第547話 ”封神”の担い手

 「ひょっひょっひょっひょっひょっひょ!!」


 高笑いする老人を目の前に、双魔は驚きのあまり完全に固まっていた。鏡華やイサベル、アッシュが見れば、「珍しい」と驚くに違いない。しかし、事実、双魔はそれほどまでに驚いていた。


 「太公望様!?なぜこのようなところに?」


 朱雲は面識があったのか桃色の目をくりくりさせながら太公望の傍に駆け寄っていった。


 「人界の諍いには手を出さないのが、儂ら仙界の者の決まり事。されど、宝貝のこととなれば別よ。この年にもなって仙界を代表する使い走りよ。元始天尊様も人使い、仙人使いか?が荒いわ!ひょっひょっひょ!」


 高らかに、愉快そうに笑う太公望。それを見て、双魔はやっと驚きの硬直から解放されていた。双魔の驚きも無理はない。太公望といえばブリタニア王立魔導学園学園長、ヴォーダン=ケントリスに次ぐ、“叡智”序列二位。殷周革命で周を勝利に導いた軍師の祖にして、中華の仙人の頂に立つ元始天尊の直弟子の大仙人。まさに、生きる伝説。神代から生きる存在が突然目の前に現れて、気安く話しかけてきたのだから、いくら双魔でも驚いて仕方ない。


 「お……お初にお目にかかります。伏見双魔といいます……その、太公望様のことは存じております」


 双魔は深々と頭を下げた。疑いもなく敬意を持つべき相手だ。その姿を見て太公望を髭を揺らしながら、うんうんと頷いた。


 「うむ。もう少し気楽にしてよいぞ。儂は堅苦しいのは好かん故。よいな?」

 「……はい」


 (……そんなことを言われても……)


 「ひょっひょっ!そんなことを言われても、と思ったな?遠慮はいらんて」

 「はい」


 年の功で見抜いたのか、読心術でも使ったのか、心中をズバリ当てられては双魔もお手上げだ。言われた通りに、なるべく自然体で話せるように努力するしかない。


 「ティルフィング、挨拶を」

 『む?うむ!』


 ティルフィングは双魔に言われて人間態に姿を戻すとスカートの両裾を摘まんで優雅に頭を下げた。双魔の太公望に対する態度を見てそうしてくれたのだろう。こういった礼儀作法は普段から左文やイサベルが教えてくれている。


 「我が名はティルフィング!ソーマの契約遺物だ。よろしく頼む!」

 「ひょっひょっ!これは丁寧に挨拶をして貰ったものよ。儂も紹介せねばな。この坊主が儂の契約遺物の打神鞭。こっちの馬が四不象よ」

 「太公望、雑だぞ。よろしくな」

 「……」


 雑に紹介された打神鞭は明らかに不満気だが、双魔たちに拱手をしてくれた。四不象も「馬」と紹介されたのが悲しかったのか、鼻の横から生える長い髭がしょんぼりしているが、頭を動かして挨拶してくれた。


 ここまでのやり取りを踏まえると太公望は双魔たちに敵対するわけでも、傍観するわけでもなく、味方としてここを訪れたようだ。


 「……太公望様が元始天尊様に仰せつかったのは宝貝の回収ということでよろしいでしょうか?」


 青龍偃月刀の問いに太公望は頷いた。


 「“封神”は儂の専売特許といってもよい故な。そのためにもお主らには勝ってもらうしかない。一先ず、移動しながら現状を教えてしんぜよう。乗るが良い。白徳には伝えたが、お主らにはまだ伝わっておらん」


 太公望は双魔とティルフィング、朱雲と青龍偃月刀に四不象の背に乗るように促した。四不象はいつの間にか二回りほど身体が大きくなっていて、太公望と打神鞭を含めた六人で乗っても余裕な背中の広さだ。


 (…………“封神“か)


 “封神”とは太公望が天帝より授けられた権能。様々な能力が組み合わさったものではあるが、要はその名の通り「神を封じる」ものである。


 四不象の背に乗ると、双魔が推測をはじめる隙を与えずに、太公望は現状の勢力関係と戦況を簡潔かつ正確に語ってくれた。朱雲から聞いていた蜀からの通信の内容がよりはっきりしていく。話を聞き終えた頃には、双魔と朱雲は蜀、延いては中華で発生している事態についてほぼ完全に把握することができた。


 「つまり、成都城の救援、天王を名乗る上帝天国の首魁、洪仁汎という男と残りの四組の遺物使いと神話級遺物の打破が現状を回帰できる策である……そして、呂尚殿は神話級遺物の封神以外の助力や助言はできないと……そういうことですか?」

 「ひょっひょっ……その通り。流石、“千魔の妃竜”の愛弟子。噂通りの切れ味よ。掻い摘んだ話でここまで理解すれば十分じゃろうて。情報提供も過ぎれば助言に等しい。助かる助かる」

 「太公望様!その……叛乱に組している民は…………どうすればよいのでしょうか?」


 朱雲の顔が曇っていた。叛乱の首魁とその幹部は一先ず打ち倒してしかるべきだが、民への判断は難しい。叛乱に加わる民は何かしらの大きな不満や負担に耐えかねて。という場合が多い。故に朱雲は呉王孫昇や自分の敬愛する姉貴分の政治的不手際があったのではないかと不安に感じているのだ。しかし、双魔はその点について思うところがあった。


 「……呂尚殿の話を聞く限り、全ての民が洪仁汎についている。それはどう考えても不自然だ」

 「不自然……双魔殿?それはどういう……」

 「全ての民の意思統一を自然にやってのけるのは無理だ。それこそ古からの名立たる名君であっても、だ。つまり、何らかの魔術的力、もしくは遺物の力が働いていると考えた方が余程自然だ」


 双魔は太公望に顔を向けた。大公望も双魔の顔をジッと見ている。値踏みされているように感じたが、不思議と不快感はなかった。だから、双魔はそのまま疑問を投げかけた。


 「呂尚殿、上帝天国側に大規模な洗脳能力を有する遺物は?」

 「ひょっひょっ……そこに気づくとは、やはり聡い。が、残念ながら残り四つの遺物にそんな権能はない」

 「ということは……洪仁汎が規格外の力を以て、今回の叛乱全ての根幹に立っている。そう考えるしかない……」

 「うむ。儂もそう考えておる。が、奴の力の正体は儂も偵察を任せてある者も確実に掴んでいるとは言い難い。中華を飲み込まんとする動きの目的も、な。故に乱暴じゃが、先ずは倒してみる他ない。それも難しかろうが、儂はお主らを信じておる。ひょっひょっひょ!」


 大公望は双魔たちへの期待を口にして笑って見せた。傍から見れば情報の出し渋りなどから煮え切らない態度の大公望だが、彼の立場は仙界と人界の中間にある。こちらに味方しきれない歯痒さもあるに違いない。


 「つまり、民たちは悪くない、ということでしょうか?」

 「ん、その可能性が今のところは高い」

 「そうですか……ところで、大公望様!」


 双魔の推測を聞いて安心したのか、少し元気を取り戻した朱雲が真っ直ぐに手を伸ばした。


 「なんじゃい?」

 「鏡華殿方……他の方々は?」

 「おお!忘れておった!そちらには白徳が手配した精鋭が迎えに行っておる。目指すは成都城……決戦となろう地よ」


 四不象は六人を乗せて宙を駆ける。その速さは赤兎馬に劣らない。


 「朱雲、矢傷は大丈夫か?見せてくれ」

 「はい!問題ありません!ご先祖様と同じで矢傷には……痛たたたたたっ!!」


 双魔は太公望の登場で忘れてしまっていた朱雲の右肘に軽く触れた。朱雲は見やすいように動かしてくれたが、笑顔は強がりでやはり痛いらしい。見ると血が滴って、右肘が穿たれていた。剣気の一矢を受けてこの程度というのは、朱雲の頑丈さに感心するところだが、放置は良くない。


 「軽く手当てするぞ。後でしっかり医者にも見てもらえ」


 双魔は取り出した布で血を拭うと、右手で傷口に触れて治癒魔術を行使した。朱雲の体力も相まってあっという間に傷は塞がる。一先ずこれで安心だろう。


 「うう……申し訳……」

 「朱雲」

 「っ!か、かたじけないです……ありがとうございます」

 「ん、それでいい」


 朱雲が赤ら顔の頬をさらに紅色に染めているのを見て、太公望はニヤニヤと笑って青龍偃月刀の肩に手を置いた。


 「ひょっひょっ!青春よな!儂はもう四千年以上前のことよ」

 「太公望様、お戯れを」

 「本当にさ、たまに空気読まないよな、太公望」


 青龍偃月刀と打神鞭、ついでに四不象も呆れ顔だ。それでも成都城への脚は止めていない。


 上帝天国天王、洪仁汎と残り四人の宝貝使いは刻一刻と成都城に迫っているのだった。


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