猫の日?悲喜劇?大騒ぎ?3

 クラウディアとティルフィングが二人の変身を目にして呆然とする中、双魔はすぐにこの事件の犯人と経緯に察しがついた。


 (…………宗房だな…………勿論、クラウディアは白)


 『カッカッカッ!実験大成功!』


 脳裏に浮かぶのは高笑いを上げる、錬金技術科評議会議長、伊達=テオフラストゥス=宗房。またの名を錬金技術科(ファントム・オブの怪人・アルケミック”。クラウディアの兄だ。恐らく、発明した珍妙な薬を試したくなって、クラウディアがクッキーを作っている時に材料として紛れ込ませたのだろう。ティルフィングだけ無事なのは、遺物ゆえに薬物の効果を受けないためだ。双魔は一つ、ため息をつくと静かに立ち上がった。


 「そ、双魔さん!これはいったい……私はどうしたら!?」

 「安心しろ。クラウディアはここでアッシュとロザリンさんを見ていてやってくれ」

 「そ、双魔さんは?」

 「勿論、犯人をとっ捕まえてくる。ティルフィング」

 「うむ!任せておけ!」


 その十分後、首から下を紅氷で覆われるという間抜けな格好で宗房が遺物科評議会室に連行されてきた。発明した薬の名前はそのまんま”猫になる薬”。同時に発明していた解毒薬を飲んでアッシュとロザリンも事なきを得た。経緯は双魔の予想していた通り。


 どうにか立ち直ったイサベルの話も聞いて見ると、魔術科評議会室でクラウディアが先に差し入れていたクッキーをフローラに勧められて食べたところ、猫になってしまったらしい。鏡に映った自分の姿に動転して、あちこち走り回って、冷静さを取り戻して双魔のところに助けを求めたらしい。


 「む?解毒薬で元に戻るなら、イサベルはどうして薬を飲んでいないのに元に戻ったのだ?」

 「カッカッカッ!そんなもん!愛の力に決まってる!ッ!待て!ガビロール!それは流石の俺様も死ぬ」


 ティルフィングの当然の疑問に、呵々大笑して答える宗房も、怒りに目を燃やして、金剛石ダイヤモンドのゴーレムで殴りつけようとするイサベルに、必死になって謝り、何とか手打ちとなるのだった。ついでに、クッキーの怪しさに感づいていたのにもかかわらず、イサベルにクッキーを勧めたフローラも、お仕置きをされたとかされないとか…………



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 「…………」

 「……………………」


 その日の夜、双魔は自分の部屋を訪れてきたイサベルと見つめ合っていた。既に十分くらいは立っている。昼間のことが相当効いているのか、イサベルの顔は真っ赤だ。珍しく、問答無用で部屋に押し入ってきて、ベッドの上に腰掛けると、双魔の方を向いて今までピクリとも動かない。


 「昼間は……大変だったな?」

 「双魔君!」

 「なっ、なんだ?」

 「わっ!わわわ私は!双魔君に辱めを受けてしまったわ!」

 「……辱め?」

 「受けてしまったの!!」

 「そっ、そうか……悪かった……うん」

 

 双魔はいまいち察することができないが、イサベルの有無を言わせぬ迫力に頷く他ない。一方、イサベルの心中は……


 (ね、ねね猫になっていたとはいえっ!双魔君に……あっ、あんなことをされてしまうなんて……)


 と、羞恥に燃え盛っていた。ちなみに、”あんなこと”とは、猫になっていた時に尻尾の付根を撫でられたことだ。あまりの心地よさに流されてしまったが、人に戻って思い返してみると、それはもう、恥ずかしかったらしい。恥ずかしさのあまり、双魔にはっきりと言わないわけだ。


 「…………もう、お嫁にいけないわ!」

 「いや……俺たち婚約者だろ……よく分からんが……ちゃんと、俺がイサベルを貰う。大切にするぞ?」

 「っっ!!?そ、そうだったわ……そうだったわね…………そ、それなら……ええ……許してあげないこともないわ……」

 「……そりゃ、よかった」


 双魔の愛の言葉にやっと冷静さを取り戻すことに成功したイサベルは、改めて頬を赤く染めた。それに釣られて双魔も恥ずかしさがこみ上げてくる。だから、片目を瞑って、こめかみを親指でグリグリと刺激しつつボソッと呟いた。


 「ま、猫のイサベルも可愛かったぞ?」

 「っ!!?にゃーーーーーーーーーーーー!!!!!」


 猫のいないはずの赤レンガのアパートに、その日の夜だけ猫の鳴き声が木霊するのだった。


























 ちなみにのちなみに、話を聞いた鏡華はお腹を抱えてしばらく腹痛に困るほど笑っていた。


 ちなみにのちなみにのちなみに、後からゲイボルグに話を聞いたところ、ロザリンが猫を抱いている双魔を見てショックを受けていたのは、双魔が犬より猫が好きだったらどうしようと、不安になったかららしい。そもそも、ロザリンは犬ではなく人なので、「気にすることでもないのでは?」と、思った双魔だったが、ロザリンが安心するならそれでいいか。と思考を放棄したのだった。


 猫にまつわる、悲しいようで楽しいお話、大騒ぎ。これは双魔たちの日常の一時に過ぎないのだ。

  


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る