第51話




「今回から君たちの訓練を担当することになった!団長のガルと言う!以後この訓練では君たち世界の命運を託す君たちを鍛えるべく、我々も全力で臨ませてもらう!君たちの覚悟をこの訓練でも見せてくれ!」


「「「「はいっ!!!」」」




そこは王城のグラウンド。といっても雨でも訓練が続けられるように屋内の広い場所に砂の様な物を敷いたつくりとなっている。




そしてそこで初めて行われた勇者の訓練。その声が響いてきたのだ。















霊峰学園の3年生。その全てがこの異世界『イーシュタルテ』に転移してきた。それはつまり100人を超える大移動が行われているという事を指す。大陸最大の領土を誇る大国ヴァルガザールだからこそ、王城の敷地でこの100人余りの異世界人を収容できたというのはゆるぎない事実だ。




ただし、訓練は別。いくら騎士団長のガルとは言え、100人を超える異世界人を相手に訓練を続行させるのは不可能だ。だからこそクラスごとで訓練のメンバーを分ける事を提案され、それを王国側が承諾したので今は4クラスに分かれて訓練が行われている。元が4クラスだったためにそうなったのだ。




そして肝心なのはこのクラスには何故騎士団長がつけられたのか?という点。これが王国が4クラス制を承認した理由。そう、そろっているのだ。“最強職”と名高い四人組が。




そしてこれはいずれ知れわたる。その時にクラスメイト達はどうするのか――――




(―――って感じか。)




そう、茉奈が推察している事は陽にも簡単に理解できた。つまりは王国側で強いと弱いに分けてその実力事に待遇を差別している事は分かっていた。そしてそれが明るみになりクラスメイト達がどう行動するのかは分からない。一種の爆発の様なものだ。




(まあ、それで俺がどうするかは全く決めてもいねえがな…そういう事も起こりえると計算しておいた方がいいかもな…)




陽はそう思いながら初めての訓練に臨む。訓練は号令とともに始まり実際に得意な武器を選んで分かれて訓練を行うところまで進んでいる。




(さて、皆の得意武器なんかも覚えておくとするか――――)




こうして、陽の行動は加速していく。















「よし!ではまず自分の得意な武器事に訓練用の武具をとれ!自分の得意な武器はスキルが教えてくれるはずだ!」


「「「「はいっ!!!」」」」




こうして団長の掛け声のもと訓練用の武器を手に取る。クラスメイト達はもっぱら剣。後は槍、槌、そういったマイナーな武器まで様々なケースが存在していた。




そして魔術を職業としている者たちはある程度の力の持つ杖であったりといった武器が支給されていた。




「それでは!始めっ!」




こうして、訓練が本格的に始まったのである。















(さてさてどうするか…偽る。欺くといってもどうやって欺くか…)




陽はひたすらにそのことだけを考えていた。そのことだけを考え続け、ひたすらに相手を観察し続ける。剣の振り方、槍のつき方、まるで初心者とは思えないその立ち振る舞いには、微かに香る武人としての香りが残るようだった。




(例えば…こうして…)




ガルはまずは武器と自分との相性を確かめろといい、一人でひたすらに武器を振うようにという訓練内容だったため、陽のやっている事は全く不信感を感じさせてはいなかった。周囲に自然と溶け込めている。そして相手の振り方を見て真似をする。棒術なんてものを持っているのは自分だけという事に気付かされたのは収穫だと陽は考えているが、剣・槍などの振り方を真似して応用する事ができるのはこのスキルの強みだと陽は理解したのだ。




(これは切るやり方。これは突くやりかた…なるほど。割と奥が深いな)




クラスメイトがスキルの補正を受けているのは感じられた。自分も出会ったことがある感覚だ。その武器を持つと特定のスキルが反応して、視野が少し広くなり振ったらカチッとはまるように触れる。なんというかコツみたいなものが全てアシストされて振うことができるのだ。これほどのチートもないだろう。まあ最も秋の『完全武装術』はこれの完全上位互換だったりするのだが。




そして陽はひたすら相手の真似をして棒を振り続けた。この時にはもう欺くことを忘れていた。陽は凝り性で、好きな物であったりといった事には究極までこだわるタイプだったのを他でもない陽が思い出してくれるまでこの訓練は続いた。















そこは王城の室内グラウンド。そこでは騎士団長と勇者が訓練を行っていた。




(―――――やはりな。)




その思考は誰から漏れた物か。何かを悟ったようにガルは目を細めた。




(勇者たちは間違いなく一度も武器を握り戦った事がないようだ……文献通りという事か、これは少し難儀なことになっているな…)




そう、勇者たちの習性を記した文献がこのヴァルガザール王国には存在している。騎士団長であるガルはその貴重な文献にアクセス出来る権利を持っている。そして同時にそれを読み込みこの訓練に臨んでいるのだ。




だが実際に直面してみると面倒なことだとガルは思った。武術というのは自らが強くなるためだというのと同時に、自分を外敵から守るための術だと思っている。だからこそこの勇者たちに身に着けてほしいと強く思っているし、当然ガルはその手伝いをする。だがタイムリミットというのは存在している。貴族の厄介さをガルは知っている。”早く外敵を駆除したい”という何も知らない貴族のガヤで未成熟な勇者を外に放り出してしまうなんてことにはしたくないのだ。




(それに、この勇者たちはまだ成人して少しじゃないか……)




ガルは良心的な人だ。この異世界ではトップクラスに良心を備えている。この王城では一番といえるぐらいに。だからこそたとえそれが異世界の勇者であっても死んでほしくはないのだ。勝手にこちらの都合で呼んで、この世界でトップクラスに強い化け物と戦えと言われる苦しみを、騎士団長であるガルは知っているのだ。戦う事の苦しみと痛みを。何よりも騎士団長は知っているのだ。




(―――だからこそ、鍛えなければ)




こうして、ガルは辺りを見回す。全てはこの勇者たちの安寧の為に。








(―――おや?)




一人、目につく若者がいた。その者は棒を振っているがおそらくスキルは『棒術』なのだろうと思いながら、だがその振り方には剣術や槍術の振り方が混ざっているような、そんな印象を覚えたのだ。




(……なるほどな、彼は優れている。他の優秀な勇者の真似をしているのか)




そう、術というのは人から人に伝播していく。それが例えスキルであっても人の術であることに変わりはない。だからこそ真似をするというのはとても有効的だ。




(ほう、一人いたな。芽があるやつが…)




こうして陽は目を付けられ、欺くという作戦が半分失敗してしまっている事に気付かないまま訓練の時間が過ぎていく。そしてその時間の転換点がやってきた。















「すいません!遅くなりました!」


「すいません。今から合流します」




その二つの声が、クラスメイト内に歓声をもたらした。




その二つの声とは紛れもない。茉奈と夕美の声だった。




「おかえり!二人とも!」


「お帰りー!」


「我らが二人が帰ってきたぞー!」




「二人は確か…ああ、あの四人の内の二人だったな、自己紹介をしておこう。私はこの王国の騎士団長をしているガルだ。よろしく頼む」


「ええ」


「はい」


「早速だが、君たちは魔術の方が得意だったな?ならばこっちでとりあえず弱い魔術から使っていってはくれないか?君たちの魔術がどれだけのものなのかを知る必要があるからな」


「了解しました」


「分かりました」




こうして復活を遂げた茉奈と夕美だったが、勿論そこにははっきりとではないが涙の跡が影を落としていた。




(やっぱり、完全復活という訳にはいかないからな…)




そうして周りの輪に溶け込んでいる茉奈と夕美を、陽はその端から見つめていた。自分にはもしかしたらあの二人を、夕美を救うカードを持っている。だがそれを切ることで自分にどのような影響が出るかは分からない。だがもしあの涙の跡が秋の為に流れた涙なのであったならば…。




(クソ。考えちまうなぁ…秋。お前の事恨んでやるよ畜生)




こうして陽は目線を外し、棒を振りながらでも思考の海に溺れていった。















「本日の訓練は終わりだ!皆よくやった!明日からの訓練も期待しているぞ!」


「「「「「「はい!」」」」」」




こうして訓練が終わるころには、もう太陽は橙色に染まっていた。訓練が終わると皆々自分の部屋に帰ったり汗を流したり、談笑をしながら部屋に帰っていく。だが陽はこのグラウンドにボッと突っ立っていた。少しばかりの考え事をしながら、ひたすらにその棒きれを見つめていたのだ。




そしてそこにはもう一つ、橙色の中に落ちる人型の影が落ちていたのだ。




「…………」


「何してるの?」


「ん?………ああ!茉奈さん?」


「ええ、そうよ」


「何か用でも?」


「いや、得にはないけど…」


「―――ああ、秋の事か」


「……ええ。そうよ」


「失礼で申し訳ないけど、あの涙はやっぱり、秋がいないから……か?」




陽は失礼だなと思いながらも、涙の理由を聞いた。それが陽にとって一番の理由であり、絶好の機会だと考えたからだ。これを聞かないと始まらなかったのだ。




「―――――正解よ。やっぱり貴方気づいていたのね」


「当然だ。って返しておきます。あれだけ露骨にアプローチをしていたんだ。しかも夕美さんを除く3人を置き去りにして、そりゃ気づきますよ。まあ秋は気づいていて無視していたのか気づいていなかったのかわかりませんけどね」


「…貴方よく見ているのね」


「ええまあ、これでも仲岡秋の親友だったんでね」




そして茉奈の口から飛び出してくるのは、いつも陽が頭のどこかで考え続け、忘れることのできない質問。いつも自分自身で問いを投げかけるその質問を、今度は茉奈にやられたのだ。




「……貴方はこの異世界をどう思う?」


「それを聞いてどうするんです?」


「……別に、どうもしないわ。」


「そうですか……」


「……話を聞いてくれて、ありがとう。助かったわ、それと貴方その喋り方似合ってないわよ。気持ち悪いぐらいにね」


「そりゃ、酷いな…」


「今の方がお似合いよ?吉鷹陽君?」


「およ?俺の名前覚えててくれたのか、そりゃありがとだ。そうだなぁ、こんなの柄でも何でもないんだけどなぁ…。じゃあ、しょうがない。これだけは言っておいてやるよ」




そして陽は、ここで勝負にかける。








「俺は君たち二人を、もしかしたら、本当にもしかしたら救う事の出来る“あるもの”を持っている」








「……なんですって?それ、詳しく―――」


「んじゃ、俺はこれで。ありがとな。俺の名前までわざわざ憶えててくれてて、今の言葉はそのお礼だ。あとは秋の分のお礼もかねてだ」


「ちょっと貴方。何を言って―――」


「それじゃ、また今度。まあもう喋らないかもしれないけどな」




こうして陽と茉奈のファーストコンタクトは、予想だにもしない形で幕を閉じた。そしてこの夕方のグラウンドの一幕は、後の大きな事態へとつながっていく大事な一幕になることを、茉奈と夕美はまだ知らない…。


(って、なんて俺恥ずかしい事してんだ……。嫌だなぁ~…。こういうのは秋にやらせるべきだろ。全く…)


そして茉奈と夕美を巻き込む台風の目は、今も放った言葉の生暖かさに苦い顔をしているところだった。




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