第557話 守られる者たちの想い
「……始まったようだな」
翼桓の指示で白徳の私室の前を警備している子虎は城の外で大きな力同士がぶつかったのを肌で感じて、呟いた。
外のことが気にならないと言えば嘘になる。しかし、子虎は主とその義妹たちを信じている。伏見双魔とアッシュ=オーエンも猛者が犇めくブリタニア王立魔導学園遺物科のトップクラスの実力者、そして“聖騎士”でもある。勝利を疑うのは失礼だ。
今はこの部屋の中にいるイサベル=イブン=ガビロールとロザリン=デヒティネ=キュクレイン、六道鏡華。それに扶桑樹の種と宝物を護衛するという自分の任務を全うすることが最重要だ。
戻ってきた時に少し部屋の中の様子を確認したが、自分たちが城門へ向かったときと変わっていないようだった。眠り続けるイサベル=イブン=ガビロールに、横たわるロザリン=デヒティネ=キュクレインと寄り添うゲイボルグ。二人の介抱をする六道鏡華と浄玻璃鏡にレーヴァテイン。宝物が収められた部屋は物理的にも魔術的にも完璧な警備システムが施されている。後は、想定外のことに自分がどれだけ対処できるかだ。
「……頼むぞ、涯角槍」
子虎は無口な自分の契約遺物を撫でる。そして、全身に剣気を漲らせ、あらゆる異変も逃すことのないように心を凪に鎮めるのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「……始まったみたいやね?玻璃?」
「……そ……の……よう……だ」
時を同じくして、白徳の私室で、眠り続けるイサベルの傍で椅子に腰掛けていた鏡華が呟いた。浄玻璃鏡も目を閉じたまま、ゆっくりと頷いて見せる。
「うう……双魔も……アッシュくんも……大丈夫かなぁ?」
「ヒッヒッヒッ……お前は兎に角、大人しくしてろ。もしもの時は、どうせ出るしかないんだからよ」
「……うう……」
まだ顔色の優れないロザリンは少し身体を起こして、城門の方を見ようとするが、ゲイボルグの尻尾でぺしぺしっと頬を叩かれて大人しく横たわった。ロザリンがこんなことを言うのは珍しい。自分が動けないもどかしさが、心に重くのしかかっているのかもしれない。
「ゲイボルグはんの言う通り……今は安静にする他ないよ……ゲイボルグはんは……戦況をどう見はるの?」
「そうだな。五分五分だ」
「ちょっと!ゲイボルグさん!何ですのその言い草は!!?お姉様が負けるわけありませんわ!!」
さらりと厳しい現実を言ってのけたゲイボルグにレーヴァテインが突っかかる。が、今ここにいる中で最も戦闘経験が豊富なゲイボルグの見解は恐らく正しいのだろう。ゲイボルグは続ける。
「負けるとは言っちゃいねぇぜ。アッシュとアイギスの守りはそうそう抜かれない。多分な。ただ、向こうも妙な力があるようだからな。遺物と遺物使いを倒しきれるかってところで五分だ。ここで決めたいところだが、逃げられると厄介だな」
「それでも!納得がいきませんわ!」
「それなら、お前も参戦して来い。遺物の数で勝れば戦況も変わってくるぜ?ヒッヒッヒッ!」
「そっ、それは…………」
ゲイボルグに言い負かされたレーヴァテインは顔を真っ赤にして沈黙してしまう。実を言うとレーヴァテインはロキの遺言によって双魔に預けられてからこれまで、ずっと不安定な状態なのだ。かつてのような大出力で剣気を放出することも、緻密に操ることもできない中途半端な遺物。誰にも言っていないが、ゲイボルグは見抜いていたのだろう。
(……お姉様……)
何もできない自分へのやるせない気持ちと、敬愛する姉への気持ちが入り混じって、レーヴァテインは両手で純白のスカートの裾を握り締めることしかできない。
「うちも……闘いの時は何の役にも立てへんね……いつも、双魔が無事に帰って来てくれるのを待つばかり……」
レーヴァテインの姿を見た鏡華も何処か悲し気な微笑みを浮かべて、イサベルの額を優しく撫でた。相手やその力の正体を見抜く。それくらいはできているが、双魔と肩を並べて闘うことはできない。双魔もそれを望んでいない。全て分かっている、けれど、だからこそ、無力さを痛感してしまうのだ。
室内の空気が重くなる。外では蜀の存亡を賭けた戦闘が繰り広げられているのに相応しくない。そんな、雰囲気の中で突如、異変が起きた。
「双魔君ッッ!!」
「きゃっ!」
「わ」
「ひっ!」
何の前触れもなく、穏やかな寝息を立てていたイサベルが目を覚まし、上半身を起こしたのだ。突然の出来事に、鏡華とロザリン、レーヴァテインが驚きの声を上げた。
「……ここは……」
イサベルは呆然とした様子で自分の周りを見渡した。アジ・ダハーカの神殿から飛行機に戻ってきた直後からずっと眠っていたはずのイサベルはは何もかもが分からないはずだ。
「イサベルはん!よかった、目が覚めはった……」
「鏡華さん!」
「はっ、はいっ!!」
現状と今までの流れを教えようと声を掛けた鏡華はイサベルに名前を呼ばれて居住まいを正してしまった。イサベルの表情は尋常ではない。何か悪いことが起きようとしている。鏡華にもそれが伝わってきた。
イサベルは数時間眠り続けていたとは思えない機敏な動きで立ち上がると、鏡華の手を取った。
「すぐに!双魔君のところへ!」
「え?双魔の?」
「そうです!一緒に来てくださいっ!!」
「ちょ!ちょっと?イサベルはん……ああっ!」
バンッ!
「っ!何奴!?って、おい!何処へ行く!!」
イサベルは鏡華を強引に引っ張ると、部屋の扉を開けて飛び出していってしまった。浄玻璃鏡も主を一人にしまいと何も言わずに続く。室内には外で警備をしていた子虎の慌てた声が聞こえてきた。
「…………ゲイボルグ」
「悪い予感がする……なに、心配するな。双魔ならきっと大丈夫だ。おい、レーヴァテイン。外の気難しそうなあんちゃんに問題ないからここの護衛を続けてくれて伝えろ」
「わっ、分かりましたわ……」
レーヴァテインは頷くと子虎に事情を説明して、扉を閉めた。白徳の部屋にはロザリンとゲイボルグ、レーヴァテインだけが残される。
「正念場が……来ちまったか?」
「……双魔」
「……お姉様」
静寂に戻ったそこには、やはり重々しい空気が残ったままであった。
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