第20話


翼を飛ばし、神界の地面から離れて空に浮かぶ、まさにドラゴンとしての生きざまを体現している竜の王が、今秋に殺意を向けていた。


「グギャァァァァァァァ!!!」


何度聞いたか分からない咆哮。もう秋はその恐怖には慣れたが、それでもドラゴンの心意気が見えるようで秋は感慨深く耳の奥にその音をしまっていた―――秋が感じる感情。それはドラゴンの怒りでも憎しみでもなく殺意。純粋な、それ以外が介入する余地もない程の殺意。


「さて…どうするか」


秋もドラゴンもまた睨みつけたまま硬直状態。お互いに相手の出方を伺い相手の隙に食らいつこうと眼を向ける。お互いに対面で居座り、地面を蹴る秋と空を浮かぶ竜。


そして先に動いたのはドラゴンの方だった。


ドラゴンはただまっすぐに直進するのみ、空を駆けて秋へと近づくドラゴン。その速度はなんと時速800km。この速度はおよそ現代の旅客機に匹敵するスピードで突っ込んでいく。


「―――っ!!!」


秋は突っ込むドラゴンに視界を合わせて左に躱す秋。だが飛翔するドラゴンは先ほどとは比べてはならない。


突如急回転をかけて一気に180度旋回したのち、躱した後の秋の隙をついてまたしても突き進む。


(ヤバいっ!!!)


とっさに『光衣転送』を使い上空に避難。一気にドラゴンの視界から外れる事で隙を作り一度態勢を立て直そうのしたのだが。



――ブシュッ!!!


「何っ!!」


秋の右腕から肘にかけて縦に一閃の傷跡。そこから縦に流れていく血。秋は困惑の後理解した。ドラゴンの翼に微かに触れてしまったのだ。


ドラゴンの翼は体長以上。故に自分の見立てよりも遥かに大きく動かすためにぶつかったのだ。


「不味いっ!!」


竜の王は何と翼も固くナイフ以上の切れ味を誇ることを身に染みて感じた秋。そして翼という感覚器官に僅かでも反応があったドラゴンが上を向かないわけがない。


(どうするっ!!)


秋は考える。飛翔するドラゴンに空中戦を挑むなど愚の骨頂故。だからと言って回避する手段が見つからない。下手に『光衣転送』で転移を行おうとも今自分の視界にはドラゴンが大半。他の場所に移動しようともドラゴンの機動力とその巨体で簡単に転移後の隙をつかれてしまうだろう。だからこそ。


(やるしかないか――――正面突破を)


秋は覚悟した。今から持てるスキルの全てを使ってドラゴンと力技で勝負しようと、明らかに分が悪い勝負。たかが人間ごときが巨体の竜を相手に力比べをしようというのだから。


(まずは……雷魔術。『極雷』っ!!!)


秋は空中からドラゴンに向かって急降下しながら雷魔術『極雷』を発動させる。この『極雷』は雷魔術の中でも発動速度・飛距離全てを犠牲に威力のみを追い求めた雷魔術でもトップクラスの性能を誇る魔術。


(次に………光魔術。『極爆光』っ!!!)


秋は右手に持つ日本刀を捨てて光魔術『極爆光』を発動させる。この光魔術もまた威力のみを追い求めた威力最高クラスの魔術だ。


―――キュアァァァァァァ……


ドラゴンが口を開けて嘶く。秋が空中という不利なフィールドで何をしようとしているのかを分かったのか、対抗すると言わんばかりに口を開く。


そして口を秋の方へと向けて開けるドラゴンに対して、秋はドラゴンが自分に何をしようとしているのかを完全に理解した。この差コンマ1秒。


(まさかこいつ―――ブレスか!!)


伝承としての竜。その必殺技。全てを焼き殺すドラゴン・ブレスが今まさに現実として秋の目の前に現れた。


ドラゴンの口腔に白とも赤とも、橙とも黄色ともとれる暖色の光。それは最初は小さかったものの一秒を経つごとに大きく威力を増していく。


(不味いっ…今の魔術であのブレスに立ち向かうことができるか…?)


秋は混乱していた。今のままでも立ち向かう事が困難なのに、さらにドラゴンが必殺技を持ち出してきたのだ。自分も更に威力の上乗せをするしかない。だから自分も更に上に向かうしかない。たとえ成功する確率が僅かであっても


(やるしかないか………魔剣創造っ!!!)


秋は願う。自らの魔術の効果を高め、それを放つことのできる剣。相手を倒し得る剣を、自分の力を載せて更に放つことのできる剣を。


―――ゴアァァァァァァ


これはドラゴンの咆哮などではない。ドラゴンの持つブレスの音。竜の王によって収束されたエネルギーはお互いに反発を起こし、今か今かと解放の時を待っている。


(来いっ!!!!)


秋は願い念じる。自らのスキルがその祈りとも言える念を叶えてくれるその時を、イメージを巡らせ、想像を張り巡らせ、そして自らの魔力を持って顕現させる。そして魔術を発動している左手に感触が伝わると、その剣の名を呼ぶ。たった一度だけ、巨大な敵との絶対の勝利をもたらす剣。その名も。


「『エーグザッケス』っ!!!!」


竜殺しの伝説。それは数々の現代社会の中でも知っている者は数知れない。日本では八岐大蛇を討伐した須佐之男命。西洋ではジークフリート。神話などではベーオウルフなどが存在する。だからこそ秋は模倣をやめた。借り物では勝てないと悟ったからだ。


そして勝利とは明確なイメージとして存在することはない。勝利とは敵を倒すことで起こる現象である。イメージが曖昧になるが故に、勝利のイメージもやめた。


秋は目の前にいる自分を殺し得る障害を、どのように排除するかというイメージを以てして、この剣を生み出した。名を『エーグザックス』。仲岡秋が竜殺しの英雄として、地球上の竜殺しの英雄に並び立つにふさわしい魔剣。


「装填!!」


秋は叫ぶ。ブレスの熱気が微かに頬を掠める。危機感を抱きながら秋は自らの雷魔術を、その剣へと流し込む。


雷を帯びる魔剣。秋の手元が魔剣の圧力で震える。それでも秋はなお紡ぐ。


「装填!!」


雷を帯びる魔剣にまた、秋は魔術の力を流し込む。それは光。全てを貫く光の魔術。


「さあ、覚悟しろよ竜の王様っ……!!」

「ギャァァァァァァァ……」


秋は光と雷を帯びた剣を竜に向ける。竜は開けた口を秋へと向ける。


両者まだ撃たない。最高のタイミング―――秋は最大まで魔力を、竜は最大まで炎をため込む。お互いに最大の攻撃でないと奴を倒し得ないことを知っているのだ。そして。ついにやってきた。両者が殺すような目線をお互いに向ける。お互いが命を切りため込んだ力を、今ここでお互いを殺すためだけに使うのだ。


そして―――その時はやってきた。



「『天翔ける光雷』っ!!!!」


「グガギャァァァァァァァァ!!!!」



両者が叫ぶ。そして解き放つ。秋は雷と光が混じる白雷を。竜は赤を通り越して碧へと至った蒼炎のブレスを。



「うおおおおおおお!!!!」

「ギアァァァァァァァ!!!!」



両者の必殺を秘めたその攻撃はお互いの攻撃でかき消されていく。どちらが飲み込むでもなく、ただ消えるでもなく、両者の攻撃が拮抗して、今もなお戦っているのだ。


両者吼える。ここからは覚悟と純粋な力のみがぶつかる戦場。そこには竜の王と秋しかいない。そして勝者は一人だけなのだ。


無限の様な時間。蒼炎と白雷が嘶き、ぶつかり、叫ぶ。風圧が神界を震わせ、その振動波は神界全体に伝わった。


そして―――永劫の時間も、パッと終わりを迎える。


秋も、また竜の王たるレイオニクス・ドラゴンもまた、これにて終了。


お互いに力を出し切った証は、徐々に小さくなっていくお互いの技がそれを証明した。



そして―――衝撃波が止む。風が止まる。



秋は力を亡くしたように地上に落下する。竜の王もまたもう力を出すことはできない。顔を項垂れて息を荒くしている。


だが、秋の目は―――死んでいない。


(悪いな竜の王様。これで終わりだ)


秋は最後に願う――――『魔剣創造:第十三の型』を


その名を。阿修羅と。




秋の左手にあった竜殺しの魔剣はもう灰と化した。剣もまた自らの力を出し切ったのだ。


そして秋の右手・左手。更には宙に浮かぶ七本の魔剣。


それぞれがただ竜を殺すためだけに生まれた魔剣にして、今度こそ竜を殺すための魔剣。


そして右手・左手にある魔剣は二対一本。この魔剣だけには名を与えたのだ。


名を『無想剣ハルバドリオン』と。


秋が考えた最後の一振り。二本目の策。秋はあの竜王を侮ってなどいなかったのだ。一撃を殺そうなどと思ってはいなかったのだ。それが明暗を分けると、この短い戦闘の中で悟ったのだ。


故に――阿修羅。人を超えても竜に立ち向かうそれは人を超えた鬼故に。


そして秋と竜との距離はあと100mもない。竜はその瞬間。相手を称えて自らの瞳を閉じた。




―――そして、竜の体に七つの傷跡と、横腹に大きな十字傷を背負った後に、竜は消えたのだ。


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