第44話


『さて、行きますか』




50階層のボスをまるで何事もなかったかの様に圧倒したアルタ。だがもう目の前のボスだったものには興味すら示していない。興味はたった一つ、51階層への扉ただそれだけだった。




「ああ、そうしてくれると助かる」




秋も勿論ただの肉の塊に興味なんてない。あるのは迷宮攻略でありそして目指す先は迷宮踏破だ。だが迷宮はただ攻略されるためだけに存在しているのでは断じてない。迷宮はそんなに甘くないのだ。そして秋とアルタはその底力を、とくと思い知らされることになる…。















――51階層攻略


――魔物撃破。魔力吸収。魔物撃破。魔力吸収。魔物撃破。魔力吸収。魔物撃破。魔力吸収。魔物撃破。魔力吸収。戦闘アルゴリズム解析完了。


―――52階層攻略


―――魔物撃破。魔力吸収。魔物撃破。魔力吸収。魔物撃破。魔力吸収。魔物撃破。魔力吸収。魔物撃破。魔力吸収。魔物撃破。魔力吸収。魔物撃破。魔力吸収。戦闘アルゴリズム解析完了。


――――53階層攻略


魔物撃破。魔力吸収。魔物撃破。魔力吸収。魔物撃破。魔力吸収。魔物撃破。魔力吸収。魔物撃破。魔力吸収。魔物撃破。魔力吸収。戦闘アルゴリズム解析完了。


―――――54階層攻略


―――――魔物撃破。魔力吸収。魔物撃破。魔力吸収。魔物撃破。魔力吸収。魔物撃破。魔力吸収。魔物撃破。魔力吸収。魔物撃破。魔力吸収。魔物撃破。魔力吸収。戦闘アルゴリズム解析完了。




そしてついに55階層。危なげもなく攻略を進められた秋とアルタだった。だが迷宮は甘くない。迷宮は生きているとさえ言われるその所以。迷宮のその底力の片鱗を疑う事になるのは、55階層の攻略が中盤に差し掛かったあたりからだった。




(これは……魔物の動きの特徴。アルゴリズムなどに未知のパターンが存在している……しかも。パワーが前回戦闘データを採取した際の魔物と段違いに違うっ……これは、進化?)




アルタはその解析能力があるからこそ分かった事実。魔物が進化し、独特の動き――今までに見たことのない思考を抱き、そしてそれを元に行動しているという点。




―――55階層攻略完了。




そして56階層に差し掛かった時点で、アルタは少しばかり驚愕した。




(進化のレベルが…想像以上に大きい…)




そう、55階層と56階層の魔物の行動や能力の差がアルタが思っている以上に大きかったのだ。




(このままいけば…)




―――いずれ、魔物の進化レベルと魔剣の性能レベルに、絶対的優位が存在しなくなる。




アルタの未来予知すら可能にする演算機能が、その結果をたたき出した。だが、アルタはただの思考するスキルなんかではない。人格を有し、主に仕える従者故に、主の剣を預かる者として、負けるわけにはいかないのだ。




(フフフ。アハハハハ!!!これでこそ我が主の期待に応えられるという物です。いいでしょう。ええいいでしょう!私の力をとくとご覧に入れましょう!)




今もなおアルタの主は視界を共有しアルタの戦いを見てくれているのだ。これで失態など晒せるだけがないだろう。とアルタは覚悟を決め戦場へと赴くのだ。




―――56階層。攻略完了。




だがアルタが求めているのは“圧倒的勝利”であって、“勝利”ではない。“圧倒的勝利”が難しいというだけで、勝利する事自体は造作もない。つまりアルタにとって、勝利することは確定事項。言ってしまえば『大前提』なのだ。















57階層。やはり魔物の知能は上昇し、肉体能力は魔物特有の能力も大きく向上している。これは迷宮が生きているからであり、アルタが迷宮を解析すると同時に迷宮もまたアルタのパターンを解析しそれを超えるための手を打っているからなのである。




そう、迷宮は無機物などではない。迷宮は生き物。生き物故に思考をする。知恵を絞り案を出し、これで勝てるという確信や不安、期待と共にその案を実行する。失敗すればまた思考を繰り返す生きた存在なのだ。これに対しいくらアルタといえども『演算』という行動自体が過去にしか振り返ることができない。故にアルタがどれほど優れていても過去を参照する事しかできない演算に、迷宮の生きた部分にどう対応するのか。そこがアルタに求められている完全勝利の道筋なのだ。




今や魔剣の数は120本を突破している。これは驚異的な数値だ。あの魔剣は能力を多く詰め込んである分生成コストも馬鹿にはならない。いくら増殖できるからといえども限度というものがあると秋は思っているのだが、それを軽々と超えるレベルでアルタと迷宮の戦いが激しくなっているのだ。




魔物を切り伏せる。そして次の魔物に向かう。途中で見方が苦戦している様なら手の空いている魔剣群を向かわせ対処する。どうやら迷宮は魔剣群に立ち向かえない奴と立ち向かえるレベルを誇る強さを持つ魔物をランダムに配置し、分断したところで少しずつ削っていく作戦にシフトしているようだ。だがアルタはこれに対応するべく攻略スピードを削って魔剣群一つを遊撃にシフトさせる。魔物を扱う将と魔剣を扱う将の一騎打ちが始まっているのだ。




―――57階層攻略完了。




そして、思考速度の速いアルタが勝ちを奪うのは、もはや当然とまで言えてしまうのが少し悲しいところなのだ。















迷宮は挑戦者であり侵略者とも言えるアルタの魔剣群を退けようと思考を繰り返し、そしてその思考に基づき様々な策を展開していく。だが迷宮はアルタの怖さを知らない。その脅威を思考する事も出来ない。そういう意味でもう迷宮はアルタに負けているのだ。屈しているのだ。




(策が来る。と分かっている時点で、元々我々が有利な立場にあることに変わりはなく。いくら策を隔てても我が主の創造した魔剣群の圧倒的能力から湧き出る力関係の優劣までもが変わるわけでもない。そして策を乱立している時点で、過去から未来への思考演算ができるこの私に、元々勝ち目など存在しないのですよ)




―――貴方の様な『迷宮』如き。この状況、この盤面ならどうとにでもなるのです。




―――58階層攻略


――――59階層攻略




そしてアルタは、60階層ボスへと挑むのであった。















60階層。それは70階層ラストを飾る手前。つまりはラスボス前の最後のボス部屋という事になるのだ。これにはさすがのアルタも完全攻略まで手がかかるところまで来たことに喜びを感じていた。




『マスター。それではボス部屋に行きます』


「ああ、了解した」




マスターである秋の確認を取り、アルタはボス部屋の扉に魔剣群を近づけた。扉がゴゴゴと音を立てて開く。魔剣群を進める。




そして魔剣群の全てが中央に来ると、闇が一気に晴れて、そしてその奥から現れたのは、秋が創造し、この迷宮を攻略しようとアルタが進めている魔剣群そのものだった。















「…アルタ。これはなんだ?」


『はい。おそらくですが迷宮が私達の魔剣群を模倣したのかと。それでなら勝てると思ったのでしょうか…どちらにしても愚かな事です』


「………なぜかな…気に食わない」




そして秋がぼそっと呟いた直後。敵の魔剣群が一気に突進し、アルタ率いる魔剣群に突撃を仕掛ける。固さや大きさ等はほとんど同じ、硬さにいたっては同じにまで仕上げてきている事に驚いてもいいレベルだ。秋の創造物と張り合っているのだから。


だがなぜだろう。秋は心の中に不浄な存在が湧いているのを感じていた。それはこの数日ではあったが、自分の代わりに全てをこなしてくれた魔剣。それらを指揮していたアルタに向けて。迷宮が「自分もこれぐらいならできる」と言っているのが容易に想像できるからだろうか。


またもしくは、自分が創り上げた『作品』ともいえる、数日で創り上げた数百もの魔剣を、今まで散々『迷宮』を蹴散らしたこの作品を、蹴散らされた側が模倣しているというこの事実にだろうか。


自分が創造した武器や防具はスキルの産物であり、使い捨てることは簡単なはずだった。その選択ができない秋ではなかった。なのになぜ、今秋は心の中にどこか不浄を抱いているのだろうか。


答えは秋にも分らない。だがしかし一つ言えるのは。自分の作品を模倣し、あまつさえそれを自分らに差し向ける傲慢が、今は心から許せないという事だけ……。




「————気に食わない」




秋がまた一言呟いた。敵の魔剣群は突進を仕掛けては一本ずつ相手をすると言わんばかりに一対一の状況に持ち込もうとする。アルタが一本加勢につけると敵ももう一本やってくる。




「気に食わないな」




そして敵の魔剣群はどんどんとその数を増やす。そしてついにはアルタ率いる120本弱の魔剣群の数を上回る150本が戦場に投入された。




「―――仕方ない。本当はアルタが苦戦したら切る手札の一つだったんだが、どうやら50階層後半から敵も強くなっているみたいだしな。今が切りどころだったんだろう…」




そうして秋がつぶやく。アルタは苦戦しているとまでいかないものの状況が拮抗していることから実力は30本の差を鑑みても同じという事。




「アルタ。俺は今から魔剣の支配能力を使う。少し耐えてくれ……それと、お前なら操れると信じている」


『―――了解しました。マスター』


「ふぅ……『支配空間グリード・ワールド』」




そして、秋がスキルの能力『支配空間』を切り魔剣のレベルを上げる…わけではない。ただ“解放”するだけ。




そもそも魔力を喰い魔剣を増殖させるという能力“だけ”なら魔力の消費は7万程度で創造可能だったのだ。では残り3万の能力は何が入っているのか?




そう、秋もまた考えていたのだ。アルタが苦戦していたあの時の様な事を起こさないと、そして同時にゼウスの神界で戦闘訓練を積んでいた秋は分かっていた。魔物の動きが劇的に変わっているという事実に。




それを踏まえて秋が持ってきたのは、他の何物でもない魔剣自体の能力レベルを数段向上させるための能力。『支配空間グリードワールド』が発動した際をトリガーとして発動し、魔力3万をつぎ込み創造したその能力の名前は。




強欲魔獣ビースト・グリード




そしてその瞬間。赤光が60階層の地下深くで轟き木霊した。















秋の魔剣群の色や形と、迷宮が作り上げた贋作魔剣群の色や形。どれも似ているところが大勢あり、真似したと一瞬でわかるような作りになっている。ただしその赤色だけは真似していない。いや、正確には“真似出来なかった”が正解なのだ。あの深く、深層に響く紅の赤光は装飾ではない。魔剣が能力を発揮するときの副作用として漏れ出る魔力の光。それは獣の如き力の放つ光―――たかが贋作に真似出来る光なのではないのだ。




そして今、その赤光が60階層全てを飲み込んだ。




そしてその瞬間。贋作の魔剣群は全て、この世から消え去ったのであった。















魔剣群のリミッターを外した。と一言でいうのは簡単だが、実際にやってのけるのが秋の化け物足る所以。その赤光は魔剣がその力の全てを出し切れるという合図。




そして魔剣は今までの力以上のスピード・パワー・耐久力・鋼鉄性を有するようになった。これによりさらに魔剣群は強さを増すのだ。迷宮の魔物だけが進化するなどという事は決して起こりえないのだ。




ちなみに言うと、秋が何故追加の魔剣の創造や強化をしなかったかというと、この『支配空間』を使うための魔力の補給というのが理由に当たる。55階層・56階層で見た魔物の動きに違いがありすぎたため、用心のためという事で秋が用意していたのだ。




そして勿論、化け物魔剣がさらに化け物になったこの魔剣群たちを扱えるアルタの力もまた、この60階層の瞬殺に貢献したといえるだろう。そして同時にアルタの力がまだまだこんなものではないという証明にもつながったのではないだろうか。従者は主の為に進化できる。アルタもまたその例外ではないという事だ。




「行くか。61階層に」


『ええ、この強化された魔獣剣群なら瞬殺です』




アルタ・秋。そして魔剣群改め魔獣剣群。全ての力が集い迷宮を圧倒する。最下層まで残り10階層。時刻はようやく昼を回ったばかりだ。






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