第586話 毎朝起こして?
『あのな、双魔。お前もロザリンがどんな人間かってのは、もう分かってるだろ?俺じゃなくて本人に。直接。真正面から聞け。あえて助言するなら、だ。鏡華の嬢ちゃんやイサベルの嬢ちゃんと違ってややこしいことは一切ないはずだから。気軽に聞け。いいな?』
『……分かった』
『その沈黙はなんだよ?』
『いや、美味しいものが食べたいとかだったらどうしたもんかと思ってな』
『ヒッヒッヒッヒ!安心したぜ!よくロザリンのことを理解してくれてるようでな!』
と、いうようなゲイボルグとのやり取りをして今、双魔はリビングのソファーに座っていた。そして、双魔の 膝の上には、ソファーにごろりとうつ伏せで寝転んだロザリンの顎が乗っている。ちなみにロザリンのが遊びに来ているので、左文に鏡華、イサベル、ティルフィング&レーヴァテインは食事の買い出しに出かけている。
「ロザリンさん、俺に何かして欲しいことあります?」
「うん?もっと撫でて」
撫でられることをご所望のロザリンの頭を優しく撫でながら訊いてみると、双魔の意図があまり伝わっていないのか、ふわふわとした答えが返ってきた。
「いや、今も撫でてるじゃないですか……」
「もっと」
「もっとって……」
「もっと」
「……そうですか」
ロザリンはグイグイと双魔の腹に頭を押しつけてきた。もう少し強めがご希望なのかもしれない。双魔はロザリンのつむじ辺りから耳の後ろに手を移して、わしゃわしゃと強めに撫でた。
「わふっ」
すると、ロザリンはご満悦なのか、気持ちよさそうに目を細めて、本物の犬になってしまったかのように声を漏らした。ロザリンは二人きりになると本当に甘え上手だ。有無を言わさず、堂々と甘やかすことを要求してくる。双魔も慣れたというか嫌ではないので、いつも今のような感じになることが多い。が、今日はそういう訳には行かないのだ。
「……」
ふと、テレビの前で素知らぬ顔で寝そべっていたゲイボルグと目が合った。「男なら押す時は押しきるもんだぜ」、そんな男気溢れる後押しを受けたような気がする。双魔はロザリンを撫でる手を止めずに、もう一度訊いてみることにする。
「ロザリンさん、俺に何かして欲しいことありませんか?例えば、一緒に何処かへ行くとか。実は欲しい服があるとか……」
「わふっ……んん~、双魔くん。私とお出かけしたいの?うんうん、いいよ~」
「いや、そうじゃなくてですね……っと」
「違うの?」
撫でられる快感で溶けてしまいそうな声のロザリンだったが、双魔がやんわりと否定すると、そこでようやく気になったのか、前触れもなく起き上がって、双魔の顔を見つめると首を傾げた。
「ん……そうですね……まあ、ロザリンさんに直接伝えるのは……大分格好がつかないとは思いますけど、男の甲斐性ってやつを見せたくてですね……」
「甲斐性?双魔くんは鏡華ちゃんとイサベルちゃん、私の旦那さんになるんだから甲斐性はあるんじゃない?」
「……そうですかね?」
「うんうん。でも、そう言うことじゃないのも分かった。お願い……双魔くんにお願い……うーん……」
ロザリンは双魔の甲斐性については何ら不満はないようだったが、気持ちは汲んでくれたのか、身体を左右に揺らしながら考えはじめた。そうして身体を左右に往復させること四回、ロザリンの身体がピタリと止まった。
「思いついた。双魔くんにお願いしたいこと」
「本当ですか?」
「うん。あのね……」
揺れるのを止めたロザリンが、今度はずいっと顔を前に出して寄せてきた。その真剣に見える表情に、双魔も思わず緊張してしまう。
「……はい、何ですか?」
「毎朝起こして欲しいの」
「……はい?」
全く予想していなかったお願いに、双魔の表情は一気に崩れた。が、ロザリンは真剣そのもの。ということで、詳しく訊かなくてはならない。さり気なく少し後ろに身体を引いて、落ち着いて、それから改めて訊ねる。
「毎朝ですか?」
「うんうん」
「今も週に一回くらい朝、部屋にお邪魔してますよね?」
「うんうん」
「それじゃ駄目なんですか?」
「駄目」
こくこくと頷いていたロザリンがまた顔を寄せてきたどうやら駄目週の始まりの月曜日は毎週、家を早く出て、時計塔のロザリンの部屋まで行って起床難の眠り姫を起こしている。最初と違って、ギリギリ許容範囲の服を着てくれるようになったので、双魔も気兼ねなく行けるようにはなった。その後一緒に朝食をとるのだが、現状では不満らしい。
「毎週月曜日は双魔くんが起こしてくれるでしょ?」
「そうですね」
「だから、月曜日は他の日よりも朝から幸せ。毎日双魔くんに起こして欲しいの。駄目?」
「……いや……駄目ってことはないですけど……」
普段は視線が同じ高さのロザリンが、今は上目遣いで双魔の顔を見つめている。珍しい状況に双魔の心臓は高鳴ってしまう。が、双魔にとってこのお願いのハードルはなかなかに高いものでもあった。
「俺も朝が強いってわけじゃないので……」
そう、週に一度くらいであれば、と今はロザリンのために早起きしている双魔だが、ティルフィングと契約してもなお、朝の低血圧に変わりはない。スッキリ起きられる日の方が珍しいのだ。ロザリンの願いを二つ返事で聞き入れてあげたいという気持ちは強いが、理性が双魔を口ごもらせてしまう。
「そっか。毎日来てもらうのは双魔くんも大変だよね。ごめんね」
「いえ、こちらこそ……自分で訊いておいて不甲斐ないです……」
ロザリンはすぐに双魔の事情を汲みとってくれたのだが、明らかに落ち込んでしまっているのが分かる。まるでご褒美を取り上げられてしまった子犬のように、ぺしょっとしてしまった。そのまま双魔の胸にポスッと顔を突っ込んできたので、頭を撫でて慰める。
(……どうにかしてあげたいけど……毎朝は…………ん?待てよ……)
双魔の脳裏には何か引っかかることがあった。ロザリンのお願いを叶えてあげられる。そんな予感が突如走った。その時だった。ガチャ。
『双魔くーん、ロザリンさーん。いるかしらー?荷物を運ぶのを手伝って欲しいのだけどー!』
玄関のドアが開く音と買い物から帰ってきたらしきイサベルの声が聞こえてきた。それを聞いて、双魔は閃いた。
「そうか……その手があったか!ロザリンさん!ロザリンさんのお願い、叶えてあげられるかもしれません!」
「うん?そうなの?」
「はい!一先ず、イサベルを手伝いましょう!」
「うんうん。わかった」
双魔の笑顔に、ロザリンも期待が甦ったのか表情が明るくなる。二人は素早く立ち上がると、急いでリビングを出ていった。
「……ふぁーーぁ……ワフッ……なるほど、そういうことか」
リビングに残されたゲイボルグは大きな欠伸をすると、何かに納得がいったのか、ポツリと独り言ちたのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
翌週の朝、双魔の家のキッチンには左文、鏡華、イサベルの三人が肩を並べていた。いつもは基本的に左文が朝食を担当し、鏡華かイサベルが手伝うというパターンが多いのだが、今日は三人がキッチンに立ち、それぞれ別の料理に勤しんでいた。
「レーヴァテインさん、これを食卓にお願いします!」
「おみおつけのお鍋もお願いね」
「ごめんなさい、これもお願いしていいかしら?」
三人がそれぞれ担当していた鶏つくねの照り焼き、なめこと豆腐の味噌汁、和出汁のオムレツの大皿や鍋を空いているスペースに置いていく。
「こんなに食卓に載りませんわ!」
レーヴァテインは悲鳴を上げながら大皿を両手にキッチンから出ていく。入れ替わりで入ってきたのはティルフィングだ。
「ソーマを起こしてきたぞ!」
「ありがとうございます。そうしたらお箸とお箸置きを運んでください」
「うむ!」
ティルフィングは左文に言われると、食器棚から箸と箸置きを人数分用意して出ていく。赤レンガのアパートでの生活に慣れて、魔剣姉妹はお手伝いもお手の物だ。
「左文さん、その、大きな食卓を新調しましょうか?」
「その方がよいかもしれませんね。ロザリン様にご満足いただける量を載せるには、今のものでは手狭です」
「手狭どころやないと思うけど……あ、お米お櫃に移さな」
三人は色々と相談しながら、手早く朝食の支度を進めていくのだった。
「ふぁー……ふぁふ……」
一方、ティルフィングに起こされた双魔はぼさぼさ頭がさらにぼさぼさの状態で廊下を歩いていた。そして、レーヴァテインの開けた壁の穴を通り抜け、イサベルの家に入ると、あるドアの前で足を止めた。
コンッコンッコンッ!
「ロザリンさん、入りますよ」
ノックをすると遠慮なくドアを開ける。すると、部屋のスペースを半分ほど食う大きな天蓋付きのベッドが鎮座している。そのベッドの上には掛け布団がこんもりと山になって、もぞもぞと動いている。
「……ロザリンさん、起きてください」
双魔はベッドに腰を下ろすと、布団の山を軽く揺すった。が、山は相変わらずもぞもぞ動くだけで、中身が出てくる様子はない。
「……ロザリンさん、朝ですよ……って、うおっ!」
もう少し強めに揺すろうと、突然蒲団の山からにょきりと腕が生えてきて、双魔に絡みつく。引かれる力に耐えられず、バランスを崩した双魔はどのままベッドに倒れ込む。そして、目の前にはようやく布団の殻を脱皮を出した部屋の主の顔があった。
「おはようございます、ロザリンさん……お目覚めはいかがですか?」
「……うぅ?……ふみゅ……双魔くんが起こしてくれて……幸せ……ちゅっ」
僅かに瞼を開いたロザリンは双魔に抱きつくと、甘えた声を出して、頬にキスをお見舞いする。
「…………それならよかった。ほら、もう、朝飯作って待ってくれてますから。起きてください!」
「うんうん」
「下で待ってますから」
「……わふっ!」
双魔の呆れた声に、これ以上は怒られてしまうと思ったのか、目を擦りながらロザリンが起き上がると、双魔はそそくさと部屋を出ていった。
ロザリンは、自分のキスを受けて一瞬、思いきり驚いく双魔の可愛い顔を思い出しながら、一息ついてゆっくりとベッドから這い出るのだった。
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