第53話

3日目の訓練が終わり、足早に帰ろうとした陽の元に、また一人客が訪れていた。それは何を隠そう茉奈だった。




「で?あんな意味深な事を言ったのよ。それが何なのか教えてくれるのよね?」


「いや?俺は持ってるといっただけで教えるとは言ってないからなぁ…」


「持ってるって言われたら気になるでしょ?そんな事も知らないの?」


「はぁ……。まあ確かにそうだわな」


「でしょ?」


「でも、教えない」


「はぁ?貴方自分が何言ってるか分かっているのかしら?」


「ああ、分かっている」


「貴方ねぇ。こんな訳の分からない世界に飛ばされて、しかも急に信用もできない相手から意味の分からない相手を倒せなんて言われているこの状況ですら信じられないのに、貴方まで引っ掻き回すつもりなの?あまり遊ばない方がいいわよ。私を怒らせたいならもう怒らせているわよ」




茉奈がはっきりと真剣な顔でそういった。陽もまた真剣な顔でその言葉を返した?




「ふうん……じゃあさ、一つだけ教えてほしいんだけど、いい?」








―――この異世界の事。どう思ってる?








そうはそう、茉奈に問うた。




「この異世界ですって………この質問に答えたら、教えてくれるの?」


「それは約束できないなぁ…だけど答え次第なら、いい事を教えてあげる事にしようかな?と」


「―――何もかもが知らない世界。分からない世界。相手だけが全てを知っている世界。信用してはいけない世界。かしらね」


「ほう、その心は?」


「私を含むクラスメイトは、この世界の事何も知らないもの。なのにどうして皆そんな呑気でいられるの?私には分からない。考えれば考える程、おかしくなっていくのに……」






―――――さすがだな。






陽は素直にそう思えた。考えられる。それだけで一歩を踏み出せた。そして疑えた。その時点で陽は素直に茉奈の事をほめる事が出来た。勿論陽も秋の手紙が無かったら信用していたかもしれない。他の皆と同じだったかもしれない。なのに茉奈は一人で気づけた。それが素直に尊敬に値すると陽は思えた。




(この逸材は、是非確保しておきたい。絶対に、これからに必要な人間だ)






―――全ては、自分が生き残るために。








「正解。全て正解」








「……えっ?」


「全く驚かされたよ。俺以外にもこんなこと考える奴いるんだな、いやーホント。さすがだよ、さすがは優等生。いや天才だ。本当に尊敬するよ」


「貴方。何を言っているの?」


「茉奈ちゃん。君は天才だ。間違いない。一人でこの混沌の世界を疑う事が出来るなんてほんとに凄いぜったく。んじゃあもう一つ大事な事教えとくな」




「王国をあんまり信用しすぎちゃいけない。これは確定してる」




「えっ……どうして」


「どうしてなんてここで言っていいと思っているのか?王国がどこかで聞き耳を立てているかもしれないのに?それに君だってそうだろ?君が告げ口したら俺はどうなる?俺も終わりだろ?そういう事だよ。それぐらい一歩一歩慎重に事を進めなくちゃいけないんだ。行動全てに慎重にならなくちゃいけないんだ。この異世界ではそういう風に動かないとすぐに殺される。分かった?」


「……………」


「言い過ぎちまったか…最近ずっと独り言してて話し相手いなくて困ってるんだよなぁ…秋がいればそんなことないんだが、つい秋がいるのと同じテンションでしゃべっちまった。クソ。やっちまったなぁ…」


「……」


「あらら、それじゃあ俺は行くから、じゃあな茉奈さん」




こうして陽と茉奈のセカンドコンタクトは終了した。またしても茉奈は悩みの種以上の物を抱える事になった。ただ一つ。分かったこと。それは――――








―――吉鷹陽はただ者じゃない。








そのことが一つはっきりと頭に刻まれた。茉奈はそう思った。















(って、思ってくれるとありがたいんだがなぁ……)




陽は茉奈の事を仲間に引き入れたいと考えていた。ここでの仲間とはある程度情報共有やらを行い、王国の裏を探るなど自分たちが生き抜くための共同のコミュニティ的な意味合いを持つのだが、そこに茉奈という存在は必須級になっていた。




(切りどころとしては悪くない…はずだ。王国を敵に回すような発言をしたのはあれだが、あれだけ不信感を持っているならそう簡単に切り捨てはしないはずだ)




陽もまた考えて動く。そして新たな結果をつかみ取るために努力しているのだ。こうしている間にも日が暮れている事など、陽の頭の片隅にも入ってはいないだろう。











その日の夜。茉奈は異世界で王国から与えられた自室で、椅子に座って机に向き、備え付けられた鏡に映る自分を見つめながらある一つの考え事をしていた。




————吉鷹陽…君。彼、何なのかしら?


それが今の茉奈の心の中を占める、大きな大きな渦だった。


学校では夕美の幼馴染の秋君の友達。いつも場を明るくしてくれるムードメーカー的な存在であり、秋の持つよく言えば落ち着いた。悪く言えば暗い雰囲気を打ち消す様な明るい雰囲気を持っている。そう捉えていた彼女には、異世界の先ほどの場面と吉鷹陽という人物が結びついていないのだ。


(彼。何なのかしら……)


その思いは渦となって、考えれば考える程膨らむばかり。茉奈は感が込んでいても埒が明かないと、状況整理を頭の中で始めた。


(陽君が言ってた事は確か……”王国を信用しない方が良い”。本筋はこれだった。だけれど…)


———王国がどこかで聞き耳を立てているかもしれないのに?それに君だってそうだろ?君が告げ口したら俺はどうなる?俺も終わりだろ?そういう事だよ。それぐらい一歩一歩慎重に事を進めなくちゃいけないんだ。行動全てに慎重にならなくちゃいけないんだ。


(これはもう”具体的”過ぎるのよね…。何かが陽君には見えている。のかしら?何を………恐らく、私たちには隠したい王国側の何かが)


(やっぱり———何も知らなさすぎるわ。私も、皆も。その上で能天気に王国の言う事を信じすぎるのはよくない…。って事になるのかしらね)


(考えても答えなんて出ない。やっぱり”知らなさすぎる”。何もかも。そして陽君は、”何かを知っている”。その上で恐らく、私と…夕美。この二人にだけは知らせている?……分からない。わね……)


考えてみても、それこそ渦が激しく大きくなるだけで分からないことだらけだと茉奈は頬を苦くした。その上で自分のこれからと、立ち位置を定めた。


(陽君には要注意。恐らく私と夕美に何かしようとしてるのは確かね。それと…王国。信用しすぎない事は陽君に言われるまでもなく大事な事。そして…情報。私たちは何も知らなさすぎる。この世界にきてまだ数日の、赤子に等しい情報しか持ってない……。)


(————決まったわ。しばらくはこんな感じかしらね。)


こうして一人鏡の前で自身との対話を繰り返し、自分の置かれた状況とこれからを考えるに至った茉奈。そして陽の目的もまた、この時点で達成された————。











そしてその夜。もう一人ここにも思考を巡らせている者がいた。それは騎士団長のガルだった。ガルは王城にある自分の部屋で一人、椅子に座りながら考え事に頭を巡らせていた。




気になるのはあの言葉。まるで王国が勇者をどう扱っているのか全てを知っているかのような立ち回り。そして“生きる”という意志を強く感じた少年。名前は知らないが調べてみるとヨウという名前だった。




(ヨウ・ヨシタカ。それが彼の名前か…)




調べてみて驚いた。彼には『棒術』の職業があることは知っていたが、勇者を記した記録によれば武器を握ったことがない者が大半だと聞く。実際にあのグループもたとえ訓練用の武器でも持ったことはなさそうだった。ましてや武器も持ったことのない少年が他者のスキルが発動して剣術や槍術に補正がかかっている事など早々知ることもできないのだ。




だがあの少年は一瞬でそれを見抜き、スキルの補正込みでの剣術・槍術などの動きを自らに捉えようとした。その才能や観察眼。そしてその意志は素晴らしい物だ。反対に勇者は、少し期待外れだと考えていた。




最初に訓練用の武器を持った時、彼は笑ったのだ。それはまるで玩具を与えられたような笑み。戦闘をただの遊びと思っている目だ。つまりそれは人を殺すという事を遊びと考えているという事だ。それは騎士団長としても騎士としても、戦。戦いに関わる者としては見過ごせない弱点とも言える行動だった。




まあ最も、優雅がそこまで考えて笑っているわけなどではない。単純に現代の世界でたとえ木刀であっても見る事のなかったことから、初めて握る武器というものに少しワクワクしていただけなのだ。つまり何も考えていない。これはもっと性質の悪い事だ。




勿論ここまで気づくことが出来るのも王国最強の名を与えられた騎士団長ガルの明らかな実力と経験の織りなせる技。決して誰でもできるわけではない。何人もの人間を見てきて、時に殺意を持って殺しあったからこそ身に着け人を見る観察眼。それを勇者たちにも使っただけに過ぎない。これはスキルなどではない人間としての技だった。




(彼の言葉、その行動。一見するとそつがない物に見えるが、少しづつ見えてくる彼の思想や思考が、少しづつ分かってきたような気がする…)




ガルは陽の事を考え、そして眠りについた。彼もまた陽の事を意識し始めていた。それは陽にとって最悪とも言える結果に進みつつあった。茉奈との一見は最高とも言える形で進んでいるが、まるで帳尻を合わせるように最悪が近づいてきた。これは運命なのだろうか。誰にもわからない…。















「父上。報告が」


「なんだ娘よ。言ってみろ」




こうしてまた、宵闇の会談は唐突に始まる物だ。親子二人が揃ったとき、それは災厄の始まりとも言える。そしてまた、勇者たちはその災厄に巻き込まれようとしていた。




「どうやら迷宮が誕生したようです。今はまだ小さいですがどうでしょう?王国の戦力を使って潰しておきますか?」


「いいや。お前も分かっているだろう。実戦の相手としてはいいじゃないか。」


「はい、お父様ならそういうと思ってました。ですがまだ少し役不足…放置して成長するのを待ちますか?」


「ああ、それがいい。そうしてくれ」


「了解しました。お父様…」




こうして、闇の会談は、また勇者を混沌ヘと巻き込んでいく。それがどのような結果を生むのかは、巻き込まれた勇者しかわかりえない話だ。最も。まだその結果を得る事が出来るのは先だ、だが遠くない未来なのは間違いないだろう。




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