第582話 真心のままに?

 「愛情表現……愛情か……んー……まあ、ああいう感じか……」


 ”Anna”から赤レンガのアパートに帰る途中、双魔はテムズ川沿いのベンチに仲良く座っているカップルを見て呟いた。二十代前半、双魔たちより少し年上らしい男女が身体を寄せ合っている。前を通り過ぎながら見続けていると、彼氏の方が彼女の頬に軽くキスをして、彼女もお返しとばかりにキスをし返してじゃれあっている。


 (人目もあるのによくやるな……)


 双魔は内心、感心してしまった。ロザリンも同じように人前でじゃれくることはあるが、流石にキスを返したことはない。耳の後ろの辺りを撫でてあげて照れ隠しと誤魔化しを同時にするのがいつものことだ。


 「あとは……」


 宗房がふざけながら核心をついてくるのはいつものことなので、双魔もそこはしっかり思案する。そして、思い浮かんだのは、天全とシグリ、自分の両親だった。


 『ダーリン!はい!あーん』

 『あー……むぐっ!』

 『どう?美味しい?』

 『ああ』


 思い出すと、食事の時はいつもシグリが天全のすぐそばにピッタリと座って、甲斐甲斐しくも楽しそうに料理を食べさせている。天全は自分でも料理を口に運んでいるが、シグリのことは一切拒まない。が、表情はあまり変わらず、何を考えているのかは分かりにくいのだが……。


 『ダーリン!はい!ハグ!』

 『ああ』

 『双ちゃんも!』

 『俺はいいって……』

 『ガーン!!!?』

 『双魔』

 『なんで俺まで……』

 『ダーリンも!双ちゃんも!二人とも愛してるわーー!』


 次に思い浮かんだのは、少し酒が入って陽気さが五割増しのハグ魔と化したシグリだ。シグリが両手を広がると、天全はやはり表情を変えずに受け止める。そして、巻き込まれるのを拒否する双魔が何故か咎められて、渋々抱き締められた。シグリの感情は分かりやすく、天全は分かりにくい。しかし、愛情の大きさは二人とも等しいものがあるのだとは思う。二人の子であるので、そこは分かる。


 「お袋から親父にばっかりだな……方向性的には合ってる、のか?んーーー……ん?」


 思わず、一人で苦笑したその時だった。ふと、誰かに話しかけられているような感じがした。そして、頭の中にはっきりと声が響く。


 『お悩みのようね?』

 「…………まさか、フォルセティ……か?」

 『正解。お姉さんが相談に乗ってあげましょうか?』


 優しく心地よい、秋風のような声。今のように何事もなく過ごしている時は決して聞くことのなかった、双魔の内の女神の声だ。


 「それは助かる……というか、その前に何で意思疎通が取れてるんだ?俺は気を失ったりしてないぞ?」

 『どうしてかしらね?ああ、この間、ティルフィングとの契約にレーヴァテインが加わったのが影響してるのかしら?安心して、今みたいに双魔が無意識にでも私を求めない限り、こうして出てくることはないから。プライベートの時間も見たりはしていないわ。ロキ小母様が言っていたけど、男の人って困ることがあるのでしょう?』

 「……まあ、そういうことも……あるかもな?」


 双魔の疑問に応えつつ、朗らかに冗談なのかそうでないのか、判断のしにくいことを言ってきたフォルセティに双魔は茶を濁して答える。


 『フフ!そうよねっ!あら?あまり長くはお話できないみたい。簡単に助言をすると、貴方の心のままにすればいいと思うわ。それが真心。愛する人が喜ぶものだから。それじゃあ、また、夢の中ででも会いましょうね!』

 「フォルセティ?……いない……自分事ながら妙な仕組みになったような…………あ……早く帰るか……」


 フォルセティは言いたいことを伝えて満足したのか、そのまま返事が返って来ることはなかった。それでも、流石は真実を司る女神、求めていた答えは残してくれたような気がする。靄から形になりかけるその考えを脳裏で捏ねながら、双魔は帰路の脚を少し早めるのだった。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 「ただいま」

 「ソーマ!おかえりだ!」

 「ん、ただいま」 


 チャイムを鳴らして、鍵の開いたドアを引いて玄関に入ると、いつものようにティルフィングが飛びついてくるのをしっかりと受け止める。初めのころはよろついていたのが少し懐かしく思えた。


 「まーっ!双魔さん!また、お姉様に抱きついて!」


 そこに飛んでくるのは、自分には連れなくするのに、双魔には甘えるティルフィングへのもどかしさと、双魔への嫉妬を剥き出しにした不機嫌な顔のレーヴァテインだ。これももう慣れつつある。


 「違うぞ!我がソーマに抱きついたのだ!」

 「ん、そんな感じだな」

 「自慢ですか!癇に障ります!」


 ティルフィングの訂正、双魔の肯定にレーヴァテインは堂々と気に入らないことを表明する。これには双魔も苦笑いするしかない。


 「いや、そうじゃないが……」


 双魔は否定しつつ、ふと、考えた。


 (……これもティルフィングからの愛情表現、か。多分。レーヴァテインのいつものやつもティルフィングへの愛情表現の暴走……自分に素直に……か……深く考えない方がいいかもな……とは言ってもいつもと違う方がいいような……んー、我ながら面倒な奴だな?伏見双魔)


 「双魔さん?この世で一番愛らしいお姉様に抱きついたまま、そんな眉間にしわを寄せた辛気臭い顔なんて許せませんわ!お覚悟……」


 一瞬だが、双魔が何かに気を取られたことがさらに気に食わなさを加速させたのか、レーヴァテインが険気を漏らす。


 「レーヴァテイン!」

 「ひゃっ!ひゃい!お姉様!」


 が、最愛のお姉様の一喝に、レーヴァテインは濡れた子犬のように身を縮める。そこに鏡華がひょっこりと顔を出した。三人がなかなかリビングに入ってこないので様子を見に来たのだろう。料理か何かしていたのか、着物の袖を襷にかけていた。


 「双魔、おかえり。宗房はんの用って何やったん?」

 「ん……ただいま。中華のお土産の礼だった」

 「……それだけ?」

 「ん」

 「そ。今、左文はんがおやつの準備してくれてるさかい。手ぇ洗ってな。ティルフィングはんは、うちとイサベルはんのお菓子の準備手伝おか」

 「うむ!手伝うぞ!」

 「わ、私もお手伝いしますわ!」


 (……鏡華には早速バレてる気がするが……まあ、空気を読みつつ、かね?)


 鏡華に引き連れられてティルフィングが、ティルフィングに置いて行かれないようにとレーヴァテインがその後についてリビングに入っていく。玄関に残された双魔は、いつものように鏡華に頭の中を見透かされているような予感がしつつ、言われた通りに洗面所で手を洗うのだった。

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