第548話 合流

 「鏡華!」

 「……双魔っ」


 四不象に乗って成都城を目前に迫っていた時だった。大型車両で大公望の言っていた蜀王の精鋭部隊に護衛された鏡華たちと鉢合わせになった。双魔は四不象の背から飛び降りるとすぐに駆け寄った。


 こちらに気づいた鏡華も車から降りてくる。双魔が手を広げると、鏡華は胸の中に飛び込んできた。しっかりと受け止めて思いきり抱き締める。双魔はアッシュとロザリンがいるので敵に害を与えられることはないだろうと言い聞かせていたが、やはり心配だった。折れてしまいそうな抱き心地、ふわりと香る嗅ぎ慣れた香に心底安心してしまう。


 「無事でよかった……」

 「アッシュはんとレーヴァテインはんがしっかり守ってくれはったから……蜀王の御使いの人たちが迎えに来てくれたのも、運が良かったわ」

 「そうか……イサベルは?」

 「まだ、眠ったまま……」

 「お二人さん?いつまで抱き合ってるのかな?」

 「「っ!!?」」


 互いの顔と声しか感じていなかったところに不満げな声が飛んできた。思わず声の方を見ると、いつの間にか車両から降りてきていたらしいアッシュが膨れっ面でこちらを睨んでいた。


 「……悪い」

 「……う、ううん」


 双魔も鏡華も少しの間、周りが見えなくなっていた。現実に戻って来て見るとそこそこの人前で抱き合っていたのが恥ずかしくなってきて、ぎこちなく身体を離した。二人の顔はしっかりと赤らんでいた。


 「な、ななななんと……大胆な……」


 ついでに愛し合う二人の抱擁を少し離れた四不象の背中の上から目撃した朱雲の顔も真っ赤になっていた。


 「……アッシュ、ありがとさん」

 「なんか、ついでみたいだけど……まあ、いいや。それより、ロザリンさんが……」


 まだ少し不満げで怒っているようなアッシュの表情が、ロザリンの名前を口にした途端曇った。双魔の胸に不安の火が再び灯る。


 「ロザリンさんがどうしたっ!?」

 「えっと……」


 アッシュが口を濁したのを見て、双魔は鏡華とアッシュが降りてきた車両に乗り込んだ。目に飛び込んできたのは、ゲイボルグに寄り添われてぐったりと座席に寝そべった顔色の悪いロザリン。無表情ながらいつも溌剌としている姿は見る影もない。


 「ロザリンさんっ!?……ロザリンっ!」

 「……ん……あ……そう……ま…………」


 ロザリンの手を取って双魔が必死に呼び掛けるとロザリンは薄っすら瞼を開けて応えてくれた。しかし、すぐにまた瞼が降りてしまう。心なしか握っている手も冷たい。人よりも体温の高いロザリンには考えられない。いつも、抱きつかれて感じる温もりは欠片もなかった。


 「ロザ……リン?ロザリンっ!」


 ぐぎゅるるるるるるるーーーーーーーーーーーーー!


 「…………は?」


 突然、双魔の耳に聞き慣れた、いや、それよりも大きな音が聞こえてきた。この音は……。重々しい空気には全く似合わない音。呆気に取られる双魔を、ゲイボルグがニヤニヤと楽しそうに笑って見ていた。


 「ヒッヒッヒ…………腹減って、ぶっ倒れただけでここまで心配してもらえるんだから、我が契約者ながら、イイ男を捕まえたもんだぜ!ヒッヒッヒッ!」

 「ううう……双魔、お腹減った」

 「……」


 双魔は一瞬、真顔になってしまった。別にアッシュに、ロザリンに怒っているわけではない。自分が勝手に勘違いしただけだ。しかし、さっきの鏡華との件といい、羞恥心が脳内の情報処理を阻害して、フリーズしてしまった。それ故の無表情。


 「双魔さん、そんな取り乱し方をなさるんですね?……いいものを見せていただきましたわ……ププッ!」


 ロザリンとゲイボルグの向かいの席に座っていたレーヴァテインが堪えきれずに噴き出している。はっきりと笑われたのを理解した双魔は、逆にそれで冷静さを取り戻すことができた。


 「……ロザリンさんに何か食べさせたのか?」

 「ヒッヒッヒッ!迎えに来てくれた連中の非常食全部だ。まだまだ足りないみてぇだがな?それに、身体へのダメージがないわけじゃない。今すぐ何か起きても……」

 「大丈夫だ。俺がロザリンさんを守る。無理もさせない。ロザリンさん、もう少しの辛抱ですから……」

 「……うん」


 双魔が頬にかかった若草髪を取り払いながら優しく頬を撫でると、ロザリンは弱弱しく頷いてくれた。


 「イサベルは……」


 ロザリンの一つ後ろの座席を覗くと、ブランケットを掛けられたイサベルが穏やかな寝息を立てていた。鏡華の言う通り無事なようだ。これで双魔の心配事は全て解決した。ホッとしてその表情のままレーヴァテインに顔を向ける。


 「レーヴァテイン、助かった。ありがとさん」

 「別に……貴方のためじゃありませんもの」


 レーヴァテインは礼を言われてそっぽを向いてしまった。双魔が真剣なので、笑ったことに罪悪感があるのだろう。双魔はそんなレーヴァテインを見て微笑むと車両から降りた。


 「双魔殿!皆さんご無事でしたか!?」

 「ん!大丈夫だ!成都城に急ごう!」

 「ひょっひょっひょ!小童、乗れい!時がないぞ!」

 「鏡華」

 「うちもええの?」

 「ん」

 「そ」


 双魔は鏡華の手を取ると四不象の背へと戻った。大公望は特に何も言わずに四不象を出発させた。ロザリンたちを乗せた車両も再び進みはじめる。この一時間三十七分後、上帝天国と双魔たちを含めた蜀が、成都城を前に大決戦を繰り広げることとなる。この時点でそれを知っている当事者はいなかった。

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