第29話


「よし、出来た」


こうして秋が防具作成の能力で創り上げた『黒翼のコート』から、秋はとりあえず一式をそろえてみようという事で作ったのが、この『黒翼シリーズ』だ。


『黒翼のレザーチェストプレート』

チェストプレートと大層な名前がついてはいるが、実際はほぼシャツだ。だが素材はコートの時と同じなので魔術・刺突・斬撃などには滅法強く、防汚や防塵の加工がこれまたコートと同じようにされている。そして同じ様に形状変化もついているのでいつまでも着られる特注品だ。

基本的には黒一色だが、横腹の辺りに白いラインが一本づつ入っており、それがなんとも言えない味を醸し出している。しっかりとオシャレな装備といえるかもしれない。


『黒翼のズボン』

これもまた基本性能は先ほどと同じ。色も白いラインなどは入っていない黒一色の生地になっている。


「おお……」

「自分でも驚いておるのか?秋」

「ああ、これで余計に異世界に行くという実感がわいた。現代でこの格好で歩いていたら間違いなく笑われるだろうからなぁ…」

「まあ異世界ではどんな格好でも笑われはせんじゃろう。特にその恰好ぐらいならな」

「ああ」

「少年。中々に決まっておるではないか」

「ああ、ありがとさん」

「ああ―――異世界では特に気候の変動はない。お主の世界でいう春ごろの天気が続くことじゃろう。じゃが地域によれば熱いところや寒いところもある。用心せいよ?」

「ああ、分かっている」

「それと……お主、食材はどうするんじゃ?一応それを収納できるスキルも創造したのじゃろう?」

「何?アイテムボックスのスキルを創造したじゃと、少年、ちょっと話を――」

「はいはい後でな婆さん。ああ、それなんだが…必要最低限して持ってはいかない。後は適当に詰め込むだけだ」

「ん?何故じゃ?」

「思い出してしまうからだよ。そうやって荷造りして御大層な準備してると―――思い出す。泣きなくなる。だから無理だ。決意が揺らぐ。だから無理だった」

「―――――そうか。そうじゃな、お主がそういうのであればそれがええ。お主のやりたいようにやるとよい」

「まあ、なんかあったらスキルを創造する。一応『大賢者』にも聞いて創造の方法は分かってるからな」

「ん?『大賢者』?少年。それは―――」

「ってか食いつきすぎだろ婆さん————ああ、分かった分かった。全部後でゼウスに聞いておけばいいからちょっと落ち着いてくれないか?」

「ゼウス…後で全部教えるのじゃぞ?さもないと……消し飛ぶぞ。その他諸々が」

「はぁ…秋よ。何故面倒な役目を押し付けるのじゃ…全く…」


こうして楽しく、あの網が見ですら時間を忘れてしまう団らんの時間はあっという間に過ぎていく。そして時間は夕方の5時。ゼウスに早く帰った方がいいと言われ、秋はもうこの神界から常世の世界に帰ろうとしていた。


「ああ、じゃあな爺さん婆さん―――また明日」

「――ああ、また明日。じゃ」

「大丈夫。私が保証しよう。少年。お主はどこでも生きていけるだけの力と覚悟がある。私がそれを保証するんだ。折り紙付きだよ?」

「ああ、ありがとな婆さん。あんたの場合今日初めてだったが、話せる神様で良かったよ」

「ああ、こちらこそ。じゃ、色々と教えてくれて感謝してるよ」

「今日はゆっくりと休めよ秋。明日が控えておるんじゃからな」

「ああ、爺さんにも感謝してるよ―――それじゃ、また明日」

「――ああ。」

「明日は私も付き合うからね、少年」

「ああ、分かった―――それじゃあ」


こうしてシュウが神の世界から常世の世界に帰り、神の二人はそれを見送った。







「――どうじゃった。秋は」

「―――普通。じゃった」

「……そうじゃろうなぁ…」

「そう、少年――秋は普通じゃ。普通に生きて、普通に過ごして、普通に難題に挑戦して、未知を怖がり、そして普通に―――私達と接してくれる。稀有な存在で。嗚呼畜生。こんな思いもう二度としたくなかったんだけどねぇ…坊やの影を、見ちまったよ。期待しちゃいけないって、分かってるんだけどねぇ……」

「期待してもよい。何故ならあ奴は、我々の期待など知らん。我々の事を平気で捨てられる人間なんじゃよ。秋は、我々を神としては見てはおらん。儂は最初はひどかった。なんせ“召喚した側”じゃったからのぉ…。最初は警戒と敵意だけ。しかし利があると少しずつ感情を見せてくれた。今では感謝まで伝えてくれとる。じゃが、次儂が裏切れば、秋はたとえ儂が相手じゃったとしても容赦なく殺しに来るじゃろう。それがあ奴なんじゃよ。運命神を背負いながら、運命神の弱点を克服した人間。それがあ奴なんじゃよ――――気に入ったじゃろ?」

「………ああ、そうだね……本当に…全く、こんな思いはしたくなったんだがねぇ…嗚呼、本当に畜生だよ。こんな感情二度と味わいたくはないね」

「まあまあそういうなて。慣れてしまえば可愛いもんじゃ」

「…はぁ……私も見習うよ。それに私はね、恩は恩で返すのが主義なんだ。お前もだろ?ゼウス」

「ああ、当り前じゃ。恩は恩で、そして仇には仇で。これは秋から習った意味ある事じゃからな」

「はぁ…じゃ、私も帰るよ。明日ね」

「ああ、明日じゃ」




こうして、皆が皆。明日への準備を整えて解散した。







「ふう……」


一つため息。秋は自分の部屋で目を閉じながら、ゆっくりと自分の内に染み入るように心と向き合う。


―――明日から俺は、異なる世界に行くんだ。


そう思うと、秋の心は藍色の恐怖の色で塗りたくられていく。心から染みてくる恐怖は秋の心を蝕む瘴気の様だ。


――――明日から、この世界にはいなくなる。


そう思うと、秋の心は暗い悲しみに震える。それが秋の心を深く押しつぶす。


―――――明日から、俺は独りぼっちになる。


異世界でたった一人で生きていかなければならない孤独は、並大抵のものじゃない。外国に行くのとはわけが違うのだ。


そして秋は思い出す。優しい家庭に迎えてくれた家族の事を、「おかえり」と言ってくれる母の事も、食卓に並ぶご飯を食べながら今日の様子を聞いては、笑顔で微笑んでくれる父親を。この平和な世界と、普通の家族。それを一時的とは言え捨ててまで異世界に行くのだ。いくら覚悟が決まっているとは言え覚悟は揺れる。まだ秋も15歳なのだ。


―――――早く。出来るだけ早く帰ってこなければならない。


―――――――その為に、どうすればいい?





―――決まっている。あの世界で、友達を救って、平穏な世界で俺は生きるんだ。俺の力を、スキルの力を使い果たして。





秋の覚悟。陽に求めた覚悟と全く同種の、異世界を生き抜く覚悟。それが今秋の心に火を点け、闇を払う光となる。


―――自分はこの世界で平穏に生きたいんだ。だからこそ、異世界で遠慮なんかしない。人族?魔族?……知ったことか。俺は連れて帰るぞ。俺の友達と平穏を。例え異世界イーシュテリアが———




――――滅んだとしても。滅ぼしたとしても。俺は俺のために。




【世界の構成要素『自我』を獲得いたしました】

【構成要素『自我』がスキル:大賢者に吸収。統合されました……スキル「大賢者:或多アルタ」に真化しました】

【或多の能力を発動。“界魂の声”とのリンクを確立……9%……38%……76%…100%………成功。界魂の声を或多アルタとのリンク確立】

【或多の能力『要素真化』を使用し、スキル『統合』との自主合成を実行しました…成功。或多の能力に統合の能力を会得する事に成功しました】

【或多の能力『自我確立』の効果発動。マスター仲岡秋を設定いたします。よろしくお願いいたします。我らがマスター・仲岡秋様】


こうして、秋の覚悟と、覚悟に応じて創造された謎のスキルが、今秋の中に悲鳴を上げて生まれたのだ。そして秋は、明日いよいよ異世界に旅立つ。

【何をしてもいい。ただ。俺の為に。】―――それは場合によっては異世界全てを敵に回したとしても、欲しい物の為なら敵に回すことすらためらわないという覚悟と誓いの証。そして仲岡秋という神様に育てられた化け物が、異世界イーシュテリアに牙をむくかもしれないという。燦然とした事実を生むためのカウントダウンでもあったのだ。




―――ただ俺の為だけに、明日から生き続ける。




こうして秋は眠った。現代で眠る最後の夜。暗く、悲しく、そして恐怖の色。それでもなお、ろうそくの様な小さな炎ではなく、大きな薪にくべられた大火の如き覚悟の炎が秋の心を優しく照らし、そして夜は更けたのだ。



―――秋の、最後の太陽が昇ってきた。







「おお、秋おはよう」

「ああ、おはよう母さん、父さん」


いつも通りの朝。いつも通りの風景。新聞を読む父親と、キッチンに立つ母さん。そこにはいつも通りの光景が広がっていた。


そしていつも通りに朝食と着替えを終え、いつも通りに支度を終える。だが、秋の顔は覚悟と悲壮のせめぎあいの様な顔をしているのは、両親もすぐに気づいたのだ。


「どうした?秋。何かあったのか?」

「ええホントよ秋。貴方の顔が悲しそう。疲れているのかしら?」



―――ああ、本当にかなわないなぁ…。



秋はただひたすらに心の中に思いを込めると、バッと立ち上がり、両親の眼を見てこう言ったのだ。




「行ってきます。母さん。父さん」




「ああ、行ってらっしゃい」

「ええ、頑張ってくるのよ」


秋を外へと向かえるドアが開き、そして秋は家を出た。しばらく帰ってこれないだろう家に。







「――――おはよう。秋」

「おはようさん少年。……心配せずとも、覚悟を決めてきたって事かい」

「……ああ、そうだ」


秋はしっかりと目を見て話した。お世話になった神様たち。一人は昨日であったばかりだが、もう一人には随分とお世話になった。


「ああ、覚悟が決まったよ……たとえ世界を壊してでも、俺は生きるよ。生きてやりたいことやって。絶対戻ってくる」

「ああ…そうじゃ、そうじゃ…それでええ…たとえ世界を壊したとしても、儂がおる…お主が生きていてさえくれれば…それでええ……何かあったら儂に任せろ。直接的な事は出来んで申し訳ない。じゃがあと残りなくお主を冒険に連れて行かせてあげられる……うぅ…」


爺さん――ゼウスはもう涙をため込んでいた。それだけ秋に対する愛情が深かったのであろうと秋もまた悟ったのだった。


「泣かないでくれよ爺さん。出会いこそ最悪だったが、今ではそこそこに信頼させてもらってる。爺さんのおかげだ。俺がここまでこれたのは…後、送ってくれてありがとうな、婆さん」

「―――ええええ、気にすんな。対して力も使わん。それに、お主を送り出せるんじゃ。久しぶりに力の使い甲斐があるという物」

「ああ、ありがとな婆さん。―――じゃあ最後に、本当にありがとう。二人とも」

「―――ああ」

「―――おお、おおおぉ…!!」

「……はぁ全く、いつまで泣いとる。この親馬鹿爺。ほれお主の孫が世界に出るんじゃ。涙を拭け、笑顔で見守れ。それとな……お主が何かあったら、ゼウスだって、一応私だっている。神様二人が応援してるんだ。お主の成功は確実だし、何かあったら儂らが出てやる。だから―――精一杯やれ。若者よ」

「――――ああ、本当にありがとう。婆さん」

「ハッハッハ!!いいんじゃいいんじゃ。これぐらいしないと婆さんとしても神様としても名が落ちるという物―――さて、ではゼウスよ。そろそろ行くぞ」

「う、うむ……秋よ。必ずまた、ここに来ておくれよ。儂はいつでも、お主を見守っているぞ」

「ああ、分かった」

「儂も見ておるからの、なんだか面白そうな事になりそうじゃからの。それでは少年――いや秋と呼ばせてもらおう。秋よ。行こうか」

「ああ、いつでも準備は出来ている」

「その気概や良し!では―――――行こうか、異世界【イーシュテリア】へ!!」






こうして、婆さん――メリッサの時空跳躍術が開始された。秋の周りにサークルが描かれ、魔力と存在の格の力が供給されていく。そして光が強くなる神界の中で、ゼウスの秋は二人見つめあっていた。


「必ず帰ってくる。だから待ってろ。ゼウス」

「ああ、必ずじゃ。もしも死ぬような事があったら迎えにでも行ってやる。冥界に行って魂でもなんでも拾って蘇らせてやる。だから―――精一杯やれ。例え異世界を壊したとしても、異世界の神を殺したとしても。儂が―――【全能神】が許す。精一杯やれ。儂の孫よ」

「――――ああ、了解した……!!」




「それでは、頑張れよ秋!!『時空跳躍術【次元歪曲】』っ!!!!」




『時空跳躍術【次元歪曲】』。それは時間や空間や次元を折り曲げ、自分ではなく他者を跳躍させる術式。それは力こそ時空神・メリッサの力であれば歩く様に行使出来て当たり前だが、問題はコントロールだ。生物はそもそも、異なる次元を超えるようにデザインはされていない。なので最大限の注意を払い、壊さないように丁重に運ぶ必要があるのだ。

感覚としてはコップの容量100%に入った水を一滴も零さずに運ぶあの感覚だろうか。そしてコップを地面に下ろす際にも注意が必要だ。つまりは異世界に影響が及ぼさないようにしなければならないのだ。


————見つけた。


メリッサがいい着地ポイントを見つけたようだ。一気に術式が発動し、展開されていく。幾重にも重なる魔法陣が互いに極光を魅せると、秋の意識は白く塗り染まっていった。




こうして、秋の体・心・魂・肉片から細胞に至るまでの全ての部位が、この世界から跡形もなく姿を消した。それは、二度も異世界召喚を逃れ、神をも欺いた男が行く、初めての異世界なのであった。







―――秋が眩しい術式の光から目を開けると、そこは空の上だった。


「…………」


舞い上がる風。立ち向かう嵐の様に刺さる空気。一瞬で今自分がどのような態勢で、どのような状態で、そしてどのような劣勢に立たされているのかが分かった。つまり————


「あの婆。空に俺を転送しやがったぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」


秋は完全に紐なしスカイダイビングの真っ最中だった。風が冷たく、昔に戦ったレイオニクス・ドラゴンの翼の様な硬い空気がその体に当たっている。


(どうする!?どうする!?何か。何かこの状況を打破する方法がっ……!!!!)


秋は考える。この極限状態の中、今まで神界で教わった知識や訓練をフルに使ってるが、考えはまとまらない。絶体絶命。だったのだが———


【了解しました。或多の能力『自我確立』の派生『使用者同調』により解析を開始―――完了。マスター秋の持つ『構成要素』の中から龍・翼・獣・魔族の構成要素を認識―――完了。続いてスキル:『スキルランダム創造』のスキル能力で他四つの構成要素を抽出。合成―――完了。タスク完了。スキル【人外異変】を創造完了しました】


「――――え?」


秋はこんな空の中を命を賭けて泳いでるというのに、思わずこんな声が漏れてしまった。


そして謎の声によって創造されたスキルの内容がこれだ。


==========

人外異変

人としての能力に限界を感じた者が、さらなる高みを求めて創造したスキル。仲岡秋専用スキル。


人外変化

異なる種族の者に変身する事が出来る。変身できる者は人型の知性ある生き物しか変身する事は出来ない。

※完全に変身を行うためには要素が足りません。現在変身できるのは龍・魔族の翼の器官のみです。


要素真化

スキルが要素を自動で選別し、その要素を喰らい自らで進化を行う。


==========



(……っ!!!これなら!発動!『人外変化』っ!!)


すると秋の背中から翼がズルズルと生えてきて、そして一気に竜の翼へと至った。秋に生えた竜の翼は黒のコートと交わる黒色で、高級感のある光沢と羽が生えていた。


【以上で緊急タスクを終了いたします。尚この能力は一度使うと以降120時間は発動いたしません。ご注意を】


秋に聞こえるあの頭の中の声とは明らかに違う声色。だが秋に今そんなことどうでもよかった。




―――綺麗だ。




そこに浮かぶ太陽は、確かに異世界でも秋の心を温かく照らしてくれているんだという事を。秋は初めての異世界で知ったのだった。


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