2023猫の日(2月22日)書き下ろし!(後で配置変えます)

猫の日?悲喜劇?大騒ぎ?1

 二月。暦の上では春が立つ。下旬になればほとんど春の陽気となる時もある。二日前までの寒さが嘘のように、温かな日差しとまだ冷たい風が過ごしやすい空気を作り出している。そんなお昼の少し前。ブリタニア王立魔導学園、事務科棟の一室にて。


 「にゃーーーーーーーーー!!!!!」


 小さな獣の悲し気な泣き声が響き渡った。声の主は少し開いていた扉の隙間から廊下へと飛び出して、そのまま何処かに姿を消してしまった。


 「いやー……まさかこんなことになるとはね。流石といったところか…………ま!できることはないし!少しお昼寝でもしようかな?うん、それがいい!おやすみなさい……zzzz」


 ブリタニア王立魔導学園魔術科評議会議長、フローラ=メルリヌス=ガーデンストックは一人でにこにこ笑みを浮かべると、ローブのポケットから花柄のアイマスクを取り出した。そして、装着。星紅水晶の瞳を塞ぐと、そのまま夢の世界へと旅立っていった。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 魔術科棟地下。魔術科の教員たちがそれぞれ準備室を構える魔導学園の魔窟とも言えるそこは、仄暗く地上とは比べ物にならない冷たい空気に満たされていた。春などというものはここに存在しない。魔術師は少々というか大いに、こう言った不気味な場所を好む生き物なので仕方がない。


 昼時も過ぎ去り、おやつの時間がもうすぐな、その一室、伏見双魔講師の準備室では部屋の主が執務机に向かって何やら書き物をしていた。


 「ん、意外とできてるな……普段の授業からこれくらいやれば楽もできるだろうに」


 双魔は頭を掻いてボヤキながら握っていたペンを机に置いた。向き合っていた紙は魔術科の二年生の補習テストだ。採点を頼まれたので引き受けた。直しが多いのではないかと思っていたが、思ったよりもできている。二十二枚中、十七枚は合格点だ。普段から真面目に授業を受けていれば面倒もないだろうに。少し呆れて視線を来客用のソファーに移すと、そこではに十分程前にサロンからやってきたティルフィングがなにやらそわそわしていた。


 「ティルフィング、気になることでもあるのか?」

 「む?うむ!さっき、サロンで噂を聞いたのだ!」

 「噂?」

 「うむ!実はな、今日、学園に猫がいたらしい!毛並みが綺麗で上品そうな猫だ!」

 「……猫か」


 ティルフィングはどうやらそれでテンションが上がっていたらしい。学園で猫は珍しくない。が、学園にいる猫といえば大体は魔術科の誰かの使い魔だ。それを怖がってか、学園の中にはあまり普通の動物は寄りつかない。ティルフィングの話し振りから、その猫は普通の猫なのだろう。


 「町の猫には我も怖がられてしまうが……ここに来るような猫ならば、我を怖がらないかもしれない!」


 ティルフィングは何より食事とお菓子が好きだが、動物も好きだったりする。が、動物の勘は鋭い。神話級遺物の超常たる力を恐れて、皆姿を見せてすらくれないことがほとんどだ。学園に現れたという酔狂な猫に期待しても仕方がない。


 「そうならいいな……仕事も一段落したし、少し探しに行ってみるか?」

 「本当か!?行くぞ!」

 「探していなかったら、評議会室でお茶でも飲もう。昨日は備品納入の日だったから、新しい茶葉があるはずだ」

 「うむ!ソーマ!早く行く……む?」

 「ティルフィング?」


 勢いよくソファーから立ち上がり、両手を振って、「いざ行かん」としていたティルフィングが突然首を傾げた。双魔が声を掛けると、唇に人差し指を当てて、ドアの方を指差した。


 ……カリカリ……カリカリ…………


 耳を澄ませてみると、扉の外から引っ搔くような音が聞こえてくる。この音に双魔とティルフィングは顔を見合わせた。状況的に、外にいるのは……ティルフィングが金色の瞳を輝かせる。怖がらせてはいけないので、双魔は視線でティルフィングにそのままでいるように伝えると、そっと扉に近づき、視線を落としながら静かに開けた。


 「にゃ……にゃーー!!」

 「おっと!」

 「おお!」


 二人の予想通り、扉を開けてそこにいたのは一匹の猫だった。噂の通り、紫がかった黒い毛並みが美しく、紫色の目がクリクリと可愛らしい猫。毛並みだけでなく髭の様子からも上品さが伝わってくる。首輪はついていない。如何やら飼い猫ではないらしい。


 その割に人に慣れているのか、黒猫は双魔に飛び掛かると、そのまま腕の中にすっぽりと収まった。ティルフィングはその様子を見て、思わず歓声を上げていた。


 「……お前さん、何処から来たんだ?」

 「にゃ!にゃー……なうなう……なー……」


 双魔が黒猫の小さな顔を覗き込んで聞いて見ると、何か訴えたいことでもあるのか、黒猫は大きな目を動かしながら鳴き声を上げた。


 「流石に猫の言葉はな……飼い猫か?」

 「なーう」

 「……俺の言葉が分かるのか?」

 「にゃ」


 黒猫は双魔の問いに首を横に振って見せたので、もう一度聞いてみると今度は首を縦に振った。何と言葉が分かるらしい。少し驚いていると、背中にティルフィングの視線が刺さる。


 「ソーマ!ソーマ!我が、さ、触ってもよいか聞いてみてくれ!」

 「……触らせてくれるか?」

 「……んにゃ」

 「いいみたいだぞ?」

 「本当か!?それでは……遠慮なく……」


 ティルフィングは飛び上がるように喜ぶと、双魔の前に回って、猫にそーっと手を伸ばした。鼻筋の辺りに優しく触れると、擦るように一撫で、二撫で。テレビで動物番組を見て撫で方を覚えたらしい。ティルフィングの触れ方に不満もないのか、黒猫は大人しく撫でられている。


 「…………とりあえず、情報が欲しいな。評議会室に行くか」

 「うむ!この猫も飼い主や帰る場所があれば帰りたいだろうからな」

 「……なーう」


 双魔とティルフィングの提案に黒猫は嬉しいような、困ったようなにゃんとも言えない声色で鳴き声を聞かせてくれるのだった。

 






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