2023ホワイトデー書き下ろし!(後で配置変えます)

ティルフィング&レーヴァテイン&左文編

 「さて、そろそろはじめるとするかね……」


 いつものように、箱庭の大樹の陰でくつろいでいた双魔は、パタリと開いていた本を閉じて首周りを手で揉んだ。


 「……う?」

 「ん、ユー起こしたか?ごめんなー」

 「う!ぱぱー!」


 膝の上に乗って双魔に抱きつきながらスヤスヤ眠っていたユーは双魔の身動ぎで起きてしまったようだ。謝りながら撫でてやると、頭の双葉がぴょこぴょこと嬉しそうに揺れた。


 「んじゃ、おっちゃんたちのところに行くか。ルサールカさんに色々教えてもらわなくちゃな。元々準備してたのも確認して、な」

 「うっ!!」


 ユーは小さな手のひらをグッと握って突き上げた。双魔のやる気が伝わったらしい。広げていた椅子と机を畳むと、二人は水車小屋へと歩いていくのだった。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 三月十四日。聖バレンティヌスの殉教日、恋人たちの祭日、聖バレンタインデーから丁度一月後のこの日は極東において”ホワイトデー”と呼称される。発祥は日本、その後近隣に広まったホワイトデーはバレンタインデーに受けた愛情への返礼の日とされており、贈り物をする側も受け取る側もなんとなくそわそわ落ち着かなくなる日だ。とは、言ってもこの文化は西洋には伝播していない。勿論、このブリタニアの地にも……。


 「坊ちゃま、いってらっしゃいませ。ティルフィングさんとレーヴァテインさんも」

 「ん」

 「うむ!いってくるぞ!」

 「行ってまいります」

 

 いつもより遅い昼前、左文は双魔とティルフィング、レーヴァテインを送り出しに玄関に出ていた。いつもは鏡華とイサベルも一緒だが、今日は双魔が魔術科の講師として出勤するのでこの時間なのだ。少し長く睡眠を取り、ゆっくりと朝食を摂ったので、双魔の顔色もいい。左文としてはとても嬉しい。


 「ん、左文」

 「はい、坊ちゃま?」

 「台所の右上の棚」

 「はい?」

 「んじゃ、行ってきます」


 バタンっ!


 双魔は謎の言葉を残すとそのまま扉を閉めて行ってしまった。玄関には頭の上にクエスチョンマークを並べた左文がポツンと残される。


 「台所の……右上の棚と仰ってましたね……」


 左文はしっかりと鍵を閉めると、双魔の残した言葉に従って台所の棚を開けてみる。言われた棚には大勢のお弁当を用意するときに使う重箱などが仕舞ってあるのだが……。


 「あら?」


 開くとすぐに見慣れない包みが置いてあった。手に取って眺めてみる。白い薄布に包まれた木箱のようだ。前に見たときはなかったはずだ。


 「これは……開けということでしょうか?」


 左文は木箱を食卓の上に置いて、薄布を取り払うと丁寧に木箱の隣に置いた。そして、木箱の蓋を開く。すると、その中には秋の夕焼けを閉じ込めたような色鮮やかで形のいい干し柿がぎっしり詰まっていた。さらに、その上に何やら書かれた和紙が一枚。


 『息抜きに食すべし。いつもありがとう。手を焼かす与太郎より』


 流れるような文字でそう書いてある。双魔の字だ。呆気に取られて顔を上げると時計が目に入った。日付を見ると三月十四日。それで納得がいった。左文の口元には笑みが浮かぶ。


 「そういうことですか……坊ちゃまったら。うふふ……お行儀が悪いですけれど、せっかくですからね」


 左文は干し柿を一つ摘まんで頬張った。ねっとりとした食感と素朴ながら濃い、滋味深い甘さが口いっぱいに広がる。


 「……今夜はご馳走にしましょうか」

 

 不器用な主の優しさを感じながら、左文は予定を変更して、楽しそうに今晩の献立を考えるのだった。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 「うむ、今日も皆揃っているな!」

 「ごきげんよう」


 学園に到着して、双魔と別れたティルフィングとレーヴァテインはいつも通り時計塔の魔力エレベーターでサロンに来ていた。広い部屋に入ると既にいつもの面子が揃っていたので、ティルフィングはいつも座っている椅子に、レーヴァテインはその隣の椅子に腰掛けた。


 「おや、ティルフィング。今日は一段とご機嫌だね?」


 ロッキングチェアに揺られながら刺繍をしていたスクレップが顔を上げて声を掛けてきた。他の遺物たちはアイギスとゲイボルグという、よくあるようで珍しいカードの対決を見物している。種目はこれまた珍しいナイン・メンズ・モリス。古代ローマ生まれ、中世ブリタニアで流行した配列ゲームだ。永き時を過ごしている遺物たちにとっては少し前に流行った懐かしいゲームといった感覚なのだろう。


 「うむ!今日はソーマにおやつをもらったからな!」


 ティルフィングはそう言って、手に持っていた何の変哲もない白い紙箱を自慢げに見せた。一方、レーヴァテインは少し不満げだ。


 「レーヴァテインは不満気だね?」

 「別にそんなことはありませんわ」

 

 口では言うが、スクレップにはすぐ分かった。ティルフィングが双魔に貰った菓子に喜んでいるのでやきもちを焼いているのだろう。大好きな姉を独り占めにしたいという、可愛い妹そのものだ。スクレップも微笑まずにいられない。


 「双魔相手に妬くのは無駄だと思うけれどねぇ?」

 「べ、別に!どうして私が双魔さんに嫉妬しなくてはならないんですの!?」

 「むぅ……おやつまでまだ時間があるな……」


 ティルフィングは声を高くするレーヴァテインのことなど全く気にせず、大事そう両手で持った箱をじっと見つめている。こちらは双魔の「おやつ」という言葉と自分の欲を天秤にかけていていじらしい。


 「双魔も別に決まった時間に食べろって意味で言ったんじゃないと思うけれどねぇ?」

 「む?そうなのか?」

 「ティルフィングが食べたいときに、美味しく食べてくれた方が双魔も喜ぶと思うねぇ」

 「本当か!?」


 スクレップの私見を聞いて、困り顔だったティルフィングの表情がパッと明るくなる。


 「丁度、喉が渇いたところだよ。ついでにお茶を淹れてあげようかねぇ……よっこいせっと」

 

 スクレップは立ち上がると手際よく紅茶を淹れる。元々そうするつもりだったのか、お湯は既に沸いていたのだ。五分とせずに、ティルフィングとレーヴァテインの前に良い香りと湯気を漂わせるカップが置かれた。


 「スクレップ、感謝するぞ!」

 「あ、ありがとうございます……」

 「さ、おやつと一緒にお上がり」


 スクレップは微笑むと、自分のカップを傾けた。ティルフィングはそれを見届けてから、そーっと紙箱の蓋を開けて、中を覗き込んだ。


 「む!?」

 「……これは!?」


 箱の中には三つのお菓子が入っていた。右にはラズベリーの載った赤いカップケーキ、左にはブルーベリーの載った青いカップケーキ。それぞれティルフィングとレーヴァテインの剣気をイメージしているに違いない。そして、真ん中のカップケーキが二人の目を引いた。左右のケーキよりも二回りほど大きく、上にはホイップクリームとティルフィングとレーヴァテイン、二人が仲良く手を繋いでいる姿を象った、可愛らしい砂糖菓子が箱を覗き込む二人を見上げていた。



 「うむ!美味しそうだ!流石ソーマだな!」

 「……双魔さんも、悪くない趣味ですわねっ!」


 ティルフィングは美味しそうなケーキに満面の笑み。レーヴァテインは自分とティルフィングが手を繋いでいる砂糖菓子がお気に召したのか、口は皮肉っぽいが喜びは隠しきれていないせいで、おかしな笑顔になっている。


 そして、ケーキを取り出した箱の中にはメッセージカードが一枚。


 『親愛なるティルフィングとレーヴァテインへ。仲良く二人で食べるべし。いつもありがとさん。双魔』


 「む、仲良くか……仕方ない、半分こだな」

 「お姉様!少しお待ちに……ああーーーーーーーーーっ!!」


 双魔のメッセージを守って、ティルフィングはホイップクリームのカップケーキを置いてあったナイフで真っ二つに割った。勿論、砂糖菓子も真っ二つ。繋がれていた姉妹の手は離れてしまう。それを見てレーヴァテインがヒステリックな悲鳴を上げた。


 「あ……ああ……ああ…………そっ、双魔さん……赦しておけませんわっ!!!!!」

 「はむっ……まぐまぐ……うむ!美味だ!!」


 レーヴァテインの行き場のない怒りは言うまでもなく双魔に飛んだ。一方、ティルフィングはケーキを頬張ってご満悦だ。二人の様子は、まさに双魔の望んだ仲良しの姉妹そのものであった。





 


 

 

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