第45話

太陽が昇り、異世界の人々も現代社会の人々もすでに動き出してもおかしくはない時間。60階層ボスを魔剣群から進化した魔獣の剣群により突破した秋とアルタたち、そこには秋にとっての感情の動き。「気に食わない」というただそれだけで圧倒して勝利するというなんの危なげもなく勝利してしまった。




そして61階層。ここからはもう迷宮として王道とも言える魔物の強さがものをいう弱肉強食のもう一つの生態系、その壮大で雄大で、それでいて全てを飲み込み喰らいつくす生命の循環が、再び鋼鉄の魔獣剣たちを襲おうとしていたのだが。




『はぁ……』


「どうした?アルタ」


『はっきり言って、この魔剣の強化幅が異常なんですよね…正直今の60階層のレベルとこの進化した魔剣群のレベルの上昇幅には差がありすぎます。例えるならこの強化魔剣群ならこのレベルであれば40階層と同じレベルで突き進むことができます』


「おお、それはまた…」




そう、強化幅がひどすぎるのだ。もちろんいい意味で。




ここでもしかして忘れているのかもしれないので改めて示すのだが、今回の魔剣群の強化の能力は魔力3万に匹敵する。だがこの魔力量は“おかしい”のだ。




人がそもそも20万という魔力を持っている時点でおかしいのだ。魔力100でも十分な威力の火の玉程度なら出せる。1000あれば中~程度の魔術を使えるのだ。そしてその中~程度の一般的な魔術なら使うことができる。そして今回の魔剣強化はその一般的な中~程度の威力が放てる力の源を数字にして30倍も濃縮して使っている。これはスキル自体が魔力をバカ食いするからというのも十分ある。あるのだが、それを差し引いてもおかしいのだ。そしてその魔力がスキルとして顕現して、その分だけ強化されている。つまりはそういう事なのだ。




そう、つまり強化幅がおかしいというのはそういう事なのだ。




秋の異常。何回も言ってきているこの言葉だが、やはり仲岡秋の力は創造の力なのだと誰も理解できる瞬間だと思う。




『やはりマスターは色々と規格外のお方ですね』


「お前には言われたくないがな、アルタ」


『その言葉、そっくりそのままお返ししますよ―――それで、突っ切ってもよろしいですか?』


「ああ、頼む。ボス部屋前まで来たら教えてくれ」


『イエス。マスター、この魔剣は強力なので、そうそう時間はかからないと思いますよ』




こうして、アルタは迷宮のラストボス前のダンジョンを突っ切る。迷宮区の最後の関門として言われているこの60~階層を瞬間で突破できるその力は、まさに規格に当てはめる事の出来ない力といえるだろう。















「ついに来たのか……」


『ええ、中々に苦労もかかりましたが、この光景を見る事が出来て光栄です。マスター』




そして秋は感覚の同調で、アルタは操ってるが故の能力で、69階層の魔剣群と感覚等を同調させそして一転にそちらを見つめた―――そう。70階層に続くボス部屋だ。




「―――アルタ。行くぞ、最後だ」


『ええ、了解しました。魔剣群も最後の戦い。全身全霊で臨みます』




こうして、魔剣群たちが全て集いドアの前に集まる。そしてそれを歓迎するように、ドアが大きく音を立てて雄大に開く。魔剣群たちは恐れる事なく中に入っていった。




中は暗闇、そしてかろうじて見えるその先には階段がついていた。やはり最後という事もあり、69階層から70階層までの階段も全てボス部屋の一つとしてつながっているという事なのだろうか。




隊列を崩すことなく階段のあると所に沿って魔剣を進ませていく。いつ戦闘が起こってもおかしくない。その心意気が迷宮にも伝わっているようで、同時に魔物がいないのに警戒態勢をとっている魔剣たちをあざ笑っているかのように暗闇は続いた。魔剣たちは恐れることなく中に進んだ。




光が見える。大きな光で、それは大きく丸い形をした入り口から漏れているようだ。白い光。全てを飲み込み浄化する様な白い光。魔剣群はその光を割くように進む。そしてその光を伝う先にあったのは―――




―――真っ白な部屋と、白い光を受けて神々しく輝いている紫の宝石。




一言で表すなら、それしか無かったのだ。一言で表せない程に綺麗な、まるでこの世のアメジストを全て集めて混ぜ込み、綺麗な所だけを掬い再び固めた、まさしくこの世の至宝というべき神の紫結晶。そしてこれまたたった一言でしか言い表せない程に何もない白い部屋。その二つだけなのだ。




「…アルタ。周囲の警戒と情報収集。」


『了解。マスター』




そして魔剣群を広く横に広げながら白い部屋に散らばっている。勿論一群一群に警戒を怠るようなことはしない。




そして神々の紫結晶にたどり着き、秋が息をのみアルタが冷静に忠告した。




『この中に……生命反応はあると思われます。』


「―――俺も驚いている。まさか―――








―――この紫結晶の中に、人間がいる。








まさかとは思った。秋もこれはないだろうと心の中で一瞬否定した。だが同時に事実は感覚を共有して脳天を突き抜けた。つまりはそれが事実。アルタが言うのだから間違いなく彼女は生きているのだろう。




『まずはこの結晶の解析を―――――』


「……!!!アルタッ!!!上だっ!!!」




秋の忠告。それは念話を行うでもない声として発せられた。感覚共有をしていても分かった。上の方に強大な魔力が一瞬で顕現したことを。




そしてアルタはまずその事実の確認と裏付け、そしてそれに基づく動作を同時に行った。つまりは魔剣群をひかせると同時に上に注意を向け、敵の存在を解析すると同時に敵の位置を感知する。秋の感知能力とアルタの支配力や行動力などの全てが整い、かろうじて敵からの感知外からの攻撃は免れた。




そして上に存在を向けた魔剣群は、その存在を一瞬で見失った。




『!!!馬鹿な!!』




アルタも動揺をわずかだが見せる。感知したと思われる敵がまるでテレポートしたかのような速さで消え、そしてもう一度感知にかかるころには別の場所にいたのだ―――そう、あの紫水晶の元へと。




「あいつ!!まさかっ!!」




秋が叫ぶ。そう、魔物とは魔力を喰らい生きる存在。そして紫水晶に魔力が、それも70階層という奥深くで眠りについた少女を生かすレベルでの魔力。それを狙わないわけがない。




紫水晶の魔石は魔物に吸収されてしまった。それがどのような事実を生んでしまうのかは、一瞬で理解できた。




――――ピカアァァァァァ!!!!




極光が魔剣群を襲った。感覚共有をしていた秋もまたその光景を目撃していた。




極光の中で進化する獣。先ほどまであの素早い速さで認知は出来ていたものの姿形までは確認できなかったこの迷宮のボスが、ついにそのベールを解き放つ。




極光の中に垣間見る、四本の腕や足の様な物。更には―――翼。






その体は2倍3倍と瞬間的に膨れ上がり、その魔物の大きさがやがて極光を飲み込んだのだ。






そしてそれはついに誕生した。この迷宮の全ての上に立つ最強の魔物。迷宮という意志ある存在が己の存続をかける最後の駒であり、迷宮が全幅の信頼を置く最強のナイト。






そしてこの異世界で一番強い存在を模倣した物。迷宮は思考する。そして知る。この世界で知られている一番強い存在はと聞かれると、人々であってもこう答えるだろう。そう『竜』と。






四足で体を起こし、翼を大きく天高くに伸ばす。姿は純白。だがこの白の部屋とは違う煌白ともいうべきその白は、白の部屋の白とは違う純度の高い白。何者に汚すことのできない絶対の存在としての現れが、この煌白にしっかりと浮き上がっていた。




竜。またの名をドラゴン。現代ではドラゴンとは『竜』と『龍』の二種類に分かれており、西洋と東洋の違いでその姿形が分けられているが、今回のは『竜』だろう。西洋のドラゴンの王道ともいうべき見た目をしている。




そしてその煌白のドラゴンが、一歩を踏み出した。




王者は鳴く事をしない。自らが強い事を知る者は他者にもその力を理解させようと世界に発信を繰り返す。だがこの竜は違う。自らが強い事も、自らの力が半強制的に他者を恐れさせる程の力を持っている事を理解しているが故に、自らの存在が他者を脅かす強さを知り、それを持っていると確信しているが故に。




王者のドラゴンはまた一歩を歩む。その姿は敵でありながらも優雅であることを忘れない。王は全てを知り、見ると同時に全てを見られているとわかっているが故の一歩。何者も恐れない王としての一歩。




そして王者、いや皇のドラゴンはその目に初めて。殺意を入れた。






「…………」


『どうかしたのですか……マスター』


「…こいつは、俺がやらないと駄目だ」


秋の目が少し輝いて居たことを、主の側近たるアルタは理解していた。


『……なぜ?』


「だって、あいつに似てるんだよ。俺を変えたあいつに…な」


『……申し訳ありませんマスター。私には分かりません』


「ま、そうだろう。いくらアルタでも人間の感情までは分からないって言ってたからな、教えておこう」






―――似てるどころじゃない。全て同じなんだ。あの目、あの踏み出し方。そしてあの立ち振る舞い。






「そうだよ…似すぎなんだよなぁ…」




秋にとっての『同郷』。あの時あの場所で、「王」としての強さを教えてもらい、そして今の秋を形作るパズルのピースの一つ。


あの時初めて死という物に近づいた。あの時初めてスキルというものの大きさを知った。秋が強すぎたせいで、あの王龍の前に戦っている敵たちは本当の意味で秋を育てていたわけではなかったのだ。


始めて『戦い』を教えてくれた。王たる龍は今再びこうして、秋の目の前に現れてくれたような。秋をもう一度見ているような、値踏みしているような錯覚を、他ならない秋自身が覚えたのだ。例えそれが自分の中の錯覚だったとしても。従ってみたかったのだ。








――王の中の王。あの時神界で試練として俺の前に立ちふさがった。『レイオニクス・ドラゴン』に。










  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る