第39話

―――30階層ボス。攻略完了。




その知らせがアルタから届いたのは、20階層のボスを瞬殺してからおよそ20分後の事だった。




秋はいまだに魔力回復の結界から出ないまま、もはや地面に胡坐まで書いている楽な姿勢のままで、アルタとの脳内映像に一人勝手に興奮していた。




何といってもゲーマーな秋は迷宮という物がリアルに見れる光景に興奮している。ドットや画面の中にしかなかった景色が脳内でリアルに映し出され、しかもそれを攻略しているのが魔剣の群体で、そしてしかもそれが圧倒的なまでに力を持ち蹂躙しているさまは、秋からしたら間違いなくゲームの抜け穴と同じ楽しみ方をしているだろう。魔剣で攻略するという半ば反則じみた行為を自分の手で繰り広げているのだから興奮するのも無理はないと信じたい。




「お?おお!おお……」


『マスター。30階層攻略完了です』




30階層ボス『タイラントスネーク』は、スネーク。という文字の通りヘビの魔物で、とてつもなく大きい、それでいて炎+溶解液や毒なんかの攻撃を繰り出す一般的にとても強い相手になるのだが、もちろん難なく攻略。途中溶解液に溶かされるかどうかや、蛇が魔剣を一本丸のみにしたときは冷や冷やした場面もあったものの、一群も失う事なく撃破した。




「やっぱりといっては何だが、少してこずっている場面もあるな。さすがは30層といった所か」


『はい。さすがにこの世界でも強めの迷宮として人々に認められるだけはあります』


「まあいい。増量は間に合わなそうだ……さて、どうする」


『いいえマスター。手こずるだけです。瞬殺できなかっただけで確殺する事は出来ます。まだまだ戦えますよ』


「そうか…じゃあ任せる。俺はしばらく魔力の回復を待つよ」




秋は一応に備えて魔力を5千は残しているのだが、それでも秋の魔力の上限は30万。その内の29万5千は魔剣を創造しては迷宮攻略の糧にしているのだから。




ちなみにといっては何だが、倒した魔物の素材は回収できないものの、倒した魔物の経験値は全て秋に入っている。そして数百の魔物の経験値で秋は3レベルが上がったのだ。数百の魔物を屠っておいて3しかレベルが上がっていないのは、秋は3千の魔物を一撃で仕留めた際のレベルアップを経験しており、生半可な経験値では足りないのだ。それでも迷宮内で数百は倒しているので、3レベルも上がったという訳だ。




==========




仲岡秋


15歳


職業:???




レベル:148




ステータス


筋力:69000


体力:67400


魔力:316000


魔耐:217000


俊敏:69800




スキル


・スキルランダム創造


・運命と次元からの飛翔


・完全武装術


・極・魔導法


・真魔武具創造


・メーベル=アイズの盾


・真血の極眼


・存在格天元突破


・空間の異箱


・大賢者:或多<アルタ>




==========




普通は3レベルしか上がってないだけでステータスの値が千も二千も増えるなんてありえないのだ。だがそこは秋クオリティ。スキル『存在格天元突破』のスキル能力のおかげだ。このスキルの効果はレベルが上昇した時のステータスの上昇値を上昇させる効果を持つのだ。




参考までにこの異世界での平均ステータスは、個体差にもよるが非戦闘員で100~350程度。戦闘を生業にする冒険者などは、ピンキリ存在するが一番下で200~500。一般的に上位のメンバーだと750は超えているという認識で正しいとされている。


そして人類最大の力の使い手であり、過去魔王を討伐した今のクラスメイトとは違う前の勇者のレベルですら55万なのだ。『勇者』はその特性上レベル・ステータスともに上昇しやすく、それはこのスキルとタメを張れるレベル。そして前勇者は魔王を討伐するために何年もの修行と旅を続けてようやくステータス55万を手にいれたのだ。それに対してまだまだ発展途上で、かつ成長の上限すら万能のスキルでどうにか出来る秋は、今は勇者に負けていたとしても可能性では圧倒している。




これでどれだけ秋が化け物で、化け物なのかが理解してくれたかもしれない。




『マスター。一群の剣の一本が折れました。どうやらライオンの様な四足歩行の魔物の牙で折れてしまったようです』


「了解した。少し強度の方を上げてみよう」




こうして初めて秋の魔剣群たちに被害が出た。剣一本の軽い被害といえるが、それはつまりこの迷宮がようやく反撃を行えるほどまでに強くなったという証明であり、魔剣群にとっての脅威が数値として1生まれたことを示す事態なのであった。















「よし、これでいいか」


『了解しました。リンクします』




あの後少し時間が経ち、秋は新たに21の魔剣群に二つの魔剣群を創造した。しかし一つは強度を上げただけで何も変わっていないのだが、もう一つには新しい役割を持たせているのだ。




「アルタ。お望み通りに作ったぞ」


『はい。有難うございます。これで魔物の素材の回収ができます』


「お前って効率第一主義だろ。絶対」


『はい。求めるなら最高効率を求めるのは当然でございます。それじゃリンクを開始します』


「はぁ……」




こうして秋がアルタに作らされたのは魔物の素材回収用に制作した魔剣。スキル『空間の異箱』を創造した際の記憶を元にそれを魔剣へと移し、ある程度の異次元空間に魔物の素材をしまえるように創造した魔剣が一群用意されたのである。




その剣の名を『魔剣:シュブナローグ』勿論群刀ではあるが、戦闘用という訳でもなく、あくまでも自衛の為に戦闘ができる程度の戦闘力しか備えられてはいない。だが程度とはいっても秋のお手製。少なくとも15階層までは瞬殺で事が運べる強さを持つ素材回収用の群刀だ。




『おっとマスター。いよいよ40階層のボスへと入ります』


「了解した。準備しよう」




こうして回収用の魔剣を創造していた間にも攻略は順調すぎる程に進んでいた。そしてついに40階層。見たことのあるボスの扉が音を立てて開く。魔剣の軍団がこの扉を進むのは、もう四回目だ。















40階層のボス。それはおとぎ話でしか登場しない生物同士を掛け合わせて誕生する複合生物。親しみやすい名前で呼ぶとするなら―――キメラ。




それが40階層のボス。尻尾には蛇。そして紫の翼からは滴る溶解液。更には所々に存在し、あの魔剣軍団に傷を負わせたライオン型の魔獣と同じ顔を持つ四足歩行の魔物というより魔獣という言葉が似あうその姿からは、確かに感じるボス特有の覇気と。王者としての気質を魔剣越しの脳内映像でも感じられるような佇まいと、オーラ。




ベースはやはり四足歩行でライオン。そこに蛇と翼に毒。様々な階層で戦ってきた魔物一体一体の長所が少しづつ詰め込まれているといった見方が出来るだろう。




キメラはキメラで合ってもそこには王者の風格を感じる。名前を与えるならそう。『ソヴェレイル・キメラ』と。




魔剣群は王者のオーラにも怯える事なく果敢に距離をとる。しかしソヴェレイル・キメラは一行に動かない。まるで興味がないかの様。




そしてアルタの命令で一斉に動き出す。高速で左右で回り込んでからの突き刺し。大抵の魔物は魔剣のトップスピードについてはいけない。困惑している間に自らの体に剣が刺さり、パニックになりながら死んでいく。これが鉄板の動き。それをアルタはまず実行した―――だが、ソヴェレイル・キメラは一向に動く気配を見せない。そして一歩も動かすことなく、ただ一つの手段を用いてその魔剣群たちの初動を退けた。




―――ゴウッ!!!




燃える業火。ソヴェレイル・キメラの体から放たれたその炎は明らかに剣先に触れた。剣には何のダメージもない物の長く喰らっていれば剣は瞬く間に溶けていただろう。それは一瞬では剣を溶かすことはできない物の5秒程その炎に充てられていれば剣は溶け始めていたといえるだけの熱量を持っており、それを判断したためアルタは初動をひかせたのだ。




圧倒的な業火を生み出せる理由。それは二つある。




一つは―――魔術。炎系統の魔術を使い自らの体に炎を生み出したのだ。だがあの熱量の炎を生み出せるほどの魔術をソヴェレイル・キメラは使えない。ならどうしてあの様な炎を生み出せたのか。




『(体表から油を出しているのか……)』




アルタの予測は的を射ていた。そう。あのソヴェレイル・キメラの体には汗腺から油の様な物を放出しており、その油に魔術が引火してあの様な熱量になったという事。そしてそれが意味する事は




『(つまり油のおかげで剣の刺さりは悪いし滑る。それに炎魔術の強化につながっている。一番つらいのは…あれだけの炎を受けても平気な奴自身の皮膚そのものですね…)』




そう。つまりソヴェレイル・キメラには固い皮膚に剣を滑らせ勢いを落とす体表油まで備わっている。剣相手だとわかりづらいという最悪の相手なのだ。




――――GYAAAAA!!!!




ソヴェレイル・キメラが吼える。それは攻撃開始の合図となっている事をアルタは即座に理解した。




『(早いっ!!)』




アルタは即座に回避を選択。魔剣群に回避をさせ無事に成功したのだが、アルタには珍しく、ないはずの冷や汗をかく感覚に襲われる。




『マスター。お願いがあります』


「今戦況を見ている。随分と怪しいな」


『私の方での演算結果ですと、負ける確率が現在の所80%と出ています。正直きついです。マスターのそのお力で何か一手を変えるための手段を用意してはいただけませんか?』


「……ああ、分かった」




『(増援は不可能。間違いなく今の戦力で減ることはあっても増える事はない………これは、完全に手詰まりの予感です。マスター。頼みますよ…)』




こうしてアルタは、勝ち目の薄い戦いに身を投じる。今迷宮第40階層では、間違いなく体を持たないスキル『或多』と、立ちふさがる最強の敵との奮闘が始まろうとしていた。


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