第19話

「ふう……」


ゼウスの白い空間である神界で意識を覚醒させた秋。今度の秋は意識を落とすことなく、また体の倦怠感や脱力感も感じられない健康体のままで現実世界に帰ってくることができた。


「おお、創れたか?」

「ああ、創れたぞ」

「なるほど、見せてもらうぞ……ほう、なるほどのぉ…封印状態とは珍しい。まだ早いという事かの」

「ああ……俺も見た時は疑問に思った。スキルとして手に入れているのに使えないとはどういうことだ?」

「ああ、それかの、それは強力なスキルについてあることが多いんじゃが…強力なスキルには強力な力が伴う。それは理解しておると思うが、その強大さ故にスキル自身が勝手に進化する事も、スキルとスキルを補完する器―――人間の場合じゃと魂に当たるのじゃが、そことの相性が悪いとスキル自体が拒絶する。じゃがほとんどのスキルは使えば使うほど器との相性も良くなっていく。そう焦らんでも直に解放されると思うがの。それにこの現象はこのスキルに始まったことではない。例えば『進化』や『真化』といったスキルの能力。これも今言った事に当てはまる。進化系の能力を持つスキルには魂との相性や思いなんかが反映されて、スキル自体が自らの強化を行い、進化の方向性を決めるのじゃ。覚えておけよ」

「ああ、レクチャーありがとうよ爺さん」

「ああ、では、早速始めるとしようかの」

「ああ―――了解だ。スキルの使い方は実戦で学ぶことにするよ」

「それでよかろう。じゃが今回の相手は一味違うぞよ。さすがの儂も、転移をしてある程度空間を放しておかんと周りに被害が出るかもしれないからの――――『転移』」


ゼウスがそう呟いた瞬間の事。転移特有の浮遊感がコンマ一秒程の僅かで時間で襲ってきた後、またしても真っ白な空間が目に入る。もちろん先ほどと変わった空間のようには思えない。


「ここは儂の神界の端じゃ、今回は端の世界で戦ってもらう、今回の相手はあのような小鬼ではないぞ―――来い!!『レイオニクス・ドラゴン』っ!!!」


ゼウスが叫ぶ。するとこの神界にゴゴゴゴゴ……と地面が揺れ始めた。そして、



――――バリィィィィィィィン!!!



神界の白い床に黒いヒビが入り、そして神界の床がブロック状に壊れる。そこから出てきたのは蒼い西洋の竜。翼を持つ大きな巨体。トカゲの様な体つきに、いかにもな顔。そして全てを焼き殺さんとするその眼。


「このドラゴンはドラゴン・オブ・ドラゴンと呼ばれた『真竜』の中でも戦闘能力に秀でたドラゴン種の中でトップクラスの化け物。その変異種。ドラゴンを統べる程の潜在能力を持つと言われているドラゴンの王。レイオニクスとは異世界で竜に与えられる王の称号としてそう呼ばれているようじゃぞ?」


ゼウスが説明口調でドラゴンなんぞお構いなしに喋る。だがゼウスの語りなど秋はともかくドラゴンには興味など微塵も存在しない。


『ギャァァァァァァァァァァオォォォォォォ!!!!』


王に相応しい咆哮。見る者全てを畏怖させる殺意と敵意の咆哮。向けられた相手は―――秋。


「冗談きついぞ、オイ糞爺……やっぱあんたイカれてるんじゃないのか…?」



―――ゴブリンからレベルを一気に上げすぎなんだよ!!あの糞爺!!!



秋は心の中でそう呟くのが精いっぱいだった。







―――来るっ!!!


秋が戦闘スキルに意識を向けてから自分の体が戦いという事象に入るまでのコンマ何点何秒の間に、秋の体とドラゴンの前足、そして自分を殺そうとする爪が目に入るまでそう時間はかからなかった。


ゴブリンの時は一瞬過ぎて気付かなかったが、この時間がスローに感じるそれはスキルの補助に該当する。意識をクリアにして自分の体とその意識を拡大し、反射能力などにスキルがサポートを回してくれるからこその動き。素人だった秋が瞬間に振り下ろされたドラゴンの前足を避けられるぐらいに補助してくれているのだ。どれだけ秋がチートな能力を持っているかを、ほかならぬ秋が理解した。


だがそんなことドラゴンには関係ないのだ。前足が駄目ならと避けられた前足をバネに体を横に―――尻尾の追撃が秋を襲う。


だが戦闘スキルの恩恵を受けているが故にその攻撃を見切ることに成功した。同時に思考を回す。自分が得た新しい力。その存在に目を向けそして顕現させるのだ。


(創造!!)


秋の創造――それは自分が扱える武器にして、あのドラゴンに一撃を加えられる武器、伝承・伝説・神話によればドラゴンの鱗は固く、その強度は鉄にも及ぶと、故に秋は念じる。鉄をも切ることのできる純全なる武器を。


突如秋の左手に感触、それは鍔。秋がドラゴンの尻尾の追撃を完全にかわし切ったその隙に一目自分の左手を見つめる。それは日本刀だった。白と黒の鍔に鋼鉄の光り輝く日本刀。それは通常の剣・刀と違い魔剣。故に刀としても申し分ない性能だが、周囲の魔力を自動で吸収して更に切れ味を上げている。


秋はその刀を更に強く離さないようにグッと握りしめると、次の追撃の準備をしているドラゴンに目をやる。距離およそ30m。ドラゴンもまた秋を見つめている。殺意の目線を向けているのだ。


―――今しかない!!


秋は走る。ドラゴンの前方にダッシュ。ドラゴンもまた自らの尻尾をしまい翼を広げる。下手をすれば自分の体長以上の長さがある翼を広げて再び咆哮を放つ。秋に威嚇しているのだ。“コレ以上近づくのなら殺す”と


だがこれは殺し合い、生物同士が殺しあう戦闘の真っ最中。秋もまた覚悟を決めて立っている以上そんなものが通用するわけもなく。再びスピードのギアを上げていく。


ドラゴンもまた覚悟を決める。前左足が掬うように秋の元までたどり着く、ドラゴンはまるでハエを叩き潰すかの様に秋に対して左前脚を繰り出す。


秋それを難なく右側のステップで避ける―――だが追撃。ドラゴンの右足が秋を押しつぶさんとしている。ステップで態勢が立ち直っていない状況下でこの追撃を避ける事は出来ない。故に


―――『雷翔』


秋の右手から放たれた上へと向かう雷魔術で相手の前右足を穿つ。


「ギャァァァァァァ!!!!」


これにはドラゴンも悲鳴を出さずにはいられなかった。前足に喰らった雷。元々雷魔術の威力・速さ共に魔術の中ではトップクラスの魔術なのだ。故にこの魔術でダメージを与えることに成功したのだ。これが並みの魔術――炎や氷魔術。闇や光の弱い魔術でもドラゴンは痛みを感じることなどなかっただろう


そして秋もまた、この悲鳴による怯みを見逃しはしない、今秋の立ち位置はドラゴンの顔を目の前に捉えた眼前。


―――『光衣転送』


光・闇属性ができる事は多岐にわたる。闇属性は人の精神や心に干渉することができ、感情の増幅や逆に低下を招くことも、生物の心を操る事に関しては闇魔術の右に出る者はいないし、そもそも闇魔術でぐらいしか人の心などを操ることはできない。だからこそ闇魔術は希少で有能なのだ。

逆に光属性が有能な理由。それは出来る事が多岐にわたり、そしてそれら一つ一つの全てが有能であるという点。

光属性の攻撃魔術の威力は高く、速度だけでいえば雷魔術と同程度。そして光のように動ける“転移”や光属性には回復の効果も存在するという、攻撃・移動・回復と使いやすく強力な能力。だからこそ光属性は闇属性よりも重宝されているというのは異世界の現実なのだ。


そして秋もまたそれを会得する事に成功したのだ。秋の魔術『光衣転送』は目線の届く範囲までで定めた場所に転移する事が出来る。という物。


そして秋は『光衣転送』を用いてドラゴンの横腹へと一気に転移する。そして跳躍。狙うは横腹。秋の左手から放たれる縦の一閃がドラゴンの鱗をいともたやすく貫通する。



――――ブシュッ!!!!



「ギャァァァァァァァアァアァアアァ!!」


再び悲鳴。そして舞い散る鮮血。いくらゼウスがスキルで召喚しているとはいえ、血が出るとは思わなかった秋と、一太刀を浴びせられて痛みと怒りで感情の全てを占拠されてしまったドラゴン。


「ンギャァァ!!!!」


そして、一太刀を浴びせた後、定番と言っては何だが秋はしっかりと距離を取り相手の出方を伺う。目を向ける秋。秋を射殺さんと眼力を放つドラゴン。ドラゴンの能力なのか出血はもう止まっている。ドラゴンに出血多量があるのかは知らないが、どうやらそれで死ぬことはなさそうだ。


そしてもう一度ドラゴンは咆哮を上げる。覚悟でも痛みによる悲鳴でもない―――怒りの咆哮。


そして、怒りに落ちたドラゴンが最初にとった行動――それは体をグッと縮めて翼を上へと突き出すという物だった。


(なんだ?何が始まる?)


秋もまた最大限の警戒を行いながらドラゴンを見る。今近づくと未知の攻撃で自分がどうなるか分からない。攻撃よりも防御。生存を第一に。当たり前の事を当たり前の様に秋は実践した。防御の構えをとる。


そしてついに変化が起こった。ドラゴンの翼が発光したかと思うと、なんと大きく拡大したのだ。


そして大きくなった翼で、上から下に翼を一振り。



―――轟っ!!!



まるでスキルを会得したときの様なあの暴風。あの風圧。そしてドラゴンは翼を上げ下げしている。それの意味する行為は明確。



―――ドラゴンは空中戦をお望みの様だな。



秋がそう思うのに時間はかからなかった。それは今自分の、ドラゴンが目の前を飛翔しているという事実においての帰結。当然の結論。


「ゴガァァァァァァァ!!!」


ドラゴンの咆哮が神の世界に木霊した。それはドラゴンが鳴らした第二ラウンドのゴングの音だった。




「はあ、やれやれ。ようやく本領発揮じゃわい」


その様子を遥か上空に浮かびながら、戦闘の邪魔にならないように見物していたゼウスが一言漏らした言葉。


―――そう。ドラゴンの王とはドラゴンの誰よりも強くてはならない。故にドラゴン同士の戦いである空中戦において完全な力を見せる。


これがドラゴンの特性。ドラゴンはその翼故に地上戦を好まない。完全に空中からの一方的な蹂躙か、空中同士の戦いでその強さを決めるのだ。


先ほどの地上戦はドラゴンにとって“相手を舐めている”のと同じ行為に等しい。


「さて……ここからじゃな。どうする?秋よ―――」


ゼウスは一人、慈愛が滲み出るような声で、秋の身とそして秋の試練への成功を祈った。


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