第46話


そこは迷宮の外。地下では味わえない太陽の光を受けながらも秋は迷宮攻略最後の階層。70階層へと向かっている魔剣群を操り攻略を進めていた。だが、




「……俺が行く」


『――それは、あの竜とマスター自身が戦うという認識でよろしいですか?』


「…ああ。少しばかりは俺も動かないとな」


『――――かしこまりました。マスター』




そしてついに、秋自身が動く。長く秋の創造物のみでこの迷宮を戦ってきたのだが、ついに秋が動く。それは気の迷いなのかもしれない。秋のただの思い過ごしなのかもしれない。でも、確かに秋は思ったのだ。感じたのだ。“ここで戦わねば”と。“奴が、俺との再戦を求めている”と。















『それではマスター。開始します』


「ああ、始めてくれ。無理のない程度で頼む。最優先はあのドラゴンの攻撃でお前の部隊に被害が出ない事だ」


『了解しました。それでは始めます』




アルタの始めるというその言葉の意味。それは秋がこの迷宮で新たに手に入れた能力。魔剣創造スキルに追加された能力『支配空間<グリード・ワールド>』




その能力には一つだけデメリットが存在した。“空間を支配する”というその強力な能力の代償に、戦闘時に指揮官である剣が機能のリソースを全てそちらに割かないといけない。つまり一群が空間支配の能力を発動すると、文字通り一群が使い物にならなくなるのだ。それは油断ならない相手―――そう、あのドラゴンのように強い相手では、明らかな致命傷となるのだ。




だがそれを補える能力を持つアルタがいるからこそ、初めてこの能力が運用可能になるという事だ。それだけアルタの存在が大きいのは、もう隠せない事実といえよう。




『支配完了まで、あと3、2、1――――完了しました』


「了解。――――――んじゃ。始めるか」




こうして、秋は再び出会う。自らを試練の壁として行く手を阻み、そして秋の進化へと至るために、それがまるで自然の原理と言われんばかりに踏みつぶされた。だが、決して王としての立ち振る舞いを変えず、弱みを見せず。ただ死ぬまで王として君臨していたドラゴンが、今再び、王として進化した秋と対峙する。それはまさに第二ラウンドのゴングが鳴ったリング上の様だった。




―――転移時の極光が、まさに二者の試合のゴングとなり果てた。















―――両者。対峙する。




お互いが異世界でも再びぶつかり合う。例えそれが迷宮で創造された魂なき哀れな竜だとしても、その動きが例え迷宮によってコントロールされていても分かる。魂無き肉体に、迷宮の忠誠心が埋めこまれていたとしても伺える王としてのその輝きは。




(やっぱり、似すぎているな…)




秋は極光で照らされた直後の70階層で、再び神界で戦ったレイオニクス・ドラゴンと対峙する。その王の輝きは健在。立ち振る舞いもまるで王そのもの。綺麗で鋭く。それでいてどこか温かい。全てを内包し全てを飲み込む。王のドラゴン。だが秋には分かるのだ。今、再び異世界で二度目の対決を迎えようとしている秋には分かるのだ。




―――やっぱり、偽物だ。




その心がどこかちらついた。それが直感というものなのだろうが、それでも確信に変わるまで時間はなかった。


全てを内包する王としての才能ともいうべきその力に、少し遺物の様なもの。例えるなら殺意や焦りなどが混じっているのが対峙しているその眼を見て一瞬で理解できた。それは王には不必要なものだと知らないが故。




レイオニクス・ドラゴンの贋作、偽物。イミテーション。この迷宮の最後を飾るボスに相応しい名前を与えるとしたらこうだろう。『マスターピース・ドラゴン』




マスターピース。その名は傑作。無知で愚かな製作者が作り上げた傑作マスターピース。それがこの哀れなドラゴンの名前。愚かな者が傑作として称えたとしても。なんの価値も湧きはしない。それが『贋作』であることを知っているが故に。




秋とマスターピース・ドラゴンは対峙を続ける。この地下深くで睨みあいを続けている。いくら贋作とは言え強い事は知っている。秋もマスターピース・ドラゴンもまたこの事を知っている。つまりは膠着。お互いの隙を伺い、お互いが獲物を狙う殺戮者の様にお互いが崩れる瞬間を待っている。




だが―――。この試合には、明確な終わりがあるのだ。








(ああ――――終わりだ。)












一閃。












「悪いな―――昔と違って。俺は止まってなんてられなかった。俺には目的があるからな……”偽物”ぐらいなら、一瞬で倒せるぐらい強くなったんだよ」








その瞬間。そのマスターピース・ドラゴンは愚かな傑作。贋作としての役目を終えた。




秋の手には、確かに『創刀:百忌』と、そこに付着した人間のように紅く美しく、それでいて残酷な赤黒の血が誰にでもわかる程に付着していた。















―――マスターピース。“傑作”という意味を持つその竜を倒した秋。そしてついに。迷宮攻略が完了した。















「さて、問題だが…」


『ええ、どういたしますか?―――この紫水晶の中に入っている少女を』




そう、それが問題なのだ。少女は確かに生きている。それはアルタが保証している。おそらくだが紫水晶に存在している強大な魔力が、生命維持装置の役割を示していたのだろうと推測できる。しかし先ほどの戦闘。あのドラゴンは強大な魔力を使い戦闘を行っていた。そして、その強大な魔力は、あの紫水晶から供給されていたのだから。




『生命維持の魔力が弱くなっています。このままでは、後数分で魔力の供給は止まり、そして数分後には窒息で死に至るものかと推測されます』


「…………壊して、その先どうする?面倒を見るのか?」


『…………』




そう、秋は目的のためには手段を選ばない。そう誓ったあの時から、親友と信用している神様の前で誓いを果たしたあの時から、そのためのみに注力していた。




『私はマスターのご決断に従う者。故にマスター。貴方がいかにどんなことをしたとしても。私はついていきます』




アルタの声が響く。それは確かに脳内に木霊していた。そして秋もまた、思考の奥底に眠り潜っていく。








――――お前は、目的の為になら人の道を外れてもいいと思っているのか?








意識の奥底。秋の深層。その深い深い先で、秋の意識が微かに叫ぶ信号。それはアルターの発言をトリガーとした仲岡秋の本心。それが秋の深層に浮かぶ心。そして今、それがはっきりと、だが微かに聞こえた。




「――――――人を捨てるな。か」




秋は確かに理解した。自分の力が“人ならざる者”が持つという事は、他の誰でもない。使っている秋自身が知っていたことだ。そして同時に恐怖を覚える事もあった。だが、秋は自ら人を捨てようとしていたのだ。人の道を外れようとしていたのだ。








――――バァァァァァァン!!!!








銃声が轟く。




秋の発した弾丸は5発。銃声は1発。その高速の一撃は、確かに紫水晶の弱点を確かに射抜いていた。




秋の魔眼で確認すると、魔力を示す赤い点が、微かに弱い箇所が5点。そこを正確に、一瞬で射抜いたのだ。




―――ピキピキピキ…




砕ける。割れる。そんな前兆を示す確かな音。少女の体には傷一つ点けず、ただ正確に弱点のみを射抜いた秋の一撃で、ついに少女はこの檻から出られる。






―――バリンッ!!!






確かに割れた轟音。中から力なく飛び出る少女。割れた破片に気を付けながら、秋は『黒翼のコート』を羽織らせ、同時にしっかりと抱きよせるように掴む。




その少女は可憐だった。金髪で青い眼。まるで西洋の物語に出てくるヒロインの様だ。人間離れしている可愛さに、秋もまた心奪われそうになった。




「う…あ……おうじ…さ…」




そう微かに声をたて、その可憐で面妖な少女は眠った。秋の肩に顔をかけ、確かに抱き寄せるような形で。




「アルタ。生命の危機が感じたら知らせろ。スキルでどうにかする」


『了解いたしました。マスター』








こうして、秋達の迷宮攻略は幕を閉じた。






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