第27話

「――――ただいま~!!」

「ああ、お帰りなさい秋。ご飯、もう出来てるわよ」

「うん、分かった」


ゼウスの神界から戻り、ついに異世界へと赴くために準備を始めた秋。自分で異世界に行く日時を決め、ついに今日を含めて二日後の朝に旅立つことにした秋は、この家から離れ、家族から離れて命の危険のある世界に旅立つのだ。少しは感傷的になるという物だろう。当然だ。いかに人外の力を入手したのはいえ、心はまだ15歳の学生なのだから。


―――秋。よく聞け、お主の家族はきっちりと暗示にかけておいてやろう、お主が全てをやり遂げて帰ってきたその時、その時には今と全く変わらない光景になっていることを約束しよう。だから秋。絶対に生きて帰ってくるんじゃ。人間生きていることが一番なのじゃよ。


ゼウスの言葉が頭をよぎる。秋は今日の夜と明日をこの地球で過ごすと、異なる世界に旅立たなくてはならないのだ。そのことが、当然だが頭から離れないというのは仕方がない事だろう。


そして秋は無心でご飯を食べると、そのまま自分の部屋へと戻った。







早速自分の部屋に戻った秋は、これまた同じ様にベッドに寝ころびながら頭を腕で支えて横になる。いつもの考え事の形だが、今日はどうしても感傷的になりがちの様だ。


時刻は午後八時。いつもは寝ていないこの時間だが、町は暗くまるで秋の心の様な色を浮かべて人々を呑んでいっている。二階の自分の部屋の窓からその景色を見ると、秋は自分の心の中の部分と対峙していたのだ。


(―――ああ、そうか……俺は、怖がっていたのか…)


秋もまた自らの感情に折り合いをつけるように夜の闇と対峙する。この文明の光も、この家から見る不安に彩られた景色も、そしてこの世界も。秋はたったしばらくなのかもしれない自分の住む世界から離れるという事を想像して―――そして気づいた。自分が写る窓ガラス。その窓ガラスに浮かべている秋の瞳に伝わる涙の螺旋を。


(――――――そうか。俺は、やっぱり…)


―――自分は強くなんかない。今だって弱虫のまんまじゃないか。


そうやって自分を罵る秋。だがその心から聞こえる悲鳴は、確かに本物だったのだ。



「グッ……エグ……グッ……」



確かに聞こえる嗚咽と、心が軋んでいくその証に、秋は心が真っ白になった。


自分で決めたことだった。“異世界に行く”といったあの時から、覚悟は決まっていると、自分は乗り越えられると信じていた。だが結果は違った。異なる世界に行くといった秋の覚悟は、一人で未知に挑むと決意した秋の覚悟は、今一度瓦解してしまったのだ。


―――ああ、本当に。弱いなぁ……。


秋は自分の心にそう語りかけるようにして、ゆっくりとその感情を、不安や恐怖を中から取り出していく。不安や恐怖は涙となって消えますようにと。その心を載せて。







しっかり泣いてしまった秋は、泣き止んだ後色々を行って気が付くと9時になっていることを確認した。そして秋は未来に恐怖するのはやめて、未来を一つでも明るくしようと自己の強化に励む―――そう。スキル創造だ。


【スキルの構成要素の取得過多により条件達成:スキル『大賢者』を入手しました】


この『大賢者』と呼ばれるスキルが手に入ったのは、秋が戦闘訓練などで余りある魔力を蓄えて作っては要素に分解するという作業を繰り返し行っていた時、そのスキルが入手できたのだ。頭の中に響く声からして条件付きスキルの一つなのだろうと推測できるが、その効果はまさに痒い所に手が届くスキルだったのだ。


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大賢者。

世界の真理を構成する物質を扱う事が出来る者に送られる条件付きスキル。


・要素理解

スキル所持者が持っている構成要素全てを解析・分解・再構成・生成などのプロセスを挟む事によってよりダイレクトに構成要素からスキルの変換を可能にする。


・要素複製進化

自ら必要だと思ったスキルを複製の後吸収してスキルを強化・進化させる。

==========


(確かにこいつは便利だ)


そう秋はこれを手に入れた神界の間にて操作方法や一般的なスキルの能力などを理解していたのだ。



そして今、家の中にいてベッドに腰掛けている秋は、早速そのスキルに“呼びかけて”みる。


(いるか?大賢者?)

(はい。おります)

(じゃあさっそく作りたいスキルがあるんだ…そう、こういうスキル。名前は『アイテムボックス』)

(了解。所持者の真理から能力を推察……完了。異次元空間に道具を入れて持ち運ぶためのスキル。で間違いありませんか?)

(ああ、問題ないぞ)

(了解しました。創造のための構成要素をサーチ………7件がヒットしました。表示します。「次元」「空」「間」「異なる」「箱」「時間」「時空」がヒットしました。この七件を合成すると、望みのスキルとして完成いたします)


と、こんな風に『大賢者』自らが答えを導き出すという中々に便利なスキルなのだ。


(じゃあ、行きますか……創造っ!!)


その瞬間。意識はあの空と海の世界に飛んだ。







「んじゃ。さっそく作りますか」


秋のその声で海の世界で波が立ち、空の世界で少し空間が震えた。世界の主である秋を歓迎しているかのようだ。だがそんなこと秋には関係ないのである。


―――次元。空・間・異なる・箱・時間・時空を抽出。


いつも通りに水球が現れ抽出された。


―――合成。開始


水球がぶつかり一つ一つの輪郭が消えていく。そしてやがて一つになったその球体はすぐに大きな光を放つのだ。これが合成の光とも言えるスキルの光。


――――創造。開始します。


そして輪郭が消えても性格が消えないスキルの元たる構成要素を一つずつ混ぜ込んでいく。反発する物・しない物をゆっくりと選び混ぜていく。そして水球の光はどんどんと大きくなり、やがて完全なる白金の光を生み出した。



その白金の水球はゆっくりと秋の胸に入っていき。そしてスキル『空間の異箱』が出来上がったのである。



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空間の異箱<ジャック・ヴルーヴボックス>


昔人としての利便を第一に考えた者が考えた末に選びだした一つの完成形たるスキル。仲岡秋専用。


・空間の異箱

異空間にモノを入れられる。生命は不可で魔力の類は空間中から吸い取ることで活用を可能にする。永続に異空間にモノを保存することが可能。容量は約500kgで過去最低。


・時間異箱

時間の進み具合を遅くしたり早くしたりできる。


・検索の箱

入っている物が何かすぐにわかる。


・秘密の空間箱

スキル使用者以外には開ける事も出来ない。使用者設定がかかっている。


・要素真化の異箱

自ら必要だと思ったスキルを複製の後吸収してスキルを強化・進化させる。



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「おお、いい感じだ、これで異世界に行ってもある程度は日本食なんかにありつけられる」


秋の求めていたもの。それはこのアイテムボックスのスキルなのである。それがあれば文明の進んだ地球の物をなんでも500kg以内なら持ち込んでもよく、しかも時間の設定ができるため腐るなどもない。まさに完璧なスキルといえるだろう。まあお礼は大賢者にするべきなのかもしれないが。


「よし、じゃあ帰るか。作るもんも作った」


そう言い残すと秋はその世界を去った。



そして、いつの間にか寝ていた夜を飛ばし、最後の朝がやってきた。

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