第四章・異世界編

第30話

―――仲岡秋が、異世界にやってきた。


それは明らかな事実。神の助けを借りて、友を救うべく仲岡秋がやってきたことは、この世の人族は知らないまでも、異世界イーシュテリアは理解していた。



そして今、仲岡秋は異世界の朝。空と大地を眺めていたのである―――。







今秋は異世界の太陽が昇る瞬間を、その翼に黒翼の翼を飛ばしながら見つめていた。


(やっぱりすごいな……この異世界って奴は)


そう、秋が見ている光景。それは現代では見れなかった光景。もし仮にどうしても現代の場所で例えるならアフリカなどといった所がふさわしいだろう。


(空が青い。雲一つない。大地が輝いているし、人工物の類すらない……そうか、ここが異世界なのか―――)


秋は感動した。“異世界に行く”という言葉の響きからネガティブな事しか考えられなかった秋にとって、このイーシュテリアの歓迎は秋の心を溶かすものだったのだ。


(さて、魔眼で覗いてみるか…)


秋は早速魔眼で周囲の場所を確認しようと目を凝らす。黒翼の翼を生やすのに魔力を消費し、魔眼を使うのに魔力を消費したとしてもまだまだ秋には魔力が残っている。とはいえ有限なので気を付けては行きたい所だ。


秋の魔眼には様々なものが写っていた―――見たこともない木々。踏んだことのない大地。そしてそこに暮らす見たことも聞いたこともない野生の生物たち―――全てが秋の好奇心を刺激した。異世界に行くまではこんなこと想像したこともなかった。秋の心は明らかに異世界という物を偏見で見ていたのだと知ったのだ。


そして見えた―――魔物の姿だ。


(ん?あの生物……いや、あれが“魔物”というやつか)


明らかに違って見える。間違いない。秋の魔眼にははっきりと映る赤と紫と黒の入り混じった魔力。不浄という言葉が似あう色をしてそれを纏わせている異形の生物。あれが魔物なのだろうと完全に理解したのだ。


形としては四足歩行のサイとイノシシを足して二で割ったようなものが、悠々と歩いていたのだ。


そして秋は試してみたくなった。“魔物”というこの世界の敵意ある生物に、今の自分の力がどれぐらい効くのかを。


「―――――『光雷槍』」


秋が放つ魔術。雷・光の複合魔術。敵を貫く貫通力と目的地まで一瞬でたどり着く速さを併せ持ち、直線状にどこまでも伸びる遠距離の魔術。そして


――――――バタンッ。


遠くからでは音は聞こえないのは当然なのだが、音もなくその魔物は倒れた。しっかりと頭。それも目と脳があるであろう位置を光が貫通しているのが魔眼で確認できる。どうやら秋の力はある一定の力を打ち勝つことができたようだ。


(――――ふう。とりあえず第一関門はクリアといった所か)


秋の懸念点。それは魔物などが明らかに強く、そして自分の攻撃を受け付けない程に強い場合。その場合は撤退を考えるレベルでの判断が求められると判断していたのだが、その心配は杞憂だったようだ。


(あの爺さんを信用はしているが信頼はしていない。見かけなんていくらでも出来る。神様なら人一人騙すのなんて簡単だ。だから気を付けていたんだが―――爺さんの言う通りなのかもしれないな)


――――秋。お主の力は異世界のトップレベルともひけをとらないポテンシャルを秘めておる。それにトップレベルのはずれなら必殺の力を持ちうるじゃろう―――



ゼウスが残してくれた言葉。その言葉に僅かな信憑性を感じている所を取りやめて、秋は再び異世界の大地とその環境を観察するのであった。











秋が異世界の大地・空を眺めて覗いてを繰り返してから15分後。ようやく周りの地形や見慣れない物がなくなってきたとき、その異変の足音は秋に見える形で近づいてきた。




――――ゴゴゴゴゴゴ……




突如なる異音。突如震える大気と大地。大地が意志を持って怒っているかのような轟音。それは天空を歩く秋にも確実に届いている異音。秋の心が警笛を鳴らす。心が固まりに殺戮者の眼を向ける。その先には大きな土煙に隠された“何か”があった。



―――――ゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!!



確かに聞こえるその音は、次第にどんどんと大きくなっているが、方向は明らかに秋の方向ではない。秋から見て左から右へとその大きな何かは動いているようだった。


(ん?――――――なんだ。あれは、それになんだ?あの“量”は)


秋は冷静を取り戻し相手の姿を観察するべく魔眼を働かせる。土埃に苛まれたその姿が、魔眼の力によって徐々に明らかになっていく。そのベールを紐解いていく。


明らかに見える――――禍々しい魔力。様々な色が混ざって黒くなっているかのような汚い不浄の色。そう、明らかに魔力の色が黒い化け物。そう、魔物だ。それも大量の。


その魔物の群れ、と言っていいのかどうかは分からない。何故なら様々な姿形の違う魔物が一同に会して走っているのだ。それは明らかに異様な光景。現代ならあり得ないだろう。その光景を例えるならシマウマとライオンが一同に並んで走っているようなもの。シマウマは食われるのがオチなのだが今この現状ではそれが起こっていない。明らかに異常な光景だ。そしてそれは秋にも簡単に理解できた。


(そうだな………スタンビート。魔物の暴走。という事か?)


―――魔物はお主の世界の生物よりも弱肉強食。だからこそ何が起こるかなぞ分からないのだ。気をつけろよ秋。中には天災を引き起こす程の魔物もいるようじゃからのぉ…


ゼウスから教えてもらった数々の中からその言葉をその頭から引っ張り出す。そして秋は思考する。


(俺が来てすぐにあれが起こった。もしかしたら異常な光景なのかもしれない。だが―――これがもし、日常的に起こる環境なのだとしたら?)


秋は思考する。それはもしもの話。Ifの話なのだ。だが秋は、この世界を壊してでも望みをかなえるもの。ありとあらゆる可能性に対処できなければならないと。そう思っているのだ。


(あの程度を倒せなくて、どうする)


秋の心は決まった――――殲滅。限りない撲滅であり、あの魔物たちに死を運ぶ死神になるのだと誓ったのだ。


(それも、一撃で全てを仕留められる程に強く)


秋は黒翼をはためかせ、赤の魔眼を働かせながら思考する。あの魔物―――三千の魔物を一撃で葬る手段。その手段を創造するのだ。




―――――ドドドドドドドドド!!!!




もうすでに秋が魔眼を使わずとも土埃が見えるくらいには近くにいる。秋は想像する。あれを抹殺しこの世から消し飛ばす力の果てを。


(良し、やるか―――――魔剣創造)


秋の念じたそのスキルが、秋の思いにこたえて今動き出す。





―――ドドドドドドドッ!!!!




その間もどこを目指してか動き続ける魔物たち。魔物たちに秋は眼前にも入っていない。ただ逃げ続けるだけなのだ。


だが秋は違う。奴らを殺すために創造する。一撃で全てを決める事の出来る魔なる剣を。


(全てを一撃で吹き飛ばすことのできる衝撃……それを生み出し行使する剣。たった一回の為に全てを使い果たし、そしてたった一回に全てを賭ける剣)


秋は創造する。その剣を、自らの魔力が想像を形作り、そして創造し顕現する。その剣の名前は



「来いよ。『蛮勇の剣』」



名を、蛮勇の剣。黄色い黄金でできたかのようなその剣は、確かに勇ましき英雄が持つにふさわしい格のある剣。だが名前は蛮勇。愚かなという意味を持つ蛮族の蛮という字が入っているその意味。それはたった一度の為に全てを投げ打ち、その身すらも投じる勇気を、人は英雄と呼ぶのかもしれないが、秋は蛮勇と意識し認識した。その違いが名となって表れたのだ。即ち―――蛮勇と。



―――秋。必ず。生きて帰って来いよ――—



思い出すのはゼウスの言葉、生きて帰ってこなければならない秋にとって、たった一度のそれを愚かな行為と呼ばずして、一体何と呼ぶのか。故に蛮勇。愚かな勇者が放った最後の一撃。全てを込めて放つ最初にして最後の一撃を司る魔剣。それが『蛮勇の剣』なのである。




―――ドッドッドッドッ!!!!




明らかに音の質が変わってきた。大地が勇ましく震えたあの時とは違う。その強さに悲鳴を上げているかのような大地の音は、今ここに全てを消し去ろうととしている者の愚かな最強の一撃によって―――消え去ろうとしていた。




(魔眼で位置を確認。魔力充填五万。良し――――行けっ!!『蛮勇の剣』っ!!!)




そして秋は『蛮勇の剣』を――――穿った。




――――ヒュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥウウウウウウ……


穿たれた『蛮勇の剣』は、空を泳ぎ空気を切り裂く。そして―――――地面に激突する。魔物三千が踏みしめる。地面に。






――――ドカァァァァァァァァァァァァァァァン!!!!






衝撃波が、あの綺麗な大地を魔物ごと消し去った。




衝撃波は球体状に広がっていき、その範囲は魔物3千をまるで蛇の様に飲み込み消し去っていく。大地が抉れ風が折れる。空気が先ほどとは違う悲鳴を上げて衝撃波から逃れようと風となって吹き荒れる。秋は黒翼をはためかせながら顔を釣り上げてこう思ったのだ。




―――あ、やべぇ。やりすぎた……。




秋はひたすらに衝撃波が収まるまで、腕を組み空を浮かびながらその時を待ったのだった。




――――その時。秋はまだ知らない。この魔物三千級スタンビートが、異世界イーシュテリアの大国である三国が天災として認定していたことを。秋は知らない。このスタンビート消滅事件と、その首謀者がこの異世界イーシュテリアによっての脅威や畏怖。英雄的行動といった形で人々の目に留まることを。秋はまだ。これっぽっちも知らなかったのである……。







衝撃波が収まると同時に、秋は残り五万となった魔力の内2万5千を投じてある魔術を放ったのである。




『回帰の挽歌―――天使の癒曲』




その魔術を秋は、壊滅させた大地に放ったのである。すると剥き出しの岩盤となった地形から謎の光と共に気の芽が芽吹き、そしてそれが育ち、生まれ、絡みあい、新しい地形を形成していく。


それは魔物の死体を全て飲み込んだ。そして岩盤となった地域には見えない程木々は生い茂り、そして先ほど抉れた大地全てが木々の運ぶ自然が巡る森となったのである。


『蛮勇の剣』もまた、刺さったままそこに飲み込まれていく。



「あっ、そうだ。やっておきたいことがあるんだったわ。忘れてた。……今がチャンスじゃねぇか?」



そう一人で呟くと秋は、残りの魔力をほとんど使って魔の武具を一本創造した。それが一体何を意味するのかは知らないが、秋には叶えておきたい大きな目的があったことだけは確かだ。そしてそれを創造するとすぐさま成長中の森の中に投げ入れた。今度は勢いよく投げたりはしなかったが、創造してすぐ森の中に捨てただけなのに、秋の顔は凄く満足そうににやけていたのだ。


(さて、少しは面白くなるといいな。まあここに来るかどうかも、そもそも覚えてるかもわからない約束だが―――まあ、楽しみにしておこうか)


秋の魔力がもうないので、魔眼は切っている。そして黒翼に回していたエネルギーももうない。そして秋は長くいた天空からようやく人の営む地上へと降り立ち、その大地を踏みしめ歩き始める。



「さて、行きますか。俺の異世界旅って事で」



もう秋に現代であった不安は恐怖はなくなった。まあ力を使ってスッキリしたのかもしれないが、それでも憑き物の落ちた顔をして、秋は異世界の大地を歩き始めた。




―――秋が投げたその魔武具は、棒状の形をしていた。


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