第40話



「さて、どうするかな……」




秋は迷宮入り口の中で胡坐をかきながら、或多の救援に答えるべく様々な可能性を模索する―――あのキメラを倒せるほどの強さを与える程の。




だが、秋は同時に気付いてもいた。正直そこまで焦らずとも大丈夫。と、確かにあの魔剣群に傷をつけられるその実力は称賛に値するだろう。だが同時にそれだけ。攻撃を当たらないように或多は操ることは可能だろうし、秋という解決策が動いているのだから攻略は時間の問題なのだ。それを分かっているのに或多は焦っている―――と秋は思っている。




秋は知らないのだ。或多にとって主の手を汚すという事は、それ即ち敗北。仕える物にとっては最大の屈辱。ましては或多は秋に自分の全てを賭けてまで忠誠を誓う者。それはあってはならないことだったのだ。




つまりここでの或多の感情とは、勝てないという感情ではなく、主の手を煩わせてしまう事への感情なのだ。勝つことはもう決まっている。




そして主である秋は、今でも勝つための手段を創造するために、可能性を模索していた。




(どうする……剣を強化……いや、それは駄目じゃないか?そもそもあのキメラには剣との相性が悪い……じゃあ他の武具を追加して送り込む…いや駄目だ。ボス部屋の扉を強制的に破壊するとかしないとそれを送り込むことはできないし、それだけの破壊力のある武具を作るとなると魔力が足りない……じゃあ変化。魔剣群そのものを何かほかの武具に変化する方法は…いや駄目だ。俺のイメージがうまく働いてくれそうにない。半端な物を作っても駄目だ。キメラは間違いなく強い……クソッ。八方塞がりか…俺があそこに行ければ……うん?行ければいいのか?)




「おいアルタ。今大丈夫か?」


『はい。あのキメラの行動パターンが解析出来ましたので、こちらで回避に専念しているおかげで余裕が出来ました』


「そうか、イメージが出来た。創造に入る」


『了解しました』




こうして秋はイメージを固め、目を瞑りスキルを行使する。秋は解決策を行使し始めた。















『(クッ……やはりですね……)』




ソヴェレイル・キメラは明らかに以前とスピードが違う。それはつまり完全に本気になったという事。




アルタは演算をフルで行いながら結果をもとに試算しそして命令を下す。スーパーコンピューターさながらの動きを一人でこなしていた。




(ゴールはマスターに作っていただくので問題はない…後はここをどう耐えるかだけですね)




アルタも勿論負けっぱなしという訳ではない。ソヴェレイル・キメラの動きを演算予測しそれに当てはめた回避パターンを繰り返している。回避するだけなら余裕だ。




だがどんどんと早くなるソヴェレイル・キメラに演算の補正を加える。だがそれを超えた際に発生するズレがそのまま傷になる。といってもかすり傷程度の物なのだが、接触したというだけでもアルタにとっては屈辱だ。自分の演算が覆されたのだから。




アルタは完璧主義だ。自分の演算に完璧とも言える自信を持ち、実際にその演算を行える秋のスキルだ。だからこそ納得いかない。自分の能力が僅かでもあのキメラに劣るという事実が。




(解析……45………79……98…完了)




こうして演算と予測を繰り返し無駄を省き未来を見通す。そしてアルタの手足として君臨している魔剣群はソヴェレイル・キメラを目の前にダンスをしている様に動き回り攻撃を回避する。




どんどんと早くなるソヴェレイル・キメラ。トップスピードでのタックル。更には炎魔術での攻撃や口から吐くブレス。更には翼から射出される毒。多種多様な攻撃を重ねて素早く繰り出せるその力には一種の芸術だ。




だが、それだけでは秋のスキルには届かない。『大賢者:或多アルタ』には届かない。届くはずもない。




その全ての攻撃をかわし切る。ソヴェレイル・キメラはフェイントや魔術の重ね撃ちなど多種多様な戦闘技を見せるが、その全てをかわし切る。当然なのだ。演算と予測を繰り返し、最高の知能として秋の隣に君臨しているそれに、たかが数種の戦闘技でどうにかなるはずもない。




だがソヴェレイル・キメラは甘くない。ここで繰り出すのは今までアルタが見たこともない技。今までソヴェレイル・キメラが隠し持っていたもう一つの技能。




―――ブォウッ!!!




風が吹き荒れる。この閉鎖した空間でそんなことあり得ないのに。そしてその風は一気に収束し、勢いを増し、破壊力を蓄える。その中心にはソヴェレイル・キメラがいた。




風の質量体は上空に持ち上げられるとそのまま地面に打ち付けられる。それはまるでダウンバーストの様に勢いよく風がこのボス部屋を蹂躙する。




更にソヴェレイル・キメラは止まらない。自らの体表から油を噴き出したかと思うと、一気に引火させる。炎に纏わせるように風を動かし、消さないように、勢いを強めるように動かす。そして起こるのは―――大爆発。




――――ドォォォォォォォォォォン!!!!




炎が膨れ上がる。その炎はゆっくりと周りを侵食していく真紅の炎。炎・風の混合で魔術を放ち。更に炎にも油という細工を施した芸術の域にまで到達しているその炎は、魔剣群を侵食するために襲い掛かった。だが。もう遅いのだ。すでに遅いのだ。その攻撃には美しい以外の何物も持つことができない。何故ならもう既に。アルタはこの攻撃を見切り予測していたのだから。






―――もうこれ以上。主にみっともないところを見せるわけにはいかない。






その一心で、アルタは全てを読み切ったのだ。風の流れるタイミングとこれまでに発射してきた炎のパターンから全てを読み切る。まさに未来予知。風が魔力で動かされている事とフェアリー種の魔力の様なものが感知された瞬間からもうソヴェレイル・キメラの負けだったのだ。




そして、勝利の鐘が鳴った。主のこの一言によって




「準備が全て整った。やるぞ」















そして秋は創造の世界から常世の異世界へと戻ってくる。新たな力をしっかりと得た感覚。アルタの能力で複製されていた構成要素などを用いる事でなんとか原型のみを完成させることができた。だが今は原型で構わないのだ。これからの進化に託すことも出来るし、目の前のキメラを圧倒する事ぐらいなら簡単に出来る。




そして秋の創造した能力はこれだ。




==========


【真魔武具創造】


武器だけじゃ自分を守れないと悟った男が、その執念で昇華させたスキル。仲岡秋専用スキル。




真・魔武器創造


魔剣・魔銃・魔槍といった様々な武器を創造できる能力。その能力は思念で創造され、魔力によって顕現する。強い武器を作ろうと思う程魔力消費は増大していく。




真・魔防具創造


防具の更に上を往く防具を創造する事が出来る能力。その能力は思念で創造され、魔力によって形作る。強い武器を作ろうと思うほど魔力消費は増大していく。




真魔武具異界保存術


一度創造した武器・防具を異界に保存する事が出来る。魔力消費は存在しない。




魔剣支配


創造した魔剣を完全に支配する事が出来る。常時発動




魔剣の全てはわが手の中に――支配空間グリード・ワールド――


自身が創造した魔剣の周囲を支配し自らの空間とする。発動には創造されている魔剣を一本を選択し追加で魔力を流すことで発動される。自身の空間においてはそこに転移する事が可能になる。




滅刀流第十三の型・阿修羅弁慶


魔武具9個分を消費して発動する。魔武器を9つまで操ることが出来る。




滅刀流奥義・千手滅観音(使用可能)


魔武器を無制限に創造・支配することが可能となる。魔力消費は時間ごとに経過していく。意志発動




創滅流奥義・現界する天多の顕現意志ファラル・グリート

※現在このスキル能力は使用不可


自分の持つ全ての魔武具に意志が宿り、スキル使用者の望みのままにその力を振るう。その数は無限となる。意志は魔剣の持つ魔力が及ぶまで現界する。




要素真化


スキルが要素を自動で選別し、その要素を喰らい自らで進化を行う。




==========








『魔剣の全ては我が手の中に――空間支配グリード・ワールド――』こそが今回の追加の能力。その効果は書いてあるだけでも強力であり、内容は魔剣に追加で魔力を流すことで空間を一時的に支配し、その支配した空間の中では自身の転移を可能にするという物。これは事実上の転移手段の獲得といえる。




ちなみになぜこのようなスキルを作れたかというと、アルタの能力では実質的な構成要素の複製が可能となるため、その複製した要素を創造に使い、そして『空間の異箱』を作った際の経験などもまた役に立った。時空間の構成要素の扱いに慣れていたからこそこのような強力な能力を創造できたのだ。




「行くぞ……発動」




そして秋は立ち上がると、ゆっくりと深呼吸をして新能力を発動させる。そして発動させてみると、まず迷宮内に存在するすべての魔剣の位置が把握できる。見える感覚としては、建物の壁も床も取っ払って、赤く光る点が存在する。そこが魔剣の位置だということはすぐに分かった。




そしてゆっくりと下を見る。そこには確かに固まっている魔剣群の姿があった。そこの一本に魔力を送り込むように念じると、自分の体から魔力が流れてくるのを感じた。




「一番左の指揮官の剣を戦闘から外せ、魔力を送り込んだ」


『イエスマスター。スキルの内容確認しました』




そして全ての魔力を送り込むと、アルタから脳内で語りかけられる。




『支配領域の生成完了しました。飛べると思われます』


「了解……じゃあ行くかっ!」




そして秋は指揮官の魔剣の周りが紫の色に染まっている事を確認すると、左手と右手に『創刀:百忌』と『創銃:グラハムザード』を手に取り、転移を念じた。




そしてゆっくりと視界が真っ白になっていき、白に色が戻ってきたとき、そこは40階層のボス部屋だと朧げながらに理解したのだ。















秋は明らかに40階層に来たことを確認すると同時にアルタに命令を下す。その命令の内容とは




「アルタ。今すぐ刀剣群を下がらせろ、邪魔だ」


『了解しました』


「さてと……一撃で決めるぞ」




こうして秋は走り出した。全ては―――ソヴェレイル・キメラを倒すために。















「GUGYAAAAAAAAA!!!」




突如現れた新しい敵を目の前にして威嚇を始めるソヴェレイル・キメラ。だがそんなものが効く秋ではない。魔剣群では確かにソヴェレイル・キメラには叶わなかったが、そもそも魔剣群と秋を天秤にかけるのすらおこがましいだろう。




そしてそんなことも知らないソヴェレイル・キメラは咆哮する。だがそんなものはシュウには効かない。神界での訓練でソヴェレイル・キメラよりも強い魔物と戦ったからこそ、こいつ如きの咆哮ではもう耳も感覚も麻痺しているのだ。はっきり言って異常である。




「GUGAAAAAAAAAAA!!!!!」




そして先の咆哮で動じない秋を見て、ソヴェレイル・キメラは怒る。それは王の傲慢。自らより強いものはいないという自負が傷つけられたその怒り。




明らかに生物だとわかる見た目。自分より弱そうで小さい相手が一歩も動じない事に怒りを感じているのだ。




そしてソヴェレイル・キメラは突進する。目の前の身の程もわきまえない小物に制裁を下すべく走る。だが、それは唐突に止まった。






――――ブシャッ






もう切られている。もう焼かれている。もう自分は死んでいる。こう思ったのは自分が死ぬときに見るとされている走馬燈の様な物から断片的に流れてくる、死んでいる者には無縁の感覚という器官から送られてくる情報。その情報が自分は今120%で死んでいると言っているのだ。




体から流れる警告などもう遅い。お前はすでに死んでいると目の前の化け物が言っている様だ




そしてソヴェレイル・キメラは、頭・羽・尻尾・そして動体をバラバラにされて死んでいった。彼はもう君主ソヴェレイルのキメラではない。ただの肉塊だ。















キメラが咆哮を繰り出すと同時に使っていた魔術。それは光・闇・雷の単体魔術をひとつづつ。




雷魔術の方を『鳴神』


光魔術の方を『皇極』


闇魔術の方を『黄泉』




この三つを『創刀:百忌』に纏わせたのだ。




光魔術に求めた物。それは純粋な切れ味と速さ。雷魔術に求めた物。それは断ち切る威力。そして闇魔術に求めた物。それは切る際の邪魔物を消し去り腐らせ、無へと帰す事。




この三つの魔術と『創刀:百忌』が合わさった時。それは至る。一定を超えた領域にまで刀は進化する。




この三つの魔術と創刀の組み合わせ。名を『絶刀』




まさしく絶対。飾りなど不要。全てを持ち合わせているからこそ名を持つ事すら憚られるその剣で、秋はソヴェレイル・キメラを切り落としたのだ。




闇魔術が油を腐らせ、光魔術で刀を昇華し、雷魔術で威力をブーストした。まさに『絶刀』。万人が唖然とするこの技の名をそう呼んだのだ。




「じゃあ、帰るか」




こうして秋は新しい力と同時に、迷宮40層を突破した。そして残していた『回帰剣:ウィズダム』と『福音刀:ウェルダント』に魔力を送り、そのまま迷宮40層を後にしたのだった。

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