第47話

―――私はずっと。この檻に閉じ込められていた。








もう、いつまでいたのか分からない。何十年?いや何百年だったかもしれない。そんな数えるのも飽き飽きする様な時間。私はずっとここにいた。








―――目が開けられない。








体が1mmも動かない。例え梃子でも動けない。どれだけ力を入れても踏ん張ったとしても。永劫の時の中で瞼一つ動かせなかった。








―――いつからいただろう。








この水晶の檻。綺麗で美しくて、それでいて残酷で破滅的なこの檻に私はいつまで閉じ込められたのだろう。もう前すら見えない。目が開けられない。ずっと真っ暗なこの世界で、体すら動かない心だけの私。








音が聞こえない。耳が動かない。目が見えない。瞼があかない。体が動けない。心が動かない。音が聞こえなければ上下左右全てが宵闇に包まれている。








―――そんな時。“私の世界”に音が聞こえた。








ミシミシと。それは私の震えないはずの鼓膜を刺激した。








―――“私の世界は、宵闇から轟音に変わった。








ガラガラと全てが崩れ去る音。その音は私の耳には届いていなかった。いつから音が聞こえない事を当然としていただろう。私の耳は突然の音をキャッチできなかった。








―――目が開いた。








光。極光。わずかな光ですらももう懐かしい。宵闇だけが私の知る全てだったのに。その“光”は私の手を引いてくれた。








――――体が、動いた。








自分で動かせた。という訳ではない。重力に逆らって落ちただけとも言えるその体。だけど体が動くという当然ながらにして至上の出来事に、私の心は嬉しい悲鳴を上げ続けた。そして。








――――世界が変わった。








その感触は確かに人の手。空気と暗闇と水晶にしか触れてこなかった私の体。私の皮膚。私の感覚器官が今再び再起動を起こしている。そして同時にその人肌のようなぬくもりを感じると、その温かさに心がショートしてしまうような感覚。




私は全身の力を挙げてその熱源を見つめた。顔を上げて目をしっかりと開けた。目の中に極光が侵入してくる中、私はおぼろげながらにその人を見る事に成功したのだ。




それは言葉では表せない程の衝撃。感動。そんな言葉で表せない感情をもし仮に表すことが出来るのであれば、ありていな言葉を借りてここで言葉として伝えるならば、それは『運命』なのだと。『奇跡』なのだと。でも私の口からそんな言葉は出てこなかった。




私の口から出てきた言葉が一番ありていで、一番この状況を伝えているにはかけ離れているけど。それでも私は確かにこういったのだ。無意識のうちでもう動いていたのだ。深層の私がこう語りかけてきたのだ。








―――「王子様」と。








そして慣れない事をした代償に私の体と心は再びショートを起こしたかのような脱力と共に体を地面に預けた。















秋は紫水晶から出てきたこの少女を、まずは『黒翼のコート』で包み上げると、ゆっくりと抱きかかえるようにしてアルタに話しかけるのであった。




「確かまだ迷宮の外には魔剣が張り付けてあったよな?転移するぞ」


『ええ、了解しましたマスター。一応ですがここに魔剣群を置いていてもよろしいですか?もしかしたらまたここに来れるかもしれません』


「ああ、構わないぞ。とりあえず今はこの子を優先にしよう。ここの事も少し聞きたいしな。それに――――聞く必要がある。これからどうするのかを」


『イエス。了解しましたマスター』


「ああ、では行くぞ――――転移」




こうして、秋は本当の意味で迷宮70階層の踏破に成功したのだった。















「さて、これからどうするか……」




とりあえず秋は村に帰ってきた。迷宮踏破を成し遂げた秋はもうここに用はない。だがこの子の事もある為もう少しここに滞在しないといけない可能性が出てきたのだ。せっかくできた時間なのだから今後の方針を定めたい。と思っている。




今少女はベッドに寝かせている。黒翼のコートしか着る物がないためそれを羽織らせベッドの毛布を掛けている状態だ。息はしてる為大丈夫だとはアルタは言っている為秋は心配していないが、何かあったらスキルを創造する準備をしてはいたのだ。




そして秋はその少女が寝ているベッドに腰かけながら今後の事を考え始めたのであった。時刻は昼と夕方の間前後というなんとも微妙といえる時間だった。















時刻は夕方。太陽が白色から少し橙色に染まってきた頃。やはりも疲れもあったのか考え事の最中に寝てしまった秋を起こす。小さいながらも衝撃的な声が木霊する。




「うっ……んん」




秋はハッと目を覚ました。その声は明らかに今ベッドの上で寝ている少女の様な声色をしていたから。




「んっ………ううう…」


「おい。大丈夫か?起きれるか?返事は…?」




秋が急いで呼びかける。その呼びかけに応じるようにぱっちりと目を開ける。秋は急いで駆け寄り少女の状態を見守っていた。




「う……んん……こ、ここは…」


「ここか?俺が今借りさせてもらっている家だ」


「あ、あなたは……?」


「ああ、俺か?俺は秋。仲岡秋だ。お前が迷宮の最下層にいたからとりあえずここまで運んだ。どうだ?どこか痛むとか、体が怠い。動かないなんかはないか?」


「…………ない。」


「ああそうか。それは良かった。体は大丈夫か?」


「…………だいじょうぶ。」


「それは良かった。とりあえず俺の方の質問にも答えてもらってもいいか?」


「………ん。」




そういうと少しずつ体を動かす少女。毛布をどけようとして今自分の体の状態に気づいた。そう、コートをかけている状態で他は何もないというこの状態に。




「……ああ、すまない。迷宮の中では自分の衣服しかないし、俺も旅をしている身でな、少女の体に合う服なんて持ってなかった。今羽織っているコートで体を覆ってここまで運んできた。本当だ」


「………………」


「さすがでここで信じてもらわないと少し困る。迷宮70階層で少女が倒れているなんて想像できるわけがないだろ?信じてほしい」


「…………ん。助けてくれてありがとう」


「どういたしましてだな。それじゃさっそく聞きたい事があるんだが―――」




こうして秋とこの少女の事情の聞き取りはしばらく時間をかけて行われた。















「まず、何で君はあそこに?」


「ん。分からない。けど、裏切られた」


「裏切られた?」


「ん。裏切られた」


「誰に?」


「昔いた国の宰相」


「いつから?」


「大分昔。……多分だけど。20~30年とかじゃ、ない」




こうして少し話が暗くなる。秋はそれを察すると、少しでも多くの事を聞き出したいという思いで次の話に行った。




「…じゃあ次の質問。君の名前は?」


「名前………名前…何?」


「いや、俺が聞きたいんだが…」


「名前……名前?」


「いやいや、名前を教えてくれないか?俺が呼ぶとき『少女』とか『お前』とかは困るだろ?」


「名前…あなたが呼ぶときに必要なら、あなたが、つけて?」


「……え?いや、何を言ってるんだ」


「名前。忘れた。もう覚えてない。なら、新しい名前、ちょうだい?」


「――――はぁ……ちょっと厄介な事になったぞこれは…本当に、本当に名前覚えてないんだな?」


「ほんと。覚えてない」


「はぁ……じゃあそうだな、そうだな……『リア』。なんてどうだ?申し訳ないが特に意味もない、単純に発音がスムーズな文字を並べただけの物になるが、それでもいいなら名前を思い出す間ぐらいはそう呼ばせてもらうが、気に入らないならもう一度考えるけど?」


「リア……リア……うん。リア。これでいい。これがいい」


「そうか、喜んでもらえてこちらとしても嬉しいよリア。じゃあ名前も決まったことだし、もう少し君の事を聞いても?」


「ん。……いい」


「君は何歳なんだ?……聞いてもいいのかは分からないが、一応聞かせてもらっても?」


「ん。…女の子に年齢を聞く、のはマナー違反」


「ぐっ……」


どこの世界でもそのルールだけは変わらないのか…。と項垂れる秋を見たリアが、クスッと初めて笑みを漏らしながら答えてくれた。


「でも、私が水晶に閉じ込められた時…確か…14歳?…ぐらい。」


「……そうか、ありがとう。マナー違反は悪かったよ」


「ん。いい……秋なら許す」


「ありがとうよ」




こうしてまたリアと秋は話を続ける。その姿は太陽が沈むまで続いた。















「最後に―――リア、君のこれからだ」


「……ん。」


「リア…そうだな…君の選択肢として俺が用意できそうなのは二つ。一つは俺についてくる。けど正直お勧めしない。事情は言えないが危険な旅になると思うぞ…間違いなく。だ、二つ目はこの村の住人として認めてもらう。その時は俺もしばらくついて、君がこの村に溶け込んだ時には旅を再開する。これが一番おすすめだ。助けた以上ある程度まで面倒は見るが、そこまでになるだろう……後は君の人生だ。さあ、どうする?といっても二番目が一番賢い選択だと思うが」


「ん。————決めた。一番目で」


「…理由を聞いても?」


「名前をくれた相手と一緒にいたい。一人じゃ不安だし……たとえ危険だとしても、私はこっちがいい…」


「だが、それでも俺の旅は過酷だ。もしかしたら———じゃ、ないな。ほとんどの確立で国とか、そういったとても大きな単位で敵を作り、それを相手にしなくちゃいけないかもしれない。俺は力が欲しいから強大な魔物と相手をしているかもしれない。その時…非力な君はどうする?俺が助けた命を無駄に捨てに行くようなものだ。やめておいてくれ。俺が助けた意味がなくなる」


「――――力なら、ある。」


「……それは、どんな力なんだ?」


「私の魔術。私の魔術は大軍用。戦争でも私の魔術は切り札として使われていた。この力があったから私は封印された」


「――――どういうことだ?」








「私は吸血鬼。戦場に出て、負けて、魔術の才能と吸血鬼の力を持っているのが私。私は国の皆から『呪われた魔女』と呼ばれた。」


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