第579話 扶桑樹の種、それと……?

「義姉上!」


 パイナップルに包丁を入れていた朱雲は顔を上げて、そのまま器用な包丁さばきでパイナップルを切り分け続ける。


 「朱雲ちゃん、双魔君のことをしっかりおもてなしできてるみたいだね。よかったよかった。双魔君は楽しんでくれてるかな?他の皆は?」

 「お陰様で。朱雲の料理は絶品ですね」

 「ほんに、おおきに」

 双魔と皆を代表して鏡華が頭を下げると、白徳は満足気に頷いた。

 「白徳殿、残党共はよろしいのか?」

 「昨日の凱旋の後に翼桓ちゃんと子虎を送ってるから。向こうでは軍師殿も加勢してくれたみたいで、もう勢力の大方は傷つけずに無力化したと報告があったよ。依然、洪汎仁の行方は知れぬままなのが懸念点かな?」


 和やかな雰囲気に青龍偃月刀が剣吞に目を光らせながら訊ねた。白徳は柔らかい雰囲気のまま答えた。思考だけを切り替えているのは流石といったところか。


 「ところで、軍師殿って?僕たちが会ったのは、白徳さんに翼桓さん、朱雲ちゃんとレスリーだけだけど……」

 「軍師殿、ああ、孔輝殿は今、崑崙山で忠武候ちゅうぶこう様に修行をつけていただいているので、緊急事態の時だけ下天してお力を貸してくれるのです!」

 「ちゅ、ちゅうぶこう?」


 アッシュの疑問に朱雲が元気に応えてくれるが、聞き慣れない言葉に、アッシュの頭上にはクエスチョンマークが三つくらい浮かんで見える。が、双魔には聞き覚えのある名だ。ついでに、はじめて出た“孔輝”というあざなも繋がった。


 「忠武候は蜀漢の烈祖、劉備玄徳が三顧の礼を以って向かい入れた天下の大軍師、諸葛亮孔明のことだ。孔輝殿と言うのは……」

 「はい!蜀の丞相じょうしょう諸葛光孔輝しょかつこうこうき殿です!もう少し説明するとですね……えーと……青龍?」

 「自国のことくらいしっかり学んでおけ」

 「あいたっ!」

 「……まったく。孔輝殿と孔明殿の話だったか。掻い摘んで説明しよう」


 青龍は朱雲にデコピンを食らわせると説明してくれた。要約すると、丞相というのは、各国の首相と比される国家中枢の重職である。今、その役職にある諸葛亮孔明の末裔、諸葛光孔輝は崑崙山でご先祖様である忠武候、諸葛亮孔明の稽古を受けているらしい。


 諸葛亮については、五丈原で落命した後に、その功績と才を認められて崑崙山に仙人として迎えられ、位は違うが太公望と同様の役目、世界秩序の均衡に力を尽くしているとのことだ。


 「なるほど……蜀は随分、崑崙山と関係が深いんだな」

 「その通り。こんな時代さ。悪いこともないと思わないかい?お陰で今回も国の面子を保てたってものさ。お喋りはこの辺にして、本題に入ろう。私もいつまでここで君たちと話していられるか分からないからね。それじゃあ、はい」

 「はぁ……は?」


 白徳は自然に会話に入ってきて、何事もなかったように自分が中心となると双魔に持っていた木箱を双魔に手渡した。あまりにも自然過ぎたので、双魔は木箱を受け取って、一瞬間を空けて困惑気味に白徳の顔を見上げた。何の説明もなく、如何にも貴重なものが入っていそうな箱を渡されたのだから当然だ。


 「もとはといえば、双魔君がわざわざ蜀まで来てくれたのは、朱雲ちゃんが扶桑樹の種の引き取り手に相応しいって判断したから。そして、君は引き取ることを了承してくれた。そうだよね?」

 「それは、そうですが……ということは……」

 「双魔君の予想通りだよ。その箱の中にはその種が、まあ、正確には“実”が入ってる。普段は私の傍に置いておいたんだけど、流石に持ったまま戦場を駆けるわけにはいかなかったからね。それじゃあ、真に選ばれた庇護者と初の御対面だ。箱を開けてみて」


 白徳はニコニコしながら、「さあさあ!」と言わんばかりに両手を双魔に差し出した。


 「……分かりました」


 双魔は膝の上に木箱を置くと、蓋に手を添えた。扶桑樹の種は世界の在り方に影響を及ぼす可能性も孕んだ、神話級遺物に並ぶといっても過言ではない宝物だ。微かに手が震え、喉が渇くのを感じたが、覚悟を決めて、蓋を外し、その中を覗き込んだ。


 「これは…………ん?」


 箱の中には葡萄を圧縮したような形の縦長の果実、その大きさは西瓜ほどと通常の種の三十倍はあろう巨大な桑の実が入っていた。その表面は艶々と、黒曜石のように輝いていた。双魔は箱の中から取り出そうと、手を入れた時だった、何かワサワサと妙な感触がある。


 「うん?どうしたんだい?」

 「いや……まず、取り出しますね」


 双魔の戸惑いを察知したのか、白徳が訊ねてきたが、別におかしなかとではないかもしれない。気にしないように伝えて、扶桑樹の種を持ち上げる。


 「おお!それがフソージノタネとかいうものか!美しいではないか!」

 「お姉様のおっしゃる通りですわ!」

 「確かに、綺麗やねぇ」

 「……宝石みたいね」

 「これが……世界に影響を及ぼすものなの?今のところ魔力とかは感じないけれど……」


 ティルフィングを筆頭に皆、初めて見る扶桑樹の種に興味津々だ。その様子を白徳は和やかに眺めていたのだが、扶桑樹の種が箱から完全に取り出された時、目を見張った。


 (っ!?なんだ!私が箱に納めた時はあんな状態じゃなかったっ!!まさか……双魔君の魔力に反応して……)


 「む?ソーマ、下の方から何か生えているぞ?」

 「ん?ああ、変な感触がしたのはこれのせいか!」


 白徳の目に映る扶桑樹の種は果実の下部から、萌黄色の芽が何本もニョキニョキと生命力豊かに茂っていた。これには驚かずにいられなかった。


 「凄いです!双魔殿!」

 「朱雲はん?凄いって何が?」

 「拙が前に見たときは、そんな芽は生えていませんでした!きっと双魔殿に反応して芽を出したに違いありません!」

 「……そうなのか?」

 双魔が首を捻りながら、扶桑樹の種を優しく撫でると芽が微かに伸びたように見えた。

 「今、見間違いじゃなければ少し成長しなかったかしら?」

 「僕も見た!」


 (……朱雲ちゃんの勘も、太公望様の見立ても間違いなかった……この少年は…………どれだけのものに愛されて、どれほどのものを背負っているのだろうか?こんな種類の人間は初めて見た)


 白徳の胸中は双魔への驚嘆とその行く末への憂いがさざなみの如く寄せては引き、引いては寄せている。目の前で賑やかさの中心にいるのは大人びた雰囲気にも少しだけ子供らしさを感じさせる少年だ。白徳は不思議な気持ちに満たされていた。そんな気も知らずに、少年と少女たちは扶桑樹の種について話している。


 「双魔君、その種はどうするのかしら?白徳さんは肌身離さず持ち歩いていたみたいだけれど……」

 「そうだな……とりあえずは箱庭に置いて、ヴォジャノーイのおっちゃんとルサールカさんに見ててもらうのがいいか?ユーもいるしな」

 「双魔殿、ゔぉじゃのーい殿?るさーるか殿?……ゆー殿?というのは……」


 突然出てきた初耳の人物の名らしき言葉に朱雲が頭を傾げる。


 「ん?ああ、朱雲は知らないよな。えーと、そうだ。ユーはこっちに呼べるからな。呼んでみるか」


 双魔はそう言うと、立ち上がり、扶桑樹の種を左腕で抱えて、空いた右手を水平に振った。すると、その場に箱庭への出入り口となる光の扉が現れる。それを見て、朱雲は目を皿のように丸くする。鏡華たちは見慣れているので特に驚かない。が、数秒後、そんな鏡華たち全員も目を丸くすることになるとは、誰も想像していなかった。


 「ユー!聞こえるかー!おいでー!」

 『パパッ!?』


 双魔が呼び掛けると扉の向こうから声が聞こえた。そして、扉から勢いよく、頭から生えた可愛らしい双葉をぴょこぴょこ揺らしながら、幼い巨樹の精霊が飛び出してくる。と、皆が思った。


 「ユー……ん?」

 「パパーッ!!」

 「うおっ!?」


 ドシーン!双魔は扉から飛び出てきた影に抱きつかれて、思わずその場に尻もちをついた。現れたのは、見覚えのあるユーではなく、見覚えのない少女だった。見た目は十二才くらいで、ティルフィングより少し幼い感じだ。木の葉をモチーフにしたナチュラルテイストのワンピースを身に纏い、萌黄色のウェーブのかかった髪をふわふわ揺らしている。そして、頭頂部からは青々とした葉が茂る小さな木が生えている。


 「……まさか……ユー……か?」

 「うん!ユーだよっ!パパッ!」


 双魔の口から出た直感に、少女は嬉しそうに、満面の笑みで大きく頷いた。


 「ユーなのか?少し見ないうちに大きくなったな」

 「成長期かな?」

 「あら、まあ」

 「「「え、えーーーーーーーーーーーーーーッッ!!!????」」」


 特に驚きを見せず、天然風味の反応をするティルフィング、ロザリン、鏡華。一方、イサベル、アッシュ、レーヴァテインは常識的な反応。三人の驚きの声が成都城中に響き渡った。


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