第52話

ここは王国の最も位の高い者しか入ることのできない空間。そこにとてつもない野心を持つ二人の親子が、今後の国と、そして勇者の様子について語りあっていた。




「娘よ、勇者の様子はどうなっておる?」


「はい、勇者は無事にこの王城に溶け込んでおり、現在訓練の方も開始されております」


「そうか……どうだ?勇者の感じは、使い物になりそうか?」


「はい、今の所勇者の中で最もの強いのは『勇者』『聖騎士』『大魔導士』『光魔導士』の職業を持つ4名が最も使い物になると判断されます。能力は過去の勇者と同じだと推察されますが、過去この職業を持っている者はそれなりの活躍がされている事が確認できます。今回も期待してよいかと」


「そうか……どうだ?どこか直接的な場で勇者の実力を確かめてみたいな……」


「ええ、私もそう思っておりますが…どこか、そういった災害や人災が起こることを期待しています。というのは少しあれでしょうが」


「構わん、どうせ統一をしてしまえば些細な問題。そんな些事に何故我々が悲しまないとならんのだ」


「はい、お父様ならそういうと思ってましたよ」


「なら、進めろ。蛮勇の首輪の方はどうなっておる」


「現在死刑囚で実験中です。本体の方は9割方完成されているかと」


「そうか、ならばよい」




こうして、国の最も高い位置で、最も暗い会話が繰り広げられる。それは下々の者には分かるはずのない会話だ。















ここは王城の訓練場、グラウンドの外れにある外周、そこで天川優雅は自室へと帰ろうとしていた。




「優雅様?どうされましたか?やはり少し疲れていらっしゃるようですが…」


「いいや、大丈夫だよ、アルーマ。有難う、心配してくれて」


「いえいえ、貴方はわが国の大事な勇者優雅様ですわ、心配するのは当然ですわ」


「アルーマ…ありがとう、本当に」




こうして王女は、着実に勇者とのコミュニケーションをとっていた、それもまた王女の役割。だが一つだけ、王女には知っていて優雅には知らないことがある。それは、王女は王女足る為、人心掌握の術を片っ端から学んでいるという事。王女は国の為に奉公する人間であるという事を。















ここは優雅の自室。そこでは一人ベッドに腰を掛け、浮かない顔をしている優雅の姿がいた。まあ最も、浮かない顔をしているからといって心配事をしているわけではなかった。




ちなみに優雅の自室は最高級のスイートルームさながらを思わせる内装になっていた。それは一重に国が『勇者』という職業を重視している事が伺える豪華ぶりだ。




勿論ベッドも最高級、それはあの四人組にも言える事だった。




王国は勇者を、その強さで優遇の度合いを変えている。言ってしまえば公式的に差別をしているという事だ。そしてそれに気づかない優雅ではない。優雅は馬鹿ではない。むしろ頭の回る方だ。ただし自らの人生において全てが勝ち組だった優雅は、そう考えるという事が出来ないというだけだのだ。




(やっぱりそうだ、勇者は強いのか、だからこんな部屋まで与えてもらえる。確か夕美や茉奈、雄介もこんな感じなのかな?)




優雅は一人やることのない部屋の中で、ベッドに横たわりながら腕を頭の方に組みまた考え事を始める。




(それにしても、ここはやっぱりゲームの中みたいだ。どれもこれも凄いなぁ…。それに王女様も、可愛かったしなぁ…)




まあ、これは考え事などではなく、ただの回想なのだろうが。




(クラスメイトの皆。大丈夫かな…まあ、こんなにも王国がもてなしてくれてるんだし、きっと大丈夫だろう…。それに、王国は勇者の事を大事にしてくれているみたいだし、期待してくれているみたいだ。僕もその期待に応えないとな…)




ここが優雅の危ないところ。人には裏があるという事を知らない。見ようとしない。この世界を何も知らないのに全てを信じてしまうその危うさ。これが異世界に来た優雅の最大の弱点だという事だろう。













―――あれから三日が経った。




訓練は順調に進み、ついに三日目。そのころには少しづつ勇者であるクラスメイトの内で使う武器が決められ、そして騎士との体術や剣術。槍や槌などの武器を扱うための術を学び始めていた。そして肝心の陽の相手は。




「……あの~。何で騎士団長様がこんな俺みたいなやつを相手してくれるんですかね?」


「ん?なんだ?不満か?」


「不満ではないですけど…いや、俺と騎士団長では釣り合いませんって!自分では職業のランク等色々あるでしょう?」


「――――いや、私が君の相手をしよう。理由はある。一日目での武器の振り方、あれは他の勇者の真似をしていただろう?それは立派な事だ。そこには生き抜こうという意志を感じた。」


「………!!!」


「だからさ、才能ある若者には私直々に見てやろうと思ってな。どうだ?理由にはなっているだろう?それにだ。ここには槍も槌も使える奴がいる。そういう職業の奴を集めているからな、だが『棒術』を使える奴はいないんだ。だからある程度なんでも武器に出来るこの騎士団長が見るという事にしたんだ」


「……っ。……では、よろしくお願いいたします」


「ああ、それでいい」




こうして、目立たないという陽の目論見は完全に潰えてしまった。そして今、最も目立つ状況にまで経ってしまったのだ。















「そう、そうだ。棒というのは確かに剣や槍よりも殺傷性が低い。ただし武器を扱う術でいいならどこを当てても等しく同じダメージとなるため術としての幅は大きくある。槍術や剣術の応用なんかや複合技なんかも出来る。両手剣の様な大きなリーチを生かしてもいいし、単純に間を持ち両端で敵を打ってもいい。幅としてはとても大きいんだ」


「はぁ…」


「それでだ。今から俺と少しづつ打ち合いしてもらう」


「………は?」


「棒という物はいわば武器の原点だ。その派生にあるものが剣や槍、斧なんかに当たる。そんな派生の技を一々全て教えている暇などない。なら実戦で打ち合った方が学びが大きい。そういう事だ。さあつべこべ言わずに……やるぞ」




少し漏れ出た。まるで濃厚な血を思わせるような殺気。




「……ちょっと本気すぎやしません?」


「俺も加減はするが、やっぱり実践と聞いてこうならん奴は遅かれ早かれ死んでしまうんでな、職業病だ」


「……では、行きます」






こうして、知らぬ間に始まった。















勿論結果はコテンパンだ。僅か15分ほどで陽には打撲の様な跡がついていた。




「も、もう二度とやりたくねぇ…」


「まだまだ、こんな所で値を上げるとは、全く…回復魔術が使える奴はいるか!?こいつを少し直してやってくれ!」




こうしてガルは、回復魔術が使える者を騎士・王国魔術師からではなく勇者から求めた。一重に鍛錬の為だろう。




「はい!初級の魔術なら!」




そういって手を挙げたのは、何を隠そう夕美だった。




夕美の扱う光魔術。それは万能の魔術としての価値を持つが、中でも突出しているのはその回復効果だ。光魔術には回復を促す魔術を扱う事が出来るのだ。




「光よ。『キュア』」




夕美がそう言って陽に近づき魔術を行使する。すると陽の打撲痕はほとんどがスッと消えていった。




「ほう、回復魔術をほとんど詠唱無しで行使するか、さすがだな…」




ガルの独り言は間違いない。通常魔術という物は詠唱という工程を必要とする。それは難渋文字という言葉を紡がなくてはならず、魔術を行使する際の隙となる。




だがやはり勇者。それも最上級の光魔導士という職業は、その常識を軽々と打ち破ったのだ。これにはガルも驚きを隠せないだろう。




「いててて…ああ、ありがとう夕美さん」


「いいよ陽君。訓練頑張ってね!」




そういうと夕美は足早に去っていった。




(涙の跡…消えていたな)




陽は思い出すのはあの時の涙の跡。さっぱり消えていた涙の跡。その消えた涙の跡を陽は思い出した。そしてその先にある秋の顔も。








―――二人を救う事の出来る“ある物”を持っている。








その言葉を茉奈に投げかけた時から種は撒いていた。しかしどうするかは陽にかかっている。




(揺れるなぁ…)




陽はまた考えに悩むことになるのだろう。そう思いながら今も生きているであろう秋の事を思った。訓練はまた落ち着きを取り戻し、陽もまた訓練に励んだ。






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