第577話 双魔の弱点……その二?

 「…………それで、お話したいこととは?」


 双魔が問うと白徳の笑みからは迫力が消え、頬に右手を添えて眉尻が下がり、一転いかにも困ったと言いたげな表情へと変わった。この底の見えない感じと愛嬌が人々を魅了するのだろう。


 「まあ、色々話したいことはあるんだけどね?今は……そうだね、うん!君、私の義弟になるつもりはない?」

 「……は?」


 名案を思いついたとばかりに満面の笑みを浮かべた白徳の言葉に、今度は双魔が眉尻を下げる番だった。何しろ意味が分からない。理解できないので、双魔はそれ以上の返答が出て来なかった。


 「ほら、私ってば義妹しかいないからさ!義弟も欲しいなって思ってね?君は人間性も実力も文句なし!どうやら可愛げもあるみたいだし!どうかな?」

 「翼桓殿は……」

 「いやいや、翼桓ちゃんは義妹だよ?どうかな!?」

 「…………」


 双魔の困惑を察したのか補足を加えた白徳。それを聞いて双魔は脳裏に堂々とフロントダブルバイセプッスのポージングを決める翼桓の姿が浮かんだ。が、それを聞いた白徳は突然真顔になった。触れてはいけないことに触れてしまったような気がして、再び口を結ぶ。すると、白徳はすぐに顔を綻ばせて、ずいっと迫ってきた。


 「……せっかくのお誘いですけど……いきなりというかなんといか……」

 「そうかー!残念だね……でも、私ってこう見えて諦め悪いからね!覚悟しておくといいよ?」


 少し後退りしながら双魔が丁重に断ると、白徳は謎の宣言をして颯爽と立ち上がった。


 「は、はあ……」

 「ああ、そうそう!こんなことに巻き込んで申し訳なかったけれど、元々来てもらった目的の扶桑樹の種は宴の後で渡すからよろしくね!」


 満足したのか白徳は双魔が蜀にやってきた本来の目的を口にすると背を向けた。


 「そうでしたね。分かりました。こちらこそよろしくお願いします」

 「うん。それじゃあ、時間を取ってくれて悪かったね!」


 パンッ!パンッ!


 「お呼びでしょうか」


 白徳が小気味よく手を叩くと部屋の外で控えたらしい女官が二人部屋に入ってきた。


 「双魔君の着替えを持ってきてあげて。必要なら手伝いもしてあげてね」

 「かしこまりました」

 「それじゃあ広間でねー!」


 白徳は一度振り返って、双魔にヒラヒラと手を振ると去っていった。


 「……蜀王劉具白徳……いい人でいい王様なんだろうけど……独特で不思議な人だな?」

 「それが王様の良さですから。お着替えはお手伝いいたしますか?」

 「いえ、自分でできますから……」


 思わず独り言ちたのを女官に拾われてしまい、何とも言えない表情の双魔であった。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 「……おお…………あー…………」


 広間に入った双魔の目に映ったのは巨大な食卓に所狭しと並べられた料理の数々だった。パッと見て目を引くのは子豚の丸焼きと家鴨のロースト。見たことのある料理は山椒がたっぷりかかった麻婆豆腐、大量の唐辛子と鶏肉を炒めた辣子鶏、普通のものより何故か赤みが強いように見える回鍋肉。他にも真っ赤なスープに魚が丸々一匹浮かんでいたり、流石に四川料理の本場というべきか、香辛料をふんだんに使った見たことのないご馳走が用意されていた。


 「むぐっ!むぐむぐむぐ!ごくんっ!ソーマ!スゴいぞ!見たことのない食べ物が一杯だ!」

 「ああ!お姉様!お口の周りが凄いことに!私が拭いて差し上げますわ!」


 双魔に気づいたティルフィングが齧りついていた桃饅を飲み込んだ。初めて見る料理にテンションが振り切っているのか、元気爆発なのだが口の周りに餡子の髭ができているのをレーヴァテインがすかさずナプキンで拭おうとする。


 「はぐっ!もぐもぐもぐ……むぉ、ほうまふん、ほっひほっひ」

 「ロザリンはん、お話は口の中の物飲み込んでからな。双魔、こっち来ぃ」


 ロザリンはフォークに刺した顔と同じくらいある肉の塊に齧りついてもぐもぐと口を動かしながら手を振っている。それを注意しつつ鏡華が双魔を手招きして隣の椅子を引いてくれたので、双魔は苦笑しながら腰を掛けた。


 「……流石中華の本場。凄いな」

 「ええ、食べなれない味だけど、とても美味しいわ。唐辛子が効いていて、身体が温まるし、栄養満点らしいから疲れもとれるだろうし、イスパニアにはない刺激的な滋味深さね。双魔君は何が食べたい?取ってあげるわ」


 鏡華のもう片方の隣に座っていたイサベルは取り皿を片手に双魔に料理を取ってあげる気満々だ。イサベルもいつもよりテンションが高い。こちらも初体験の美味に高揚しているらしい。


 「ん…………そうだな…………ん……」

 (……さて……どうするか)


 総じて楽しそうなティルフィングたちに比べて双魔のテンションは今一つというか上がっていなかった。寧ろ、心の中では頭を抱えている。


 「双魔君?……もしかして、まだ身体が……」


 双魔の様子がおかしいことに気づいたイサベルが心配気に顔を覗き込んでくる。


 「いや……」

 「イサベルはん、双魔は辛いものは苦手やさかい。勘弁したげて」

 「え?そうだったの?」


 鏡華の口から出た双魔の意外な弱点にイサベルは目を丸くして双魔を見る。


 「そうだよー!双魔ってば、前に僕とカレーを食べに行ったら、その場で顔を真っ赤にしてひっくり返っちゃったんだから」


 そこにアッシュが笑いながらやってくる。その手には唐辛子たっぷり真っ赤っかでもはや何の料理かも分からない辛味をパクっと一口、美味しそうに頬張っている。


 「お、オーエン君それ……」

 「うん?」

 「あの時はお前がオススメっていうから頼んだんだ…………俺はお前みたいな辛さに刺激を求めない繊細な舌なんだよ!」

 「あー!なにさ!その言い方は!それじゃあ、僕が激辛狂いの馬鹿舌みたいじゃない!」


 アッシュにからかわれたのに双魔が辟易とした表情で苦言するとアッシュが怒り出す。双魔はアッシュの激辛耐性が理解できないので仕方がない。


 「馬鹿舌とまでは言わないけどな……兎に角、俺は辛いのはダメなんだ……悪いな、イサベル」

 「ううん、私こそ知らなかったから。でも、この地域は辛い料理が名物らしいから、辛くない料理は少ししか……」

 「心配せんと、ほら」


 申し訳なさそうな双魔と目の前に広がる真っ赤な料理の皿の群れの中から辛味のない料理を探そうとするイサベル。が、そこに鏡華が想定内だったと言わんばかりに厨房の方を見た。すると、美しいまさに唐辛子のように真っ赤な曲がる裾を身に纏った朱雲の姿があった。頭の上には湯気の上がる三段蒸籠、両手には銀色のクローシュを被せた大皿を乗せている。


 「お待たせいたしました!双魔殿は辛いものが苦手と鏡華殿からお聞きしたので、辛みを抜いたお料理を作ってきましたー!」


 朱雲の元気な笑顔と声が双魔に救いを運んできたのだった。


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