第8話

「……どうしよう……茉奈ちゃん……秋君。消えちゃった―――」

「―――可能性として、あいつが嘘を言ってる可能性もある。でも……」


今この二人、特に夕美の方は心に深い傷を負った。それは生徒たちをなんとも思ってない神様を名乗る少年からの、とんでもない一言だった。



『―――さっきも一人君たちのお仲間を消したからね。』



その言葉が夕美の心を大きくえぐった。秋が消えたことと関係がないわけなんてないのだ。実際に秋は消えているのだから


茉奈は夕美の姿に耐えられずに秋の友達である陽の方に目をやる。するとそこには立ったままに目をつむっている陽の姿があった


(全く、あなたの友達がいなくなって私の友達はこんなにも泣いているのに、何故貴方はそんなに冷静でいられるの!?)


なんの根拠もない八つ当たり、だがそれだけ茉奈は夕美の事を心配しているし、同時に泣き崩れている夕美の姿を見たくないと思っている


「泣いているのか?夕美。けど大丈夫だ。これから行く異世界だろうと、僕は勇者のスキルを手に入れた。もう心配しなくてもいい。僕が夕美の事を絶対に守るから―――」


などと言っているのは天上優雅。優雅は優雅なりに慰めているつもりなのだが、どうやら要件をはき違えているようだ。秋の事ではなく、これからの事に心配して泣いているのだと思っている様子だ。もちろん検討違いも甚だしいのだが。


「優雅。今夕美が泣いているのはそれじゃないの、幼馴染の秋君がいないからよ」

「ああ、そうだったのか、でも別にいいじゃないか。あんな奴の事なんて」


嗚呼、と茉奈は思った。優雅は完全無欠の完璧少年と思っている人たちがたくさんいる事を知っているのだが、だが私たち幼馴染である優雅・茉奈・夕美・雄介の四人もまた、幼馴染なのだ。そして幼馴染で昔から知ってるからこそわかる優雅の心の幼稚さ。

優雅は失敗を知らない天才。だからこそ心も幼稚なのだ。誰かに叱られたことも、誰かに反発したこともない。成功しているからいつも褒められる。反発するまでもなく正義だから相手が引き下がる。だから優雅が幼稚な心の持ち主でも生きていけた。

だから優雅は自分たち幼馴染を家族と思っているからこそ、話したくないし離れたくないのだ。その心が所々に現れている。だからこそ優雅は秋を目の敵にするのだ。夕美を奪う敵という認識を変えられないでいるのだ。

そして今回もまた成功しようとしている。『勇者』のスキルは優雅に渡ったのだ。


(はぁ……その心の弱さに付き合わされる私たちの身にもなりなさいよ、全く)


「優雅。いいから、私が何とかするからもう黙っててくれないかしら?」

「あ、ああ。分かった、夕美の事頼んだよ」

「ええ、任せて」


こうして秋を嫌う優雅と秋を好いている夕美との間で、板挟みになるのもまた茉奈の役割なのだ。茉奈はこの幼馴染グループの苦労人なのだ。


「茉奈ちゃん……」

「…優雅のあれは昔からよ、流しておいた方がいいわ。それに―――」


秋の事は茉奈からも口には出せなかった。もし仮に嘘だったとしても、あいつが嘘をつく理由にはならないのだ。だからこそ真実である可能性が極めて高い。故に下手な事は言えないし言いたくもない。結果どうする事も出来ないのだ。嘆いても、慰めても、秋がここから消えたという事実は無くならないのだから。







そして二人の前にも透明な板が現れた。二人もまた光輝ほどではないが百余りいる中でも5~15番目には起きている。すぐにでも板の順番は回ってきた。


まず始めに茉奈から、その運命を決める透明な板は回ってきた。


(スキル、スキルといってもどれが正解でどれが不正解なのか私には分からないわね…でも、魔法なんてものが存在する事がスキルの中に書いてある―――じゃあ、これかしらね。『大魔導士』これにしましょう)


茉奈は、これまた秋の紙に書かれていた王道系のスキルの一つである『大魔導士』を選択し、決定した



――轟ッ!!



確かに茉奈の中にスキルの存在を感じる事が出来た。スキルは無事に茉奈の元に届いたのだ。


(とりあえずスキルという物は入手できたわね―――)


茉奈はとりあえず能力としてまともなものが入手出来て満足だ。そしてしばらく経たない内に次は夕美の運命を決めるべくスキル選択の透明な板が現れた。


夕美が選んだスキルは―――光魔導士。


光魔導士とは、文字通り光を扱う魔導士、光を飛ばし敵を貫いたり、癒しの光で敵を回復したり、味方を守るべく障壁を貼る事さえもできるスキルになる


ちなみに大魔導士とは文字通り偉大な魔導士としての能力があるスキルであり、炎・水・風・大地を操る魔術を放つことができる。だがこのスキルには光・闇の魔術を扱う事は出来ないのだ。


(ふう、とりあえず私と夕美、それに優雅に…雄介ももうすぐっぽいわね、とりあえずつまらない能力を選ぶという事はないでしょう。それに―――)


茉奈は今でも目を瞑り体を硬直させている陽の方を見る。


(陽君は確か――遅かったわね、けどまあ、心配するほど私たちに余裕があるわけでもない。ここはとりあえず自分たちの心配をしておくべきかしらね)


こうして茉奈もまた、冷静に物事を見据えて、未来に向けて行動を開始しようとしていた。だが、心のどかでは達観・静止。現実味のなさなどが行動の中に浮き彫りとなっていた。茉奈という人間に評価を下すとするのであれば、普通以上陽以下という感じだろうか。だがここでの選択は僅か1mm誤るだけでその後の未来が崩れる。それを理解しているのと理解していないのが、陽と茉奈の差だ。







こうして、軽く30分ほどが経った。白い部屋にはザワザワと声が響いており、あの金髪の少年も眠そうにあくびをしている。


会話の内容はほとんどスキルの内容。中には優雅も交じっており、自慢げに話しては周りの称賛を浴びて煽てられているのが見える


そして夕美は泣き崩れて、まるで精神を守るかの様に眠りについた。


そしてもう一人の雄介は茉奈の近くに立っていた。ちなみにスキルは『聖騎士』名前からして当たりだろうと予想を立てている。実際秋の手紙には当たりと書いていたのだが。


「あら雄介、そっちもスキル取り終わったんでしょ?大丈夫だった?」

「ああ、大丈夫だ。そっちもスキルは大丈夫だと聞いちゃいるが…他は大丈夫そうじゃないな」

「ええ、夕美はすっかりあの調子よ」

「相当秋の事好きだっただろうからな」

「ええ…本当に」


夕美は秋の事が好きだったことは、幼馴染である2人はほとんど確信というレベルで勘づいていた、もちろん優雅は知らない。


「ええ、あのアプローチの仕方は間違いねえだろ?」

「まあ、隠せてるようで隠せてなかったからね…」

「そして、聞いちゃいたが―――やっぱり、消えたのは秋か?」

「ええ、多分間違いないと思うわ。私たちも一人一人気絶していた人の顔を見て調べたけど、秋君はいなかったもの」

「ああ……本当に災難だった。としか言いようがねえな、こりゃあよ…」

「ええ、なんといえばいいか分からないわ、これから全く知らない未知の所に行くのに、肝心の夕美がこれじゃ…」

「まあ、優雅も今回のこれにはあてにはならなそうだしな、俺も最低限フォローはしてやるけどよ」

「ええ、今はその言葉が一番有難いわ」

「まあ、頑張ってくれ我らが苦労人さんよ」

「うっさいわね、誰か代われるもんなら代わってほしいわよ…」


そう言う茉奈の表情は苦々しく、同時に雄介の顔は苦笑いを浮かべていた。


「まあ、そういう事だ。もうそろそろスキルのそれ終わるころだろ、しばらくは備えてるわ、じゃあ後でな、茉奈」

「ええ、分かったわ」


こうして茉奈と雄介が分かれてから3分後に、全員のスキル分配が完了した。


『よし!皆のスキル分配がようやく完了した!じゃあさっそく異世界に飛ばすけど準備はいいよね?ね?』


皆が様々な感情を込めた目線を神様に向ける。神様もさすがに生徒たちの顔を上から眺めた。


『よし!皆いい顔をしている!じゃあ、行ってらっしゃ~い』


そんな軽いノリで話す神様。そして腕を上げゆっくりと指を鳴らす、すると…。



―――ゴゴゴゴゴゴゴ……!!!



神の世界で地面が揺れる。その揺れはどんどん大きく激しくなっていく。生徒たちの悲鳴と驚愕の声が上がり、辺り一面は大パニックに陥っていた。


「な、なんだよ!!コレッ!!」

「キャァァァァァァァ!!!」

「ふざんな!こ、ここから出せよぉぉぉ!!」

「も、もう終わりだ………」


生徒たちの阿鼻叫喚。もちろん陽は覚悟を決めてゆっくりと深呼吸をしている。茉奈は夕美を抱えて眼を鋭くしている。この揺れに夕美も意識を覚醒させていたがそんなことこの状況で茉奈が分かるはずもない、優雅は焦りながらも皆を落ち着かせるべく声を上げている。行動は立派だ。もちろん意味はほとんどないが。


――ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!!


揺れが縦横とを蹂躙する。そして揺れる地面に魔法陣の様な複雑な模様が描かれていく。


―――ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!!


魔法陣がその線と枠に沿って光を放つ。その光はどんどん大きく。そして極光となり世界に爆ぜた。


――――ピイィカッ!!!


音もなく、爆ぜた光が陽・茉奈・夕美ら生徒たちを飲み込んだ。







そして一番に意識を覚醒させた陽が聞いた朧げな声。それは


『はぁ…はぁ…せ、せ、成功…しましたわ……』


と呟く声と、それを喜ぶかの様に歓声を上げる周りの者どもだった。



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