第33話
「ふう……ふう……おい、アルタ。この辺か?」
『はい。この辺になると思われます。マスター』
少し息の切れている秋だが、草木が生い茂る草原から少し荒れた荒地に光景が変化し、秋が走っている約5時間、ひたすらに走り続けていた秋がそこまで息切れしていないという事実を軽く置いておいて、それでも5時間をフルで走り続けて、何十キロという距離を走り続ける事の出来る秋は、もう人間を超えているスペックなのだという事を秋自身も理解してしまう事態なのであった。
そして秋がそんな感慨にふけっていると、荒れた土と砂、そこに生える小さな雑草がある小さな丘を越えた先に、その村はあった。
「おお……この世界に来て初めての人間に会えるぞ…」
『おめでとうございますマスター』
秋もやはりこの世界に来てから人間という生き物を見てはいなかった。たった二日とはいえ異なる世界で同族を見る事がないというのは精神的不安を誘う物は確かにあったのかもしれない。
「よし、とりあえず行くか……ま、この村の奴らが友好的かどうかすらも怪しいしな。警戒していくぞ。アルタ」
『イエス。私も最大限の警戒を行います』
こうして秋は、小さな荒野の丘を降りて初めて人が住んでいるとされている村へと、その足を踏み入れた。
◇
「なんというか……閑散としているな…」
秋の独り言は、まさしく今の状態を表していた。村に人は見当たらない。家々は木々を使って出来ている木造建築で、一応それなりに家としての形は整っている。そして畑らしき区画なんかもしっかりと用意されており、きちんと村としての暮らしが出来ているようなイメージだが、それを吹き飛ばすぐらいに人がおらず、雰囲気が暗い。
(家を見てみても……なんとなく人のいる気配はするな…)
秋は警戒を怠ることなく『真血の魔眼』を発動させて辺りを見渡している。家の中に生物らしき反応があることを秋は掴んでいるため、村民は間違いなくいるのだろうと判断しているが、自分たちを怪しんでいるのか、それとも自分たちを襲うために準備しているのか分からない。
「仕方ないな、俺もここまで来たんだ。村民と話しておきたいしな」
ここまで来たら多少リスクはあっても歩くか…と、秋は覚悟を決めて村の周りを歩くことに決めた。
―――秋が村を歩き始めてから3分後。その変化は地響きと轟音で一気に起こり始めた。
「GYAAAAAA!!!!!!」
四本足で緑の、大きいワニ状の魔物が、全速力でこちらに向かってきているのが『真血の魔眼』で確認できる。秋は間違いなく害を及ぼすと判断したため、一気にけりをつけるべく魔剣を創造する。その数およそ15本。
「やれ」
その一言を待っていたかのように魔剣はワニ状の魔物に向かって飛んでいき、炎で焦がし、氷で凍てつき、雷が体を轟き、そして風がその死体を撫でる。こうしてワニ状の魔物は死という確定した事実を全うした。
「GYA、GA、GAAAA…」
そして、力を失いその巨体を保てなくなった魔物が、勢いよくその地面に向かって倒れていく、バタンという轟音が村中を響かせた。
「おお……」
「あの魔物を…一撃で…」
「凄いっ!!凄いぞぉぉぉ!」
「やったぁぁぁぁ!!」
そしてその時、秋の後ろを振り返ると、ドアから出ていなかった村人がドアから出て、口々にあの魔物が死んだ事実と、魔物を殺した旅人に惜しみない感謝が述べられていった。
「我らの村をお助けいただき誠にありがとうございます。旅人殿。詳しい話は私の家の方で行いましょう。といっても今の村にはなんにもございませんがな……」
『マスター。これも一つのお考えの元ですか?だとすればさすがです。マスター』
「いや、全くの偶然だ。だが良かった。話がうまく纏まりそうだからな」
こうして秋は、何とかして村民とのコンタクトをとることに成功したのだ。
◇
「申し訳ありません。名乗っておりませんでしたな、私はこの村で村長をやらせていただいております。ソルドと申します。会話の始めで何なのですが、お願いしたいことがございます。あの魔物の肉をいただけないでしょうか?もちろん売れるであろう皮や歯などは取りません。肉だけで結構なのです」
「え?ああ、構わない。肉という事はあれか。食うのか」
「ええ、あの魔物は食える魔物なのです。この村もわずかな食料の備蓄等ございましたが、ごらんの通り畑は荒れてしまい、ここ数か月でなくなってしまい…。しかも我々には税もございますゆえ、ついにもう後数日分の食料しかなかったのでございます」
「…なぜそんなことになったのか、聞いてもいいか?」
「ええ、構いませんとも、これは10日前ほどに聞いた冒険者の話なのですが、どうやら『迷宮』が出現した。と」
「…は?『迷宮』というのはあれだな?モンスターの湧くダンジョンの様な物。だよな?」
「ええ、その認識で合っております。我々の村は西と東に森が存在し、丁度ここが荒野になっております。そして迷宮が発生したとされるのは西の森でございます」
「ほう、という事はあれは迷宮の魔物なのか?」
「いいえ、私も迷宮の事は詳しくありません。ですが迷宮が出来た地域に住んでいる魔物は、その迷宮の持つ力で強くなる魔物がいたり、逆にいなくなる魔物も存在すると、中には見たこともない魔物が出てきたりなどする事もあると、今回もそれじゃないかと…申し訳ありません。私にも何分詳しい事は分からない物で」
『恐らくですがマスター。迷宮と新しい魔物が突発的に発生する事で、新しい魔物と現住している魔物とでの生態系が混じり、新しく構築される際に発生される淘汰や進化の事だと推測します。新しい魔物とは恐らくですが迷宮で発生し森に放たれる魔物の事でしょう』
「なるほど。それでこの村が荒れ果てているのか」
「はい、時期的には分かりませんが、魔物がこの村に降りてきては村民を喰らったりすることもしばしば…。一度や二度までは我々も男手でどうにかこうにかしていたのですが…遂にはその男手も重度の怪我や死んでしまい……」
「なるほどな、それでこんなに暗い雰囲気だったのか」
「はい。ですが旅人様のあの肉であと一か月は持つでしょう。ありがとうございます。貴重な肉を分けてもらって」
「ああ、構わないとも」
秋はここで見ず知らずの人のためにその世話を焼ける程お人よしではない――という言い方はさすがに少しあれだが、それでも分かっているのだ。異世界では自分の身を守るので精いっぱいだという事を、魔物という人を脅かす存在がいて、そしてそれは等しく人に牙をむく。秋もまたこの村に来たとはいえ、ここはあの平和な現代ではないのだ。誰もが手を差し伸べるなんて幻想。むしろ異世界では手を差し伸べないのが当たり前なのだ。村長も分かっている。分かっているからお願いなんて事はしないのだ。
『マスター。この村長では聞いておきたいことがございます。この世界の常識。地理。国の事などを今一度聞いておくのが良いと思われます』
(了解した。今聞く)
秋とアルタは魂でつながっている。念話など簡単に出来る。これはスキルではなく、スキル『
「所で村長。急に変な質問をするようで悪いが…俺は大人に見えるか?」
「え?ええ、はい。十分立派に成人されていると存じますが…」
「申し訳ないが、俺は随分と辺境な所から旅をしていてな…この辺の常識なんかを教えてほしいんだ。例えば、この辺に大きな国はいくつあって、どの辺にあるかとか、分かるか?あとは通貨の名前とか」
「ええ、はい。私でわかる範囲であれば……まずこの村から北西にはかの大国であるヴァルガザール王国があります。この村も辺境ではありますがヴァルガザール王国の領土です。続いて北東。そこには行った事はございませんがアドゥル宗教国があると聞いております。確か冒険者がこの村を訪れた際の方角的に間違いはないと思われます。そしてこの村から丁度北に行かれますと、遥か彼方にあるのがガラムト帝国だと思います。これに関しては私達も半信半疑です」
「という事はこの村は随分と南の方にあるという事か?」
「ええ、はい……そういう事になると思います」
「そうか……国々について、知っている事はそれだけか?」
「ええ、それだけです」
「そうか、了解した。では次に、『迷宮』の事を詳しく教えてくれないか?もちろん知っていることでいい」
「了解しました。あの『迷宮』は、ギルドから来た冒険者曰く“まだできて真新しい、だが攻略の難易度としては最高クラスだ”と。つまり」
「迷宮攻略は困難で、時間がかかる…と」
秋はここで少し、腕組みをして考えた。
『マスター。迷宮攻略をお考えで?』
(ああ、俺の実力を測る。たった一撃でこの世界のレベルが図れるなんて己惚れてはいない。人にはタイプも、得意不得意も存在する。『迷宮』というのはモンスターとトラップが混在し、人を阻む。これもまたこの世界で自分の力を図るためのいい判断材料になるだろう)
『………イエス。私も攻略するという点では合意です。この世界に対してのマスターのレベルも図れるでしょう、魔物の素材などは町に着くと売れるのは先ほどの村長の会話で推測済みです。まずは生活水準を高くすることを推奨します』
(では、そういう事で)
「そうか村長。ありがとう。それと俺の方も頼みがあるんだが……」
「は、はい。なんでしょう」
「俺をしばらく、この村に泊めてくれないか?ああもちろん、お礼はする。生憎遠い地方から来たもんで、金なんかの類は持っていないんだが…もしさっきの魔物なんかが出た時は、倒してやる。ついでにその迷宮がある森には、さっきみたいな食える魔物がいるんだろう?」
「は、はい。基本的にあの西の森の魔物は食べられます。迷宮なんかにいる魔物は食べられないと聞いたことがありますが…ですが、本当によろしいのですか!?」
「ああ、今の情報料と、ここに泊めてくれる宿泊料だ。だが俺も旅人、旅の目的がある以上、いつまでもここで用心棒をするわけにはいかんからな。理解しておいてくれよ?」
「は、はい!ありがとう……ございますっ……」
こうして村長との有用な取引が終わったその後、村長に貸してもらう予定の家の案内をされることになった。
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