第584話 イサベル応援団結成!

 「……ふう」


 或る日の午前九時。イサベルはいつものように魔術科評議会室で書類仕事をしていた。御供には双魔にもらった特製ハーブティー。目を酷使しがちなので、それがケアできるようにと調合してくれたお気に入りの逸品だ。


 「ふんふんふ~ん♪」


 そしてその横では議長のフローラが鼻歌を歌いながら呑気にティーン向けの女性誌をペラペラと捲っている。この光景もいつものだ。フローラ曰く、「一番偉い人はハンコとサインがお仕事なのさ~!」とのことで、決裁前の段階までは、ほとんどの仕事をイサベルと他の評議会メンバーでこなしている。


 「会長、たまには評議会長としての規範を示してもいいんですよ?」

 「イサベルくんはお硬いな~!そんなんじゃ、愛しの双魔くんに嫌われてしまうよ?」

 「双魔君に限ってそんなことはありませんから」


 イサベルの間髪入れない返答に、フローラは一瞬、ポカンと呆けたが、すぐに心底嬉しそうな笑みを浮かべた。


 「うーん!いいじゃないか!そこまで堂々と愛しの君を信頼して人に言えるなんて!ついこの間までのイサベルくんとは段違いだ!君が幸せそうで私は大満足さ!」

 「ッ!?は、話の腰を折らないでください!」


 イサベルの真面目バリアが一瞬崩れたのをフローラは見逃さずに、容赦なく屁理屈を撃ち込む。


 「そうは言うけどね、遺物科や錬金技術科を見てご覧よ~。議長としての規範っていうのはどういうことなんだい?」

 「……えーっと……それは……」


 イサベルの頭の中には、基本的に眠そうで双魔にじゃれているロザリンと破天荒を炸裂させている宗房が浮かんだ。これには、何というかフローラの主張にも一理あると思わざるを得ない。


 「ね、トップが緩いくらいが組織は上手く回るのさ~」

 「……もういいです。お昼に書類の体裁が整ったら、決裁だけはきちんとしてくださいね?」

 「もちろ~ん……むむ?むむむむむ!!ビビッと来た!!愛の予感っ!!」

 「な、なんですか?突然……」


 イサベルが呆れながら昼休みに働かせる約束を取り付けようとしたその時だった。フローラが開いていた雑誌をバチンと閉じて、勢いよく立ち上がった。美しい星紅水晶の瞳がキラリと輝いている。


 「イサベルくん!残っている仕事は私が済ませておくから!君はお昼は来てくれなくて大丈夫!」

 「え?どうしたんですか?何か悪いものでも食べましたか?」

 「いいから!私の!言う通りに!したまえ!いいね!」

 「わ、分かりました……」


 イサベルの辛辣なツッコミをものともせず、フローラがずいっと顔を寄せてきたので、思わずのけぞりながら首を縦に振っってしまった。


 「よろしい!それじゃあ、もうすぐ授業も始まることだし!朝の仕事はこれでお終い!解散っ!」


 フローラはそういうと、イサベルと他のメンバーを部屋から追い出し、評議会議長の鍵を閉めて去っていった。思いがけないことに、イサベルも、他の三人も呆然と廊下に立ち尽くす。


 「あっ!ちょっと!議長!……何なのかしら?」


 駄目な上司の豹変に困惑しつつ、イサベルは仕方なく教室へと足を向けるのだった。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 「ふう……」


 授業が終わり、イサベルは一息ついた。しばらく、中華に行っていて授業には出席出来ていなかったが、自分で勉強している分で期末テストもどうにかなりそうだった。


 (もし……難しそうだったら、双魔君に……でも、それはフェアじゃないわよね?)


 「ベル、そんなに難しそうな顔してどうしたの?」

 「そうっスよー!お嬢は笑顔の方がいいッスよ!」

 「もともと、イサベル殿はあまり笑う御仁ではないと思いますがー」

 「そこはいいのよ」


 声をかけられて顔を上げると、隣にいたはずの梓織がアメリアと愛元と一緒に前の席に立っていた。三人の息の合ったやり取りを見て、イサベルも自然と表情が緩んだ。


 「この後、空いてたりする?」

 「久しぶりにランチなんてどうっスか?」

 「お店はまだ決まっていませんけどー、いかがでありますかー?」

 「ありがとう。でも……あ」


 「評議会の仕事があるから」、と答えようとして、今日は来なくていいと上司に言われたのを思い出した。それならば、楽しく友人とランチを楽しんでも全く問題ないはずだ。


 「今日も忙しいの?」

 「ううん。今日は大丈夫よ。私も久しぶりにみんなと一緒に食事をしたかったから」

 「おおー」

 「やったッス!早く行くッスよ!」

 「そうね。とりあえず、学園を出ましょうか。行きましょう」

 「ええ」


 アメリアが楽しそうに身体を揺らしながら歩くのを先頭に教室を出る。そして、階段へと続く曲がり角に差し掛かった時だった。アメリアの足がピタリと止まった。後から続くイサベルたちも、アメリアの視線の先を見る。そこにいたのは……。


 「伏見くんッス!お疲れ様っス!」

 「ああ、お疲れさん。ん、ちょうどよかった……」

 「双魔君?」


 曲がったところに立っていたのは双魔だった。テンションが上がったアメリアの敬礼に軽く手を挙げて答える。そして、探していた人物が見つかったと言いたいような表情に見えたが、イサベルと三人娘を順に見ると、片目を閉じて、こめかみをグリグリと刺激した。


 「あー、もしかして、何処か行く途中だったか?」

 「ええ、今からみんなでランチに……え?」


 イサベルがそう言いいながら振り返った時だった。なんと、一瞬前までいたはずの三人が忽然と消えていた。ハッとして双魔の顔を見ると、何とも言えない苦笑い。さらに、廊下にはひらりひらりと数枚の白い花弁が舞っている。イサベルの脳裏には今朝見た上司の意味深な表情がフラッシュバックした。


 「……あの人、何を考えているのかしら?」

 「なんか、俺のせいで悪いな」

 「え?どうした双魔君が謝るのかしら?悪いのは議長じゃ……」


 双魔は申し訳なさそうにはにかむと、手にぶら下げていた小さな風呂敷包みをイサベルの目の前で揺らして見せた。


 「気を遣わせたかもしれないってことだ……一緒に昼飯食べないか?」

 「え?あ…………ええ、喜んで」


 頭の中の整理が追いついていないが、この状況で双魔の誘いを断る理由はない。イサベルはコクリと頷くと、双魔に触れそうで触れない、何とももどかしい距離で寄り添って歩きはじめるのだった。

 


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 「「「もごもごもご……」」」


 イサベルが三人娘から目を離した直後、三人娘は大きな赤い花弁で口を塞がれ、蔦で両手両足を縛られて、二つ隣の教室に押し込まれていた。目の前には、教卓に腰を下ろし、とんでもなく偉そうに足を組んだ魔術科評議会議長、フローラ=メルリヌス=ガーデンストックがこちらを見降ろしていた。


 「悪いけれど、そのまま声を出さないでおくれ。私は可愛い部下のキュンキュンイベントを応援したいんだ!君たちは邪魔になりそうだからこうして……うぇ?」

 「むしゃむしゃ……プッ!”解”でありまーす」


 圧倒的優位に立っていたはずのフローラの表情が崩れる。なんと、愛元が花弁を食べて吐き出すと呪文を唱えて、梓織とアメリアの拘束も解いてしまったのだ。そして、もうどう見ても怒っている梓織とアメリアがフローラに詰め寄った。


 「ちょっと……どういうつもりなんですか?」

 「魔術科議長でもやっていいことと悪いことがあるッス!!」


 二人の迫力と、自分の魔術が破られた衝撃で動揺したフローラは瞬時に形勢逆転されてしまう。気まずそうに教卓から降りると椅子を引いてこじんまり腰を掛けた。そこに、魔術科評議会議長としての威厳はない。


 「い、いや……そのだね……私はイサベルくんの恋路というか、伏見くんとの愛の時間を応援してあげようと……だね……」

 「それで、私たちをこんな風にしたってことッスか?」

 「その……はい」

 「そんなの私たちだって潔く身を引くわよ!私たちだって二人の仲は全力で応援しているんだから」

 「……そうなのかい?」


 心底呆れ果てた梓織の顔を見上げてフローラは、予想外と言わんばかりに呆けた。


 「とはいえー、議長殿のお陰で、イサベル殿に気を遣わせてしまわずに済みましたなー」

 「それは……確かにそうかもしれないわね?」


 愛元の一言で梓織とアメリアの迫力が薄まった。そこを見逃さないのが、ブリタニア王立魔導学園魔術科評議会議長、フローラ=メルリヌス=ガーデンストックだ。


 「それなら話は早いね!私も君たちもイサベルくんを応援したいという目的は一致する!ここは共同戦線といこうじゃないか!私は上肢の立場から、君たちは友人としてイサベルくんの背中を押せる!これは完璧な布陣だと思うよ!私は今日のように、イサベルくんの仕事にも融通が利かせられるしねぇ~!」

 「うわ、議長さん、突然よくしゃべるッス!」

 「胡散臭いですなー」

 「確かに……でも、ベルのためには悪くないわね……」

 「どうかな?どうかな?」


 最早、少し媚が入ってきているフローラの笑みに、梓織は腕を組んで考え込み、やがて首を縦に振った。


 「分かりました。お互い協力して、ベルの幸せを応援しましょう」

 「いやいや!そう来なくっちゃねぇ~!よろしくお願いするよ!」


 フローラは勢いよく立ち上がると、三人娘に手を差し出した。その手にアメリア、愛元、梓織の順で手を乗せる。こうして、イサベルの知らないところで、応援団が結成されたのだった。


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