第17話


「…もう戦うのか?魔物と?」

「ああ、そうじゃよ。スキルを、それも戦闘用のスキルを覚えるのには実践が一番じゃ。ああ心配はせんでよい。死にはせん。ただし――――もしやられたら死ぬほど苦しいじゃろうがの」

「――――っ!!!……おい爺さん。アンタやっぱりいかれてるんじゃないのか?」

「ホッホ。儂はスパルタなんじゃよ、ついてこないと異世界なんて夢じゃぞ?」

「はぁ………分かった。やるよ爺さん。で俺は何をすればいいんだ?」

「では行こうかの」


そしてゼウスが指をパチッ。と鳴らすと、そこには欠片ほどあった生活感というものがキッパリ無くなった空間に飛ばされていた。


「ああ、今日からお主はここで訓練してもらうぞ」

「ああそうかい。んで?魔物って、ここに呼ぶのか?もしくは……そうだな、召喚。とかか?」

「う~む。惜しいといった所じゃの。まあ見ておれ、儂も全能神の端くれ、少しばかり神の力を使ってだな―――『全能神の唯我発動。【スキル:電脳境界から『ゴブリン・ファー・ロード』を顕現】』


ゼウスが一言スキルの発動を宣言すると、そこにはゼウスでも秋でもないもう一つの人型の何かが生まれた。


それは醜悪な見た目と、それに反して豪華な装飾品。まさに正反対のそれが織りなす不気味さ。身長は秋の半分程度。


「こ奴はイーシュタルテのゴブリンの中でも最上級。名を『ゴブリン・ファー・ロード』ゴブリンロードの突然変異種で、こ奴をのさぼらせておけば一か月もあれば小国を支配できる程のゴブリン軍団を作り上げると言われておるほど強力な魔物じゃ。もちろん個としての実力も折り紙付きじゃぞ?さあ、行くぞ秋!!」

「今日の爺さんは早いな。展開が」

「ホッホ。魔物が律儀に“はい行きます”なんていうてくれる訳ないじゃろう!!行け!ファー・ロード!!」


突如響き渡る。ゼウスの神の号令。そしてそれを聞くのすぐに目的――秋に向かって走り出す。異世界最強のゴブリン。


秋は人生で初めて、“戦闘”と呼ぶに足りるものを経験するのであった―――。







(大丈夫だ。落ち着け、この程度の事で動揺なんてしていたら、異世界なんぞ夢のまた夢だ)


秋は心の中でそう願う。ゼウスがスキルを行使する前から秋の緊張は高まっていた。


「―――魔物が律儀に“はい行きます”なんていうてくれる訳ないじゃろう!!」


その通り。間違いなく秋は思った。そして同時に、爺さんならここで仕掛けてくるだろうとも思った。


(俺が使う事のできるスキル。それは武術としてのそれと、未知の力を誇る魔術のみ―――)


「いけ!!ファー・ロード!!!」


(なら、今は俺の作ったものに頼るしか道はない!!)


秋は念じる。そして自らの体をスキルとしての技能に同調する様に体を預ける。するとどうだろう?まるで体が軽く、そしてゴブリンの動きがスローに、そして感じるとわかるのだ。次に動くであろうゴブリンの動きが。その未来をも見通せるスキルの力が。


ゴブリンは走る。元々ゼウスとの距離があったのだが、それでもその大きくも小さな差を瞬間で埋めるように、ただひたすらに全力で走るゴブリンの帝王の姿。


そこにあったのは紛い物でも魔物としての本能。肉を喰らい飢えを満たす魔物の本能がゴブリンの帝王をただひたすらに走らせていた。


そしてその迫力は秋にも伝わってくるのだ。秋はその重圧をビリビリと感じる。怯える。恐怖する。だが自らのスキルは怯える体にこの状況を打破するための力をくれたのだ―――。



―――!!!!



突如頭の中に浮かぶ電流。文字列。そしてそれが成す意味。もうゴブリンは最高速度に達している。秋はまだ何をアクションを起こしてはいないが、それでも秋の目には勝てるという確信。それはこの文字列が成す意味を含めての行動。自分の力が相手の力を上回ったという完全な確信からだ。


そして唱える。ゴブリンと応対した際に望み念じた。秋の力の根源たるスキルが、それにこたえてくれたのだ。


秋は詠唱する―――魔術を。



『宵闇刀』



ただ一言。その秋のただ一言で、状況は変わった。


秋の手に握られていたのは、まさしく刀。それも刀身そのものが闇に染まった刀。魔術で形作った刃。その名を宵闇刀。闇を纏う刀を創造する魔術だ。


そして秋は、生きて初めて刀を持つという経験をして―――微笑んだ。それには秋の第二のスキルが答える確信と、それによって勝利を掴む確信とがあったからだ。


―――完全武装術。発動


秋の構えが変わる。もうゴブリンとは3mもない。あと数歩でゴブリンにはあり得ない爪と、ファー・ロードの身が持つ剣で身が引き裂かれる寸前。秋は構えを変える。それは一刀の構え。刀を持ったことがない秋ができるはずのない完璧な構え。


そしてトップスピードで突っ込んでくるゴブリン。だがゴブリンは気づいてない。もう秋がトップスピードに入っていることに。


ゴブリンの認知を超えたトップスピードまでの異様な速さはスキルがもたらした恩恵故に、だからこそ秋はそのスピードのままでトップスピードを操ることができていない馬鹿なゴブリンを切る。


悲鳴などはない。それがホログラムであることを認識しているから。だからこそ、終わりは無常に、唐突に、音もなく人生初めての戦闘は終了した







「ほうほう、その調子じゃと、いいスキルじゃったようじゃ」

「ああ、おかげさまでな」

「まあ良い。じゃがもし次のスキルを使う事になるなら、武器の事をどうにかせんといかんの…」

「ん?どういうことだ?」

「お主剣を魔術で創造したじゃろ?戦闘中にいつもあんなことをやるつもりか?」

「………あ」

「今のお主とあのゴブリンの間に絶対的な差があったからいいものを、もしこれが手練れじゃったら間違いなくお主は魔術の隙をつかれておったと断言できる」

「………ああ、そうなのか…」

「だからスキルで解決できるならしておくとよい。本当は儂が何か見繕ってやりたいのじゃが、これもまた神界忌録に違反する行為となってしまうのでの、アドバイスだけということになるの」

「ああ、まあそれだけでも俺としては十分にありがたい。おかげさまで次に作るスキル。それが決まったよ」

「ああ、そうか。では次の訓練は15分後にしようかの。その間にお主はスキルを作るとよい。それでどうじゃ」

「ああ、分かった」


そういうとゼウスはまた指を鳴らしお茶一式を用意する。今度は畳ではなく西洋のティーポッドにアンティーク調の机などを備えた西洋を意識しているお茶セットになっていた。


そこでお茶をしているゼウスを後目に、秋はゼウスと背を向き目を閉じ、まずは意識を集中させる。


(俺の弱点……それは武器がない事。俺だけの武器。俺だけの武具。そういったものが何一つない事。幸い作ろうと思っていたスキルに、その問題を解決できるものがある―――魔剣創造スキル。作ってみるとするか)


秋は一つ大きな深呼吸をして、もう一度意識を深層に落とす。


(スキルを意識するのは大事だ。だが今回は要素すらもイメージで補強して確固たるものとする。そのためには予め使う要素と使わない要素を理解する必要がある…)


あの夜空の世界では念じた・願った結果を元にスキルが自動的にその結果足るスキルの道筋となるべく要素を自動的に構築して創造する。だが秋はそれでは駄目だと思ったのだ。


(もっとだ…あの世界じゃ足りない。完全にマニュアル化した世界でないと、あの魔剣創造のスキルは完成しえない…)


秋はスキルを構成要素にまで分解し、そして二度創造したという確かな経験が存在していた。そして秋は気づいたのだ。扱う事が簡単な構成要素と、難しい構成要素が存在すると。


(魔剣……あの構成要素は、きっととても使いづらく、そしてオートでスキルを組み立てる際にそれを使うことになると、本来の魔剣の要素が持つ力を十分に発揮しえない……)


これもまた秋は気づいていたのだ。二度目のスキル創造の際に、秋はその事実を体感していた。確信に至ったのは作り終えてから。


(だからこそ、あの世界では駄目だ。あの作業場では駄目だ。もっと、もっと完全にマニュアルの作業場。それが自分には必要なんだ―――)


シュウはイメージする。そして確固たるものにする。何度も修正を加えて完全なものにしていく。そして


(―――――よし。出来た……じゃあ、行くか―――創造)


創造。そう唱えた瞬間。また意識が吸い込まれていくのを感じた。



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