第5話

「こ、ここは……」


先ほどとは打って変わった色のある部屋、茶色の床に誰も座っていない机。それに買えりのHRを行っていた黒板など。


「やっったぁぁ………」


秋は大きな声を上げて喜ぶでもなく、ただ生気のない声を上げ、まるで仕事疲れのサラリーマンの様な声を上げてヨナヨナとへたるように座り込んだ。


秋にとっても賭けだったのだ。あの糞爺の時と違い奴には召喚に対する負い目を感じられず、さらに召喚を楽しんでいる節すら存在していた。そして相手は格上であり自らをいつでも殺せる存在であったことはあの威圧からみても明白だったのだ。


だからこそ秋は自分の命を賭けに使い、そして今一度故郷への帰還への切符を手に入れる事に成功したのだ。


「ふい~。疲れたー」


秋はとりあえず自らの状況整理を行う事に決めた。


(とりあえず帰還は成功した―――。だが、見ての通り帰ってきたのは俺一人だが、これはもしかしなくても不味いのではないのか?恐らくこの学年の生徒の全員失踪はいずれ人々の目に晒される。もしかしたら大規模な事件としてテレビで取り上げられる可能性も低くない。そしてその時に、俺一人だけが残っていたら―――)


そう、それが問題なのだ。糞爺の時は自分一人だったので内々に収める事にかろうじて成功したが、今回は召喚の規模が違う。なんせ100人単位で人が消えているのだ。しかも前触れもなく。この事件が人々の目に留まらないわけがない。その時につられて自分も事件の参考人として脚光を浴びる事は間違いないだろう―――もちろん、悪い意味で。


(さて、ここからが問題だ――この事件はいずれ人々の目に留まる。しかも悪い事に俺もその事件の参考人として脚光を浴びる事になるだろう、とれる行動はいくつかあるが…一つ。自分も姿を消して失踪する。二つ。このまま事件の参考人としての人生を歩む。三つ……三つ目か…何かあるか?この状況を抜け出せる一番の方法……ああ!わかんねえ!)


(だが……って考えるとここにいるのも危険じゃねえか!早くこの学校から抜け出さないとっ!)


そして秋は、先生に見つからないようにしてさっさと帰る準備を進め、学校を抜け出した。







「はあ……どうするか……」


もうすっかりと日は沈み始め、辺りは影が濃くなっている。時刻は6時前。秋は帰り道を歩きながら今後どうするかを考えていた。


(さてぇ…タイムリミットはここから家に帰るまで、家族にバレたら俺は成り行きで生きていかなくちゃならなくなる。この召喚事件の存在と俺の存在がいない今のうちに決断を…でも一人で生きていく当てなんてないしな……ああ、クソ。こんなことになるなら俺もあの世界にいればよかったか。早まったかもしれないな…だが手遅れになる前にここに帰る事が最善。それは間違いないんだ…)


秋は行動を迫られていた。今のうちにとれる行動と覚悟を決めないといけないというのは中々に酷な事だろう。いくら思考能力や特別な力が存在していると言っても、根底は15歳。まだまだ大人ではない年しか生きていない少年だ。


(ああ、クソ。誰かこの状況を一発で解決してくれる神様とかいねえかな―――)




『ホッホ、呼んだかの?見つけたぞ秋よ。』




こうして、秋は三度目の召喚に応じる事になったのだ―――。





秋にとってこの景色が三度目だった。白い壁・床・天井。そして見慣れた爺のシルエットに、何やら今度は畳にお茶をたしなんでいる様子が、極光に目をやられた秋が朧げに見つめた最初の景色だった。


そして目が鮮明に映るようになると、その憎たらしい姿に思わず緊張が走ってしまう。




『おお、ようやく見つけたぞ秋よ。何やら儂が出張らないといけない事態になっとるようじゃのお』

「………糞爺…!!」

『おいおい待て待て!ちょっとは待っておくれ!お前の事情は分かっておる!儂ならそれを解決できるかもしれんぞ!』

「…………なんだって?」


秋はその話に食いついた。今秋の人生で一番困っている事象をこの爺さんが解決してくれるというのなら、それに乗ってみるのが最善なのではないかと思考を巡らせる。そして。


「―――詳しく話せ」

『ああ、分かったから座れ。茶ぐらいは出してやるわい。ほれ』


秋は話を聞く以上はという事で、生唾を飲み込み覚悟を決めてその畳の上の座布団に腰を下ろした。こうして神を名乗る爺さんと秋の会話の場が設けられたのだ。







並々と注がれた茶が二つ置いてある。その端には爺さんが座り、そしてもう一つの端には秋が。ちゃぶ台を挟んでお互いに向かう形で腰を落ち着け話を始めたのは爺さんの方だった。


『まあお前さんを呼んだ時点で大体の事は知っておる。召喚に巻き込まれたんじゃな?それも大規模な召喚に』

「ああ、そうだ」

『んでお主はあのスキルを使って一人戻ってきた。と、事実はこれで合っておるな?』

「ああ、間違いない」

『ちなみに聞くが、お主は行ったんじゃろう?召喚した神の“神界”に、どうじゃった?その神の容姿を聞かせてはくれんか』

「……なぜ、それを聞く?」

『お主は疑りぶかいのぉ…。それはの、奴のしたことが神の中の法である「神界忌録」を破るれっきとした違反じゃからじゃよ』

「……じゃあ、あいつらを元の世界に戻せるのか?」

『…それは難しい。儂にも世界の管轄があり、それを逸脱して干渉する事は忌録の中でも一番に重罪。儂でも罰を負わされる事になるじゃろう。それに』

「それに?」

『恐らくじゃがその神は二つの違反を犯しておる。一つは大量に別世界の住人を連れていく事。今回の事案は100人単位じゃから、十分にその違反に当てはまる。そして二つ目。自分の管轄外の世界に干渉していること。の二つじゃ』

「ん?それって…」

『ああ、最も二つ目は儂の想像なのじゃが、今回のケースは高確率でその二つじゃろう。そしてそれが超のつくほどの重罪だって気づいてないわけがないじゃろう?何かしらその重罪を逃れるための策か、バラさないための策を何個も用意しているに決まっておるじゃろう。そんな奴に正攻法で勝てる訳ない。じゃが敵の情報は欲しい。そういう事じゃ』

「…納得した。俺があの世界であった奴は金髪で瞳の色は碧色。少年っぽかった。声は高い。一言でいえば美少年といったいでたちだった」

『ほうほう…なるほどのぉ……。ありがとうよ少年。これで儂も身元の特定に動くことができるかもしれん、助かるぞ少年。いや秋よ』

「…そういや、俺はあの世界、あの金髪の美少年にもう一つスキルを貰った。だがそのスキルの量があんたと比べて圧倒的に少なかった。どういうことだ?何か違いでもあるのか?」

『ん?おお、お主またスキルを貰っているのか。じゃが一つ気になることを言ったぞ少年。もう一つ聞かせてほしい、そのスキルの数。およそ何個ぐらいだったかの』

「ああ、確か100~150個ぐらいだったぞ」

『ああ。分かった。分かったぞ犯人の大体の目安が、スキルを100~150“しか”渡すことのできない存在。それは下級神じゃな。それも最近の。最近の若いもんはあの忌録の重罰を甘く見ておる傾向が強い。それでそんな無茶な事を……』

「なんだ?神にも上下差が存在するのか?」

『当り前じゃよ。神は人よりも上下を重んじ、その存在の格でその序列を決定する』

「序列?格?」

『ああ、存在の格とは自らが持ち振るう事のできる神としての力。それが大きければ大きい程神としての序列も上になる。もちろん先ほど出た下級神というのは、神としての序列の底辺を表す。序列にも存在していない神じゃ。無数におるぞ』

「へぇ…じゃあちなみに、爺さんはどうなんだ?その序列というのは」

『儂?儂かの?儂はそうじゃの……神の総数が那由他弱いる中でも、八第神の一席を担っておる。まあ序列としては8位以内といったところじゃ』

「……まさか?あり得ないだろ…」

『おお?お主儂がどんな神か分からずに接しておったのか?ホッホッホ。これはまた、では名乗っておこうか秋よ』



―――儂の名は全能を司る者。ゼウスじゃよ。



秋の顔が驚きに満ちる姿を見て、爺さん―――ゼウスはニヤッとして秋に勝ち誇った顔をしていた。

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