第7話

「ん、ううう……」


うめき声を上げながら朧げに目を開ける。


全てが真っ白に包まれた、まるで生活感のない。いやそれどころか人が住める空間ではないことすらもが伺えるこの神秘的かつ不気味なこの場所―――そう、神界だ。


「こ、ここは……?」

「陽君!陽君!」


誰かが陽を呼んでいる。体をゆすっているのを陽はしっかりと感じていた。


「お、お前は……、ああ、夕美さん?」


そう、確かに自分の体を揺すっているのは、あのクラスの美少女である立花夕美だった。そして、あの立花夕美が自分の体を揺すり起こしてくれていることも衝撃だったが、もう一つそれ以上に衝撃的な事が告げられた。


「秋君が、秋君がどこにも見つからないの……!!!」







「しゅ、秋がいない…?」

「うん…この近くのどこにも、秋君の姿が見えないの…」

「それはどういうことだっ…!」


思わず陽は夕美の肩を掴む。先ほどまで倒れていたとは思えないほどの気概が陽から感じられた。


「え、ちょっと――」

「落ち着きなさい吉鷹君。夕美だって何がどうなってるかわからないの――」


陽があまりに動転していて気が付かなかったが、夕美の隣には同じくクラスの美少女の一人である茉奈ちゃんこと柊木茉奈もそこにはいた。


「私たちだって全てを知っているわけではないの、学校にいたと思ったら突然こんな訳の分からない白い部屋に飛ばされた。そして今このざま。誘拐なのかそれとも何なのか、ともかく私たちにはどうする事も出来ないの、ここは完全に塞がれてるっぽいし、そもそも端がどこか分からないぐらい広い部屋。それに歩いていると透明な壁みたいななのに阻まれて囲まれてる。もう一度言うわよ?どうしようもできないの、私たちをここに入れた人達以外には、どうしようもね。」

「―――ああ、すまない夕美さん」

「え?ああうん。いいよ全然。お互い様だしね」

「じゃあ私たちは行くわ、秋君が見つかったら教えて頂戴。ほら行くわよ夕美」

「うん。また後でね、陽君」

「――ああ」


そして夕美と茉奈は行ってしまった。もちろん陽も秋を探すべく、そしてここかなんなのか調べるべく行動を開始しようと立ち上がったその時



――クシャ。



そう、自分のポケットに何か感触があったのだ。音からして薄い紙の様な物。陽はその正体を探るべくポケットに自分の手を突っ込む。


入っていたのは案の定紙だった。それも何重にもおられてクシャクシャの紙、陽は勢いよくその紙を開くと、秋の字が書いてあることを確認しつつ目でその文字を追い始めた。



==================

陽。今お前にある状況はとても複雑なものだ。それに信じられないだろうがよく聞いておいてほしい。そしてもし俺の言ってることが嘘だと思うなら構わないが、本当だと信じてくれるのならどうかこの事を知って動いてほしい。


今お前は白い部屋にいるだろう。俺も先ほどまでいた。多分説明があるだろうが一言でいうとお前たちは召喚されている。そう、あの剣と魔法のファンタジー世界みたいな感じの異世界に


ああ、信じられないとは思うがこれが真実だ。今からお前たちはその異世界で『勇者』として行かなくちゃいけない。


そして神様を名乗る金髪で青い眼をした子供に異世界で使える能力――スキルが渡されるだろう。ああ、お前が呼んでるような異世界召喚系の確か――ライトノベルだったか?それに近いものだ。


だがあえて言っておく、今から行く場所はゲームじゃない。現実だ。剣があるという事はお前が切られるかもしれないということだ。切られば痛いしお前は死ぬ。コンテニューなんて出来ない。


そして少年からもらえるスキル――それはお前の運命を決める。大事に決めろよ。それに参考になるかもしれないのでお前がとった方がいいと俺が思ったスキルの一覧を貼っておく。それを参考に決めてもらっても構わない。ただしクラスメイトも同様にスキルを決める。そのスキルの中からだ。スキルは何人もに渡されるものじゃない。一人一つで被りは絶対にない。今から選ぶスキルの中には当たり・はずれが存在する。注意しろよ。


~~~~~


最後にだが、今から行く異世界がゲームの通りの設定じゃない可能性だってある。異世界の住人も嘘をつける。安易に信頼するな、まずは自分で考えて行動してくれ。お前はスキルで人よりも大きな力が得られるだろうが、その力を使おうとするやつは大量にいるだろう。だから何をするにも自分の意志を大事にしてくれ、信頼できる奴と出来ない奴を見つけろ。クラスメイトも例外じゃない。知らない世界で何を起こすかなんてわからないんだからな。


本当に最後だが、誰がなんと言おうと俺は生きている。お前を置いて行って悪かったな、必ず助けに来る。お前らのいる異世界から地球に帰れるように俺がする。だから必ず生きてくれ。俺が来たときには墓の中なんて笑わせることはするなよ?



―――秋より


===============



「―――馬鹿野郎。俺が死ぬわけねえだろ…」


陽は一人その紙を大事にポケットにしまうと、注意深く白い部屋を見回した。先ほど陽が見た時はまだ倒れている奴もちらほらいたが、今では完全にみんなが気絶から解き放たれていた。




(注意深く、何よりも―――この場すらも自分しか信用する奴はいないっ……)




陽は一人歯を食いしばり覚悟を決める。ゆっくりと心の中で先ほどの秋のメッセージを復唱し続ける。




(助かったぜ秋……お前の言葉がなかったら、覚悟なんて決められなかった―――)






陽は覚悟を決めたのだ。この異世界では、自分以外を信じる事はしないと。







『やっほー、みんな起きた?僕は神様、よろしくね?』


頭の中に声が響く。すると白い部屋の中心に、金髪で青い髪―――まさに秋のメッセージ通り―――の少年が宙に浮いていた。


(こいつが秋の言う“神様”かよっ…)


陽は一人覚悟を決めた目線で神様を見つめる。クラスメイトも同様に次の言葉を待っている様子だった。


『じゃあさっそくだけど…君たちにはこれから異世界―――イーシュタルテに行ってもらうよ。もちろん拒否権なんて…あるわけないよ』


およそ数百のやつらが一斉に文句・絶叫・息をのむなどといった絶望のリアクションを取る。それもそうだろう。拉致されて知らない場所どころか、知らない世界に飛ばされるのだから。


(ここまでは秋の筋書き通り…)


陽は固まったまま、動かない。秋が助けに来るというのだ。期限はある。なら生き抜いてやろうじゃないかと覚悟を決めているからだ。


『よしよし!みんな理解してくれたみたいだね!僕はうれしいよ!じゃあさっそくだけど、皆にスキルを―――って、うるさいなぁ……君たちはこの僕の話すら聞けないのかい?全く…』


それもそうだろう。だって今もこの白い部屋いっぱいに罵声と絶叫と鳴き声とが入り混じった、まさしく阿鼻叫喚という趣きなのだから。声が通らないのも仕方がない。だがそれを神様を名乗る少年が許すわけがない。


『「黙れ」』


その一言で、生徒たちの声は収まった。そう、強制的に。


(俺のこの不確定なライトノベルの知識が正しいのなら――魔法なるものも存在しても、おかしくはないのかもしれない)


陽はそう結論付けて自分を保っているが、陽以外の全員は混乱しているに決まっている、唐突に喋られなくなったのだから。


『うん、静かになったね。いやーこれが一回目だからいいけど、次にこんなにうるさくしたら―――殺すよ。さっきも一人君たちのお仲間を消したからね。君たちが一人消えるぐらい僕にとってはどうでもいい』


(――――!!!多分秋の事だ!!)


『じゃあさっそくだけど君たちには異世界イーシュタルテで【勇者】として活躍してもらう!君たちは異世界で人々を脅かす魔物たちを率いる王、魔王を倒す使命を帯びてここに来たのだ!そして君たちには、魔王を倒すための強力な力である“スキル”を授けよう!授ける順番は―――そうだ、先ほど気絶から目覚めた順番でいいや。一人目は消しちゃったから―――二人目!そう君だよ君!君から選んでいいよ!』


そうして指名されたのは、二番目に気絶から覚めたと言われる我らがクラスメイトである天上優雅だった。


『ああ、そうそう、今君の前にタブレットみたいなのが出てるでしょ?そこからスキルを見て選んでね、ああもちろん前がつっかえてるから早くね、早く選ばないと―――どうなるか知らないよ?』


その言葉に急かされる様に優雅は自分の目の前に突如現れた透明色のタブレットを覗く。そのころ陽は一人で目を閉じ思考の中にいた。


(あの神様…一人目は消したっていったな?じゃあ秋が起きたのは一人目だったって事か、そして何かしらがあった。俺たちが気絶している間に。そして秋は消えた。だが俺が貰った紙には生きてると書かれている。しかもあそこまで詳しく展望が書かれていた。という事は自分で消えたのか?それもあの神の目を盗んで)

(もちろんあれを書いた後に神様から消され、もう秋はいない可能性もある―――だが、どうにも想像できねえんだよなぁ…あいつなら神様の眼すら盗みそうだ。まあ、あいつなら生きてんだろ。多分、というか確実にな)

(そしてスキルの事だが、随分としっかり描かれている。それも詳しい内容まで。これ、所謂『チート』だよなぁ…。秋の奴。ホント何をやったんだよ…まあでも有難い、これを用意してくれたってことは、おそらくこの一覧が強いスキルって事を現してくれてんだろ。そしてこれをクラスメイトの誰かが持ってる。と、スキル一覧は…剣・魔術なんかの物から勇者・聖騎士・大魔導士なんかの王道といってもいい物まで用意されている。ありがとう秋。今は頼りにさせてもらうぜ…)


陽は自らの知識と秋からもらった知識を組み合わせて今の状況と未来の展望をゆっくりと整理していく。もともと陽は馬鹿ではない。むしろ頭は回る方だ。それに本番に強い。これが本番というと少語弊があるかもしれないが、それでも急な事態の対処に強いと言えばいいだろうか。最も、この状況でどうにか未来を見据えて行動を開始しているのは陽しかいない。それだけでも陽は天才なのだ。この状況で冷静でいられる陽は、それだけで天才の素質があることを理解しておいてもらいたい。


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