第578話 朱雲特製飯!

 朱雲は器用に手際よく双魔の前に持ってきた料理を並べはじめた。そして、並べ終えるとクローシュと蒸籠の蓋を外した。右の皿には見覚えのある鶏肉とカシューナッツの炒め物が盛られていて、左の皿には見慣れない土鍋に入った煮込み料理が載せられていた。蒸籠の上段には見慣れた中華まん、中段には真菰の葉で包まれたちまき、下段にはなんとパイナップルが丸々一個姿を現した。その料理も食欲をそそる匂いと白い湯気をホカホカと上げている。


 「……全部朱雲が作ったのか?」

 「はい!実は料理は拙の特技なのです!……双魔殿のお口に合えばよいのですが……」


 朱雲は並べられた料理に驚く双魔に訊かれると元気に返事をした。そのまま、両手の人差し指をツンツンと突き合わせながら、赤ら顔には期待と不安が半々といった感じだ。それを見て双魔は微笑ましいと思いながら、胸には朱雲の気遣いへの嬉しさで溢れそうになる。


 「……ありがとさん。それじゃあ遠慮なくいただくよ」

 「っ!はい!どうぞ!お召し上がりください!あ、拙が取って差し上げますので!何からお召し上がりになりますか!?」

 「ん、そうか?それじゃあ、見慣れたものから、その炒め物を」

 「宮保鶏丁ゴンバオジーディンですね!どうぞ!」


 どうやら本場では“宮保鶏丁”が正式名称らしい。双魔は手を合わせると、箸を持って早速鶏肉とナッツを口に運んだ。


 「いただきます。あむっ……むぐむぐむぐ……」

 「……いかがですか?」


 朱雲が緊張した面持ちで双魔の顔を覗いてくる。鏡華とイサベル、アッシュも興味津々だ。その味は……。


 「……ん!美味い!でも、何か違うような……」


 文句なしに美味だった。素材の味がよく活かされる甘辛い味付けと火の通し具合が絶妙だ。が、少しだけ食べ慣れた味とは違っていた。


 「本場の宮保鶏丁はカシューナッツではなく、落花生を使うのです!そのせいだと思います!」

 「なるほど……あむっ……むぐむぐ……ごくんっ。あっさりして軽い感じがしていいな。こっちの方が好きかもな」


 確かにカシューナッツではなくピーナッツを使っている。濃厚なカシューナッツもいいが、軽さが際立つこちらの方が双魔は気にいった。パクパクと箸が止まらない。それを見て朱雲はとても嬉しそうに次の料理を用意する。


 「っ!お気に召していただけたなら良かったです!次はこちらをどうぞ!」

 「これは?」


 次に朱雲が取ってくれたのは土鍋に入った煮込み料理だった。どうやら、麵料理のようで器に麺と色々な具材、スープが盛られている。


 「過橋米線グオチアオミーシエンです!お米を麺にして色々な具材と一緒に煮込んだ料理です!本来は大きなお鍋で煮込んだ具材を一種類ずつお出しするものですが、今回は食べやすいように拉麺形式です!油の膜で汁が熱くなっているので気をつけてください!」

 「なるほど。じゃあ、スープから……ふーっ!ふーっ!……んっ……っ!!!ズッ!ズルルルッ!むぐむぐむぐ……んぐっ……ズルルルッ!むぐむぐむぐ……」

 「そっ、双魔殿?あの、お味は……」

 「フフフフッ、朱雲さん、大丈夫よ」


 過橋米線を口にしても何も言わずに食べ続ける双魔に、一瞬、不安になった朱雲にイサベルが優しく声を掛けた。


 「へ?」

 「見た通り。美味しくて夢中ってところやね。双魔は麺ものは好物やから」

 「そ、そうなのですか?」


 鏡華の言う通り、双魔は息継ぎをしているのか心配になるくらい凄まじい勢いで食べ進めている。


 「ズルルルッ!むぐむぐむぐ……ごくんっ……んっんっんっんぐっ……プハーッ!美味かった!朱雲!これは美味いな!毎日食いたいくらいだ!」

 「まっ!?毎日ですかっ!?そっ、双魔殿がお望みならば拙は全くやぶさかではないというか……その……」


 激辛料理を前にしていた時とは一転、珍しくテンションの上がった双魔の一言に朱雲の赤ら顔が更に真っ赤に染まる。また、両手の人差し指をツンツン突き合わせながら視線が下へと下がっていく。


 そのやり取りを見て、イサベル、鏡華、アッシュはそれぞれニュアンスの違う笑みを浮かべていた。それぞれ、何かを悟ったような眉根の寄った笑み、予想通りと言いたげな満面の笑み、最後に呆れを隠さない苦笑いだ。


 「……鏡華さん」

 「まあ、最初に会うた時からそんな感じはあったさかい」

 「やっぱり、そうだよね。僕も二人が評議会室で会った時にいたけれど、朱雲ちゃんの顔真っ赤だったもん……罪な男だよね、双魔って」

 「三人とも慣れたものだな?いつもこうなのか?」


 そこに、突然姿を現したのは少し離れた卓についていたはずの青龍偃月刀だった。


 「っ!?び、ビックリした!青龍偃月刀さん……いつの間に……」

 「青龍で構わぬ。長くて呼び難いであろう。なに、ゲイボルグ殿とアイギス殿に酌をしながら五糧液を楽しんでいたが、朱雲が気になってな。お二人の気分を害していなければ良いが」

 「ヒッヒッヒッ!慣れない酒だが美味いな!喉にカーッとくるぜ!」

 「ギリシャやブリタニアではなかなか飲めない味ね……興味深いわ」


 言われてみると、ゲイボルグとアイギスは楽しそうに酒を飲んでいる。既にティルフィングと同じくらいの大きさの酒甕が三個転がっていた。


 「……あっちは心配ないかも」

 「それは重畳。さて、貴殿たちにはこれからも世話になることだろう。特に鏡華殿」

 「うち?」


 青龍偃月刀に真っ直ぐ見据えられた鏡華は自分に用があるとは思わなかったのか首を傾げる。


 「うむ。見たところ、双魔殿の正妻は貴殿であろう?であれば、鏡華殿に頼むのが道理だ。朱雲は粗忽者だが素直で良い娘だと思う。本人は言わぬがな」

 「うちは別に構へんけど……」

 「待ってください。朱雲さんは白徳さん……蜀王の義妹さんですよね?白徳さんは……」


  鏡華は話を聞いてすんなりと受け入れたが、イサベルが割って入る。婚約騒動で苦労したイサベルはその辺りには一家言ある。朱雲の想いと立場が違うことがあるのは十分にあり得ること。が、その心配は杞憂だった。


 「もちろん、承諾している。寧ろ白徳殿が一番前のめりだった。白徳殿の眼力は凄まじいものがある。人間に関して言えば一目見れば為人ひととなりは見抜く。朱雲の初恋の後押しと双魔殿の将来性を見抜いてのことだろう。朱雲の衣服を見て欲しい」


 そう言われて三人の視線は朱雲に向く。朱雲は漢服の艶やかな袖を揺らしながら甲斐甲斐しく双魔に給仕をしている。


 「綺麗な伝統衣装だけど……何かあるんですか?」

 「赤の漢服は中華において花嫁の衣装だ」

 「は!花嫁?」


 予想外の答え合わせにアッシュの目がまん丸になる。イサベルも驚いたようだが、鏡華は感心しているようだった。


 「蜀王は本気ということだ。双魔殿との強固な繋がりが欲しいのであろう」

 「……なんか、双魔ってどんどんとんでもなっていくよね……」


 腕を組んで満足気に頷く青龍偃月刀を双魔を交互に見て、アッシュがポツリと呟いた。


 「アッシュ君も同い年で“聖騎士”なんだからあまり変わらないと思うけれど……」

 「えー!全然違うよ!イサベルさん双魔に慣れちゃってるよ!」

 「慣れちゃってるって……アッシュ君の方が付き合いは長いでしょう?」

 「それはそうだけど……」

 「はいはい!お終い!双魔が大きくなるのは言わずもがな。青龍はん、朱雲はんのこと承りました。こちらからもよろしゅうお願いします」

 「うむ、重々よろしく頼む」


 イサベルとアッシュのツッコミ合いの応酬を、鏡華は手を打って止めた。そして、青龍偃月刀にお辞儀をすると、青龍偃月刀も頭を下げる。


 そんなやり取りも知らずに双魔は朱雲と食事を楽しんでいた。


 「双魔殿!こちらは珍しい料理なのですが、とても美味しいので是非!鳳梨蒸飯です!」

 「ん、そうなのか?……確かにパイナップルと米の組み合わせなんてなかなか見ないな」

 「ソーマ!それはなんだ!?」

 「パイナップルの中に……ご飯?」

 「ティルフィング殿とロザリン殿、アッシュ殿も是非!」


 珍しい料理にティルフィングとロザリンが引き寄せられてきた。朱雲が鏡華たちにも声を掛けてくれる。


 「ま、うちが任されなくても、朱雲はんは心配あらへんと思うけど」

 「そうですね」

 「もう、本当に素直でいい子だもんねー」


 三人が笑い合ってパイナップルの中に米が詰められているという珍妙な料理を見に行こうとしたその時だった。


 「さてさて、宴は楽しんでくれているかな?」


 音もなく、それまで姿を見せていなかった宴の主催者、白徳が現れた。彼女は金と銀の細工で彩られた美しい木箱を抱えているのだった。

 

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