メリッサもまた会話に入ってきた。




「やっぱあんた趣味悪いねぇ…いつも新人にこんな話しては驚いた顔を見るのが最近の楽しみなんだろ?」


「おお?よくわかったな。大体神という生き物が驚く何てことしない。だからこそその何てことが起こった時が楽しいのだよ。まあこれも役得というものか、数少ない楽しみだ」


「ま、分からなくはないけどねぇ…続けてもらって構わないよ」




「それでだ若者共。ゼウスの異名。これは神界でもまことしやかに囁かれている。一つぐらいは聞いたことがあるのではないか?『激怒の創滅神』『破壊の神』『鬼神』『極壊』『神界の大悪魔』『星崩し』『大戦が生んだ化け物』など。ゼウスには様々な異名が囁かれている」


「……それホントかい?」


「本当だ。ゼウスのこういった名前を集めて笑うのも私の趣味だ。笑っていいぞ」


「アッハッハッハッハッハ!!!!本当かいゼウス!あんた相当神々から変なあだ名貰ってるねぇ!アハハハハハ!!!!」


自分の膝を叩いて笑うメリッサに、オーディンは話を進める。


「私もこの名前を集めては聞くたびに笑っているのだが…まあそんな話はいい。だがこの誇張されているような異名のおかげでゼウスの成したことに疑問を持ち、ただただ誇張されているだけと思っている者がいる事も知っている」




そして、その言葉に反応し言葉を挙げた者がいた。戦神だ。




「それは————」


「事実だ。全て、この異名に残ることをゼウスは成し遂げている」




オーディンのその言葉に、再び衝撃が走った。








「更に、ゼウスにはもう一つ、我々しか知らない異名が存在している。――――『神殺し』。ゼウスには、神をも殺す力が存在している」















「……は、はは…それは誠か?父王の」


「ああ、ゼウスの能力、いや権能とも言える能力『唯我独尊』。それに断罪の雷『神雷雲』。それらすべてはゼウスの司る【全能】の力で自ら創造したスキル。そしてそれらには…【神殺し】の概念が含まれている事をゼウス自らが話してくれた」


「「「…………」」」


「分かっているのか?ゼウスは単独で我々を殺し得る力を持っている。いや、これは【全能】の権能を持つ神々全てに言える事だ。いいか?よく聞いておけ。ゼウスの持つ力は、この神界の最強とも言える我々八神の平均レベルを大きく上回っているのだ。そしてもし仮にゼウスが我々と相反する意見を持ち行動を開始した時に止められる相手。それがこの『八審神議会』であることを忘れるな。いいか?」


「「「「…………」」」」




皆が唖然とした顔を見せる。当然だ。今ここにいる爺さんが神界のレベルを大きく超えた超常者だという父王神オーディンの姿を見て、何も思わないわけがないのだ。そしてそこまでできる相手に生半可な気持ちで楯突いた自分たちの愚かしさを悔やんでいるのだ。




「そういう事じゃ。いつもオーディンに説明を負かせておるがの、今回ばかりは儂も口を挟ませてもらうぞ。なんせいつもとは違う事象が一つあったからの。それは元『運命神』を貶す態度じゃよ。のお。戦神」




黒くドスの聞いた声で戦神に向かって言い放つゼウス。




「儂の話。とまではいかないがこの運命神の逸話も聞いたことがあるじゃろう。人との恋に落ちた運命神は、重大な禁忌を犯した。神と人の間に子を成した。それは確かに間違いじゃったのだろう。そして悪神が目覚めた。封印術式を使うためには強大な魔力が必要だ。この八神の内誰かが犠牲になり格の力を放たないと発動しない程の魔力が」


「―――――」


「そやつらはあろうことか、神々の力を焼失させてまで地上に降りた運命神を神界へ連れ去り、そして封印術式の贄とした!神々の血肉を使えば十分に達成されるという意見がこの会議の場で採用されたのじゃよ———他ならないここの、この会議でな。」


「そして今でもここには封印術式で血肉までむしり取られた運命神の骨が眠っておる。人間よりも非道な行いをした神々が、その象徴とも言えるこの建物に運命神の骨を眠らせておるのじゃよ。分かっておるのか…お前が馬鹿にしたその屍は、非道と悲運に苛まれ、愛する者すら一生愛せない運命神の屍をお主は馬鹿にしよったんじゃ————」


「そして儂は事の顛末を調べた。調べたら驚いたよ。“こんなつもりはなかった”と誰かが言った。ゼウスが可愛がっている運命神に一泡吹かせたいと結託した神々が、いつの間にか壮大なプロジェクトに変わっていった。儂は”そんな案を出していない”などとほざく輩しかいなかった。あやつが悪い。あ奴がこんなことを言っていた。そうして責任逃れの果てに運命神の骸があるのだと思うと儂は空しい気持ちしか残らんかった—————」


「―――――済まなかった」


「お主が悪くない事は知っておるオーディン…お主もまた運命神を気にかけ大事にしてくれた者の一人じゃよ。だからこそ。儂はここに来ることを何よりも嫌がる。虚しさの果てにある塔に上る。するとまた怒りが湧き出てきそうだ。この下に運命神の骸があらぬ形で眠っているなどと考えると、昔を思い出してまた怒りに満ち足りる。そして儂は何より儂はそんな運命神の一片でさえも軽蔑する輩を嫌う。良かったのぉ?戦神。儂が穏やかな爺で。昔の若いころの儂じゃったら————」














———————お前。今死んでおったぞ。














その瞬間。殺気が漏れ出た。








「それじゃあ。儂は行くことにするよ。説明は終わった。後は任せたぞ?メリッサ、オーディン。尊も、また会おう」


「私は少し残ることにするよ。まだここでは面白くなりそうだしね」


「ああ、ではなゼウス」


「ええ、またどこかで会いましょう」


「ああ、それと一つ言うておこうか。儂がここに来た本題。それはこの会議で議会がどう動くかを見定めるという意味もあったのじゃが、もう一つはこの会議自体が何の成果も得られなかった場合。儂はこの件に関して単独で動く可能性があるかもしれんという事を伝えに来たのじゃよ」


「―――――おい、ちょっとまて。それは」


「ああ、儂がこの会議だけに参加した意味をよく考えるべきじゃったな。儂はこの一見には関心があっての、何なら単独で動くことも考えておる。覚えておけ。この議会が何の成果も得られないと儂が判断した場合には即行動に移す。ではな。オーディン。頼りにしてるぞ」




こうしてゼウスはメリッサを残して去っていった。















「悩みの種が一つ増えた」


「な?だから言っただろう?“面白くなりそうだ”と」


「これが面白いだと?全く、メリッサは面白いことを言うな…もしゼウスが単独行動なんてとり始めたら、それこそ取り返しがつかない……単独で何をするか分からない相手だぞ!?今儂が言ったゼウスに対抗するための戦力として我々が出る事になるのやもしれんのだぞ?これが落ち着いてなんていられるか!?」


「ま、そうだろうね…ちなみに私はゼウスの思惑をある程度予測できている。言わんがね。そっちの方が面白いから———その考えで行くと私はどちらの側にもつかない…いや、ゼウスの側に着くこともありうるね」


「本当に、勘弁してくれ……」


メリッサは一つ嘘をついた。『面白いから』などではない。ただこの傲慢共と秋を関わらせたくないだけだった。秋の名前すらも伝えたくなかった。




こうして、ゼウスとそれを取り巻く『八審神議会』は一端の終わりを告げた。だがこれが事の始まりにやるやもしれないという現実を、神々ですら認識していなかったことになるとは、誰も予測出来はしないだろう。

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