第56話


「あれは……なんだったんだ…」




ゼウスがいなくなった議会に、戦神の声が木霊した。それは空を切りただただ虚しく響いた。




「――――【全能】。その権能は、全てを統べる。神々とはそういうものなのだ。お前はそれを、分かっておらんかった。そういう事だ。戦神」




その中で、オーディンの声が木霊する。そしてその場を見かねたメリッサが、今度は口を出した。




「…まあ、あんたの気持ちも分かる。戦神。確かにゼウスとあんたが、戦場で出会ったとき、それが例え戦を統べる戦の神であろうとも、全能の権能を持つ神には勝てない。そういう事だろう?」


「うっ……」


「そういうやつらは山ほどいた。こうして神々が上下で階級を点けられ、存在の格という曖昧かつ絶対的なまでに覆すことのできない物で序列が決まる。その頂点にいるゼウスに向けていつも『理不尽』だ。『不公平』だ。そういう神々がおった。現にその強大さ、その力を妬み嫉む奴ら。自らが事を成す前に潰してしまおうと画策した奴らもおった。じゃがそいつらの運命はゼウスの異名として生まれ変わることになった」




そして、メリッサは告げた。今ここで、はっきりと。




「戦神。この世界は神の世界だともてはやされておるが少し力を持っているだけの人間の世界と変わりない。神々であったとしても崇高な考えを持つ者などおらん。現にお前も今、その妬みや嫉みがゼウスに立ち向かう原動力になったんじゃないかね?」


「そ、それは……」


「この世界は不平等。分かっておるか?お前はその不平等の上にいる八神の内の一人。その癖更に嫉妬だと?―――冗談もここまで聞くと呆れておる」


「――――それにな。私もお前に怒ってるんだよ。運命神の件だ。あんたはゼウスにだけじゃない。私にも喧嘩を売ったんだよ。覚えておけ。今回はゼウスの一件で懲りただろうがね」






————次やったら。あんたの存在を次元丸ごと切り刻んでやる。






メリッサは、黒く覇気のこもった声で、そういい放ったのであった。















「―――おい、もうやめろメリッサ」




そう覇気のない声でメリッサをいさめたのは毎度おなじみのオーディンだった。




「ああ?私はもうやる気はないよ。あの『唯我独尊』を0.1秒でも喰らったんだ。そりゃあ地獄だろう。これ以上私も地獄を味わわせるのは酷だからねぇ」


「ああ、助かる。八神の長を担う者として礼を言う」


「お前が謝ることじゃないよ。オーディン。誰もあんたの謝罪なんて望んじゃいないよ。全く」




そういうと再び会議の間に平穏とも言える空間の身が残った。この空間に漂う雰囲気の香りも、何度も嗅いだことのある香りとしてもう記憶に残る程だった。




自然王神。戦神。恋愛神。星神はもうすっかり黙って完全に委縮している。全能神ゼウスは退席し、八百万神は元々あまりしゃべらない。会議にも積極的ではなく大人しい。結果的にメリッサとオーディンが会話する空間となっていた。




「はぁ…全く。分かったよ!そこにいる若いのに爺さんと婆さんから昔話を聞かせてやるとするかねぇ…おい!尊!あんたも黙ってないで手伝え!全く」


「メリッサ様とオーディン様で会話を続けていらっしゃったではないですか。私は黙って聞いておりますのでどうぞお続けください」


「あんたも爺さんの内の一人に入ってるんだよ。さあ相槌でもいいから打っとくれよ」


「まあ、了解いたしました。私が誇れるものなど生きてきた年月しかございませんからなぁ」


「そうさねぇ…何から話そうか。なぁオーディン。何から話せばいいと思うかい?」


「はぁ…そうだな。まず、我々が『世代交代』をしていないというのは皆。知っているな?」






『世代交代』―――それは神々のみが行う独自のシステム。神々は基本老いという概念では死なない。勿論神も死ぬことはあるが、それが年月によって引き起こされるものではないのだ。だからこそ、神々は永遠に生きようと思えば生き続けられる存在だという事だ。




だが、生きる事に飽きた神々は自らその命を絶つ者も多い。そしてその時、自らが司る概念。その力を次の世代に受け継がせる『世代交代』が発生するのだ。




世代交代はどの神々でも可能。という訳ではない。相性・適正の類がどうしても必要なのだ。




元が【水】の概念を持つ神に、【火】の概念を司らせると言われても無理だ。これは自然の基本原理、火や水で消える。こうして相反するものを司っている神などは世代交代の候補としてはなれない。他にも様々な要素が絡み合うが、今のはほんの一例と言えるだろう。






「そう、そして私達はあんたらと違って世代交代をしてはいない。ここが大きな力だね。前任者から貰った力と、自分らで育てた力ではその強さの質。使い方。そしてそれらが存在としての格に直結しているのは明らかといえる」


「―――そして、【全能】の神ゼウスが、前任者からその概念を継承したのは何年前だったか」


「少なくとも、お前さんたちの30?50倍は違うね。ではここで疑問が生まれる。私達は初代からここで過ごしている。なのに何故、同じ時間すら生きていないゼウスが私達初代を束にしても勝てるのか?という事」




そうメリッサが言葉に出した瞬間。五柱の神々が頷いた。




「そう、それはね。ゼウスは私達は違うある訓練を積んでいるから。それ以外にも様々な事をあ奴はやらかしているが――――今は言えない。とだけ」


「ええ、まあそうでしょうね。あれは酷かった。私もあの光景だけはもう二度と見たくありませんよ…」


「ああ、そうだな。あの時に我も目が覚めた。全能の恐ろしさとその神々しく、美しく、残酷なまでの『万能』という存在を———」


「おいおい今昔を振り返ってどうする?まだ話の続きだよ?————そうだねぇ…戦神。お前本気で格を上げるための訓練を積んでいるのはいつ頃だったんだい?」


「え?あ、ああ…確かに継承のために必要な要素を身に着けるためと。そのあと500年ぐらいは本気で取り組んだと思うが」


「そうかい……ゼウスに楯突くだけなら後その10倍は頑張らないといけなかったねぇ…ゼウスは、今でも訓練を続けているよ?」


「―――――は?」


「ゼウスの訓練法は誰にも真似する事が出来ない。この私でさえもね…」


「―――なんなのだ?その訓練法というのは?それをやれば、俺も強くなることができるのか?」


「……やめておいた方がいい。あれにはゼウスにかできない。お前みたいな若いのにはできない。下手をすれば自分が死ぬからね」


「…何故、そう言い切れるので————」




“何故、そう言い切れるのですか!”と戦神が言おうとした次の瞬間。その声はかき消され、喉の奥で詰まり果てた。




「『神殺しの封印』を、あ奴は今136本打ち込んで居る。神を殺す程の力を持つ封印に抗い、そして自らを鍛える。筋肉の超回復と同じ原理じゃよ。あ奴は今も、こうして体に封印を打ち込み、そしてそれに抗う。抗い続け封印が弱くなると、また足す。これが『神殺し』の力を持つ神の訓練方法じゃよ。お主に真似出来るならしてみろ。お主が亡骸になろうとも、私は知らないがね」




そう。何故、ゼウスが秋に70万という“雀の涙”程の魔力しか渡せなかったのか。それは現にこうして、秋と会話している今でも136回神を殺すことのできる封印の釘を自分に指していたから。その上で限界ギリギリまで魔力を譲渡していたのだ。ゼウスもまたギリギリで秋を手助けしようとしていたのだ。




「はっ。ゼウスは怒って“自発的”に魔力を使おうとしていた?違うわ。自然のが煽って、あ奴が怒り狂うその力に耐えきれず封印が壊れ、そしてそこから力が漏れ出ただけにすぎん。それをお前たちが更につつき、挙句の果てには運命神すら小馬鹿にした。その所為でゼウスが必死に保っていた力を抑える封印が吹き飛んだだけに過ぎない。まかりなりにも神を名乗るのならば、その存在の格の力がどこから漏れ出てどうして漏れ出たのか推察できるようにしておけでないと神々の風上にもおけんわ」


「―――それに、そもそも死者を愚弄する事自体に難がある。私はそう思いますよ。戦神」


「はぁ…まあ、ちょっかいをかけてはいけない相手だとわかって、こいつらも少しは学んだことだろう…はぁ」




こうして、時空神、父王神、八百万神の三社がそれぞれ一言づつ述べたところで、またしても静寂が訪れた。




「さて、今回の議会は終了だ。だが覚えておけ、必ず近日またここに呼ぶ。その時にはよりよい会議が出来る事をメリッサ、尊、そして我も期待している。それにここでより良い結果が出せなかったら、ゼウスが独断で動くことも伝えてきた。つまりどういうことかわかるな?もしそれでここにいる神々の暮らしを脅かすことになった場合。我々が矢面に立たねばならないという事だ。


———改めて、次にはいい会議が出来る事を期待している。」




こうしてオーディンの言葉によって、この会議は本当の意味で閉幕した。だが近日また開幕の宣言が成される。その時の会議は、ただ淡々と、粛々と、あの自然神ですら協力的であったことをここに記しておく。




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