第32話

秋は夢を見ていた。秋の冷静な心はそれを夢だと朧げながらに認識していたものの、それでも今となっては微笑ましい夢。あの時陽と秋とで遊んでいる夢。


夕日の昇る学校で、意味もなく、二人しかいない教室で話していたあの時の平穏な生活の一ページを、夢という形で思い出していたのだ。


「なあなあ秋。もし異世界みたいのがあってさ。俺が弱くてお前が強かったら、お前。どうするよ?」

「はぁ?何言ってるのか全く理解できないんだが……とりあえず暇だし、詳しく聞いてやるよ」

「お?おお…例えば、こことは違うファンタジーみたいな、ゲームみたいな世界で、お前のレベルが100で、俺のレベルが20だったら、お前は助けてくれるかって事だよ」

「はぁ?自分でレベル上げろ。そっちの方が楽しいだろ?」

「お前ってやつは…はぁ……なんていえばいいのかなぁ……ああ、もういいや!とにかくだ!もしもそんなレベル差のある状況で、俺が『助けて』って言ったら、お前は助けてくれるのかって話だよ」

「あ?ああ……なるほどぉ……どうだろうなぁ…もしかしたら、見捨てて一人で魔王を倒してるかもしれないな」

「おおいおいおい!そこはかっこよく助けてくれよ~!」

「嫌だよ。人助けをするにしても、かわいい女の子がいいよ。なんでお前なんかを助ける必要ある?一人でレベル上げろ」

「俺とお前との仲だろ~?寄生してレベルの20や30上げさせてくれてもいいじゃねえか!」

「お前はその状況でそれを頼むとか…ただの鬼畜プレイヤーだぞ。それ」

「いいだろ~?なあなあ!?」

「はぁ…そうだな、その時はそうだな……無言で武器みたいのをポンと渡して、かっこよくその場を去る。とかどうだ?」

「おお!いいねそれ!いつも適当な返しをする秋にしてはそこそこにいい答えが出てきたじゃねえか!」

「じゃあ立場が逆だったら、お前がレベル100だったらどうすんだ?」

「いや~~、その時は――――」




「はっ。夢か」


秋がバサッと起き上がって目を開ける。頬には草の欠片が張り付いていて、周りを見渡すとのどかな草木が茂る野原で、何の障害物も感じない原っぱで、結界を貼って寝ていたのを秋は覚醒した意識の中で思い出した。そして同時にここが異世界なのだという事も感じたのだ。


(ああ、あれは夢だったのか……)


少し儚げに昔を思い出す秋。昔というほどに時間が経ってはいないが、陽がこの現代に消えてからの秋の体感時間は、確かにあの時の平穏な思い出を昔と表現させるぐらいに経っていたのだ。


(さて、陽は気づくかな。俺もギリギリ思い出した程度だが、あの時の約束果たしたよ。さて、本当に見つけてくれるのか。出会ったときがまた一つ楽しみになったな)


こうして秋はゆっくりと立ち上がると、この異世界で親友を探すための決意を、また固める事になったのだ。







『マスター。マスターがご就寝の間に構成要素を模倣・吸収して進化する事に成功しました。進化した能力を用いてこの辺りの地形情報の採取に成功しました。今後は「人道案内ナビゲーション・システム」にて案内が可能です。実行しますか?』

「ああ、頼む。このままあてずっぽうで動くのは嫌だしな」

『イエス。了解しました。“人道案内”を起動します――――北東の方角に小さな村があることを確認いたしました。まずはそこに行くことを強く推奨いたします。そこから小さな行商も通っているため、大きな町に行くことも可能かと存じます』

「了解した。それじゃあそちらの方角に行くか…どれぐらいかかりそうなんだ?」

『イエス。マスターが人間の力のみで歩き続けるのなら3日。マスターが力を入れてステータスフルで走り続けるなら5時間という所です。幸いここは平坦な土地が続いておりますので、周囲に被害は出ないかと思われます。いかがいたしましょうか?』

「…了解した。じゃあステータスフルで速攻で行くぞ」

『了解いたしました。マスター』


ステータスの恩恵として、俊敏力や体力などが人間の域を超えて上昇しているのは秋も知っていることなのだが、異世界である程度暮らして分かったことがまた増えたのだ。それは“ステータスの範囲内であれば、その力をほとんどコントロールできる”という事なのだ。

現代ではある程度の感覚でしか自分の力を制御したり、絞ったりすることはできなかったが、この異世界では数値で能力が決まる世界。故に“7割の力で”や、“2割しか力を使わない”などといった事を可能にしてしまったのだ。


「さて、行くぞ或多。今回だけは100%で行く。常時ナビゲーション頼むぞ」

『イエス。マスター』


こうして秋は、ステータスの制御を100%にして一気に走り抜けた。草原の草木は、和やかな風から、荒ぶる風に流されていた。

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