第556話 黄姫、本気

 一方、混元金斗によって剣気を奪われ、一時足を止めることを余儀なくされた朱雲と翼桓は数瞬、息を整えて本来の力を取り戻していた。


 「ぐっ……ふぅーー……すぅーーーー……今の身体が重くなるような感覚は何だったのでしょうか?」

 『どうやら、あの黒い衣の女と契約した宝貝の能力のようだな。剣気を大きく奪われた。双魔殿とティルフィング殿がその効力を遮断してくれたようだが……』

 「っ!双魔殿……いえ!双魔殿はお強いお方ですから打ち破ってくださるはずです!拙たちは己の役目に徹しなければ!」

 『その意気や良し』


 普段は手厳しい青龍偃月刀も戦時においては朱雲の気勢を落とさないように褒める方針を取っている。


 「あの子、線の細い優男かと思ったけれど、やるのね?俺も負けていられないわ!!」


 少々、肉体で強さを判断するきらいのある翼桓は負けん気を覇気へと変えて、力を取り戻した己の鍛え上げた筋肉を躍動させて蛇矛を唸らせた。


 『翼桓、朱雲、偃月姉、やりゃれてしまったぞ』


 それぞれが削がれた勢いを取り戻す中、蛇矛が舌足らずで落胆の声を上げた。蛇矛は人間態の時に舌が長いせいか、矛の姿でも言葉を甘噛みすることがある。翼桓も朱雲も青龍偃月刀も。皆慣れているので、すぐに蛇矛の声の原因を察知した。


 「アンタはっ!!」


 翼桓が声を荒げる。その視線の先に立っていたのは、降魔杵ごうましょを手にした黄姫だった。赤姫を守るように、両手を腰に当ててふんぞり返って偉そうに朱雲と翼桓の前に立ちはだかる。その可愛らしい顔には生意気な笑みを浮かべているが、如何せん朱雲よりも頭二つ分小さな身体のせいで、少しシュールな光景となってしまっている。効果音をつけるなら「ちんまりっ」と言った感じだ。


 「ふふん!敵を目の前にしておしゃべりをするなんて!禿げ頭も猪女もお馬鹿ねっ!」

 「ぬわぁぁんですってっ!!?乙女に向かってその言い草っ!やっちまうわよ!!?」

 「猪女……拙のことでしょうか?」

 「え、ええ!そっ、そうよ!あたし、青姫とあんたの闘いを見てたんだから!猪女があんたには相応しいわ!!」

 「なるほど!猪のように勇猛果敢ということですね!褒められてしまいました!」

 「えっと……褒めたわけじゃないんだけど……と、兎に角!!あんたたちの赤姫を狙う作戦はあたしと降魔杵がぶっ壊してあげるんだから!!」


 自分のことを「乙女」と叫び、額に青筋を浮き上がらせて、一般人が見れば卒倒しそうな凄まじい表情で睨みつけてくる翼桓と、馬鹿にしたはずなのに好意的に理解されてしまう朱雲の天然さに困惑を隠せない黄姫だったが、何とか負けないようにと気を取り直して、右手に握りしめた降魔杵を掲げて見せた。


 「こ、ここここ黄姫!たたた助かった!すすす…………」

 「うん!赤姫は休んでていいわ!こんなへなちょこな二人くらい、あたし一人で十分なんだからっ!!」


 いつの間にか朱雲と翼桓から距離を取っていた赤姫の声に、黄姫は元気に応える。しかし、その隙を見逃す翼桓ではない。相手は子どもなれど、敵ならば躊躇はしない。


 「この間は、俺と蛇矛に防戦一方だったのに……達者なお口を塞いであげるわっ!!オラァァァァッ!!!」


 バシュウッーーーーー!!


 突如、空気が弾けるような音が鳴った。一瞬にして、全身に濃緑の剣気を纏った翼感が、一足で黄姫との距離を詰めた。そして、蛇矛を力のままに振るう。黄姫と翼桓の位置は蛇矛の間合いにおいて最も強力な威力を発揮できる関係だ。


 ガギンッ!


 (流石、翼桓です。これで……?)


 「ッ!?」


 決まったのではないか。そう思った朱雲だったが、翼桓の様子がおかしい。振り抜かれたはずの蛇矛の柄がピタリと止まっている。蛇矛と降魔杵が交錯する音も響いたが、どこかおかしかった。そして、状況を悟った朱雲は迷わずに飛び出した。


 「助太刀しますっ!ハァァァァァーーーーー!!!!」


 真上に飛び上がり、宙で一回転して遠心力と自分の渾身の力を青龍偃月刀の刃に乗せ、青緑の剣気を研ぎ澄まして黄色姫へと振り下ろす。しかし…………


 ガギンッ!


 「……なんとッ!?」


 再び耳を叩いたおかしな金属音。そして、目に映ったのは黄土色の剣気を全身に纏い、蛇矛と青龍偃月刀を右手の降魔杵だけで受け止める。小さな身体の黄姫だった。


 「ふふん!それで本気出してるわけ?」

 「んなわけっ!ないわよッ!!オラァァァァーーーーーー!!」

 「ぐぐぐぐッ……」


 朱雲と翼桓を侮った笑みを浮かべる黄姫の挑発に、二人は渾身の力を籠めるが、黄姫はびくともしない。


 「この間は救世主様のお力をもらってなかったの!本気じゃなかったんだから!今日は本気の黄が相手してあげるわ!思い知りなさい!!ほらっ!」

 「ぐああぁぁぁぁぁーーーーーーッ!!」

 「キャッ!」


 黄姫が降魔杵を一振りした。それだけで、朱雲と翼桓は吹き飛ばされてしまった。距離にして五十メートル。とんでもない馬鹿力だ。


 「青龍……これは……」

 『あの小娘の本来の力とは思えんが……目の前にいるのだから仕方ない。良いか、翼桓、蛇矛と共によく見ながら闘え。先ずはそれしかない』

 「そうですね……翼桓!蛇矛!お願いします!」

 「分かってるわ!俺たち二人は姉上の舎妹!蜀王に恥をかかせるわけにはいかないわ!!!」

 『みゃかせておけ!』


 朱雲と翼桓は二手に分かれてすぐに動きはじめた。闘いはまだまだ序盤。遠方より戦況を眺める者たちは、ただその流れを眺めるのみであった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る